第2話 魔法少女の迷走2
「ダメですよ、こりすちゃん。嫌ならちゃんと嫌って言わないと」
学園長室へ逃げ込んで早々、私の方へと向き直ったそのピンク髪の女の子は、人差し指をピッと立てて困った顔で言う。
「ご、ごめん、セレナちゃん。でも、リオちゃんがああなったのエリュシオンのせいみたいだし……」
そう、この子が白鴎院セレナ。私の親友であり、にゃん吉さん以外に魔法少女エリュシオンの正体を知るただ一人の共犯者。
昔は私よりも身長が低かったのに、今やすっかりスタイルのいい美人さんに成長していて、そのピンクのロングヘアと相まって凄く人目を引く美少女だ。
いい所のお嬢様で、美人で、性格も、頭も、運動神経もいい、まさに完璧。
……そして、私はそんなセレナちゃんを戦いに巻き込んで傷物にしてしまった負い目がある。
エリュシオンとして戦ったせいで大切な人が傷ついてしまうのは、自分が怪人や異能者とかと戦って傷つくよりも遥かに痛くて嫌だ。
「そういう所、こりすちゃんは昔から変わらないですよね」
そんな私に、セレナちゃんは昔のままの態度で接してくれている。
だから、もしかするとこれは私が気にしなければいいだけの話なのかもしれない。
「そ、そうかな?」
でも、私はセレナちゃんを傷つけた負い目のせいで少し気後れしてしまう。
その小さな心のトゲが、今も仲良しの大親友であるはずの私達の間に、僅かな溝を生じさせている。私はそれが悲しくて悔しい。
だからこそ、私はダンジョン学園に入学した。セレナちゃんに未だ残るあの時の傷を癒すことができれば、私はきっとあの頃のように真っすぐセレナちゃんへ向き合えるはずだから。
「はい、エリュシオンの活躍ネットで見ましたよ。あの頃のままでした。私、こりすちゃんがエリュシオンに戻ってくれて凄く嬉しいです」
そんな私の心の内を知ってか知らずか、楽しそうに言うセレナちゃん。
セレナちゃんは昔からエリュシオンの活躍を自分のことのように喜んでくれる。今はそれが逆に申し訳なくて堪らない。
「そ、そう」
「こりすちゃんは見ました? エリュシオンの評判」
「……うん、SNSでセンシティブなコンテンツ扱いにされてた」
「セーフサーチ、されちゃうんですか?」
驚いた様子のセレナちゃんに、私はこくりと頷く。
「そうなんですか、仕方ないですよね。……エリュシオン、エッチですから」
「エッチ!?」
暴力の方じゃなくて!? 思わぬ言葉に今度は私が驚いた。
「皆性的な目で見てますよ」
「皆!?」
更に驚く私。主語が大きい!
「はい」
言って、セレナちゃんは私の胸をつついて、腰のあたりをさわさわと撫でてくる。
エリュシオンの胸と、あのレオタードみたいな恰好がエッチなんだと暗に告げているのだ。
「う、うあああ……!」
知らなければ幸せだった事実を知ってしまい、顔を覆い隠してうずくまる私。
もうやだ、変身できない理由がまた一つ増えてしまった。
「んもう、こりすちゃんは恥ずかしがる姿も可愛いんですから。首輪と手錠をつけて、お家の地下室に監禁したくなっちゃいます」
物騒なことを言いながら、パシャパシャとスマホで私の撮影を始めるセレナちゃん。
セレナちゃんのジョークは今も昔も変わらず怖い。コミュ力の低下した今の自分では反応に困る。
「た、助けてくれてありがとう。私行くね!」
思わず目を合わせず逃げ出しそうになる私。親友相手に情けないことこの上ないムーブだ。
「ダメですよ、こりすちゃん。レベル測定がまだじゃないですか」
「え、だから今から受けに行くんだよ?」
逃げようとしていた足を止め、私は思わぬ言葉に小首を傾げる。
「んもう、こりすちゃんは昔から自分のことになると鈍感ですよね」
そんな私を見て、セレナちゃんは困った顔で腰に手を当てた。
「いいですか、こりすちゃん。レベル測定は【レベル】【スキル】【クラス】の三つを測定します」
「うん、そう聞いてる」
昨日のオリエンテーションで私達はダンジョンで活動した。
それによって全員まとめてレベルなしからレベル1、つまりレベル持ちになっていると思われる。
それに加えて、今までの自分の人生で蓄積された物や、秘められた可能性が総合されてスキルやクラスとなる、らしい。
「中でも魔法少女クラスは特殊で、変身前の通常クラスと変身後の魔法少女、二つのクラスを持つダブルクラスなんですよ」
「へ、へぇ、変身しないと魔法少女クラスにならないのに、どうやって魔法少女だってわかるのかな」
口ではそう言いつつも、なんだか筋書きが読めてきてしまった。凄く嫌な予感がする。
「変身スキルを持っているか否かです。変身スキルを持っていた場合、ダンジョン庁に行ってその場で変身して再測定をするんですよ」
「や、やっぱりそうなっちゃうんだね」
「ちなみに、こりすちゃんは自分が変身スキルを持っていると思いますか?」
「…………思う」
なにしろ、私はダンジョンに潜る前からヘビーローテーションで変身していたのだ。
私、天狼こりすの人生で蓄積されたものがスキルになるのなら、当然変身スキルは持っている。最低だ。
「こりすちゃんは元々変身できる特殊な立ち位置ですから、確実に持っているとは言い切れませんけれど、余計なリスクは避けた方がいいと思います。魔法少女クラスは総じて高い戦闘力を持ちますから、国の要請に応じる義務が生じますし」
「そうなんだ。せ、セレナちゃんが気づいてくれなかったら危なかったよ」
私はほっと胸を撫でおろし、その心遣いに心底感謝した。
その場で変身したら当然正体は露呈するし、だからと言って変身拒否なんてしたら、それこそ自分は怪しいですってアピールするようなものだ。変身スキル持ちだと判明した時点で逃げ場はない。
しかも、国の要請に応じる義務が生じるなんて困る。行動の自由は奪われるだろうし、今日のリオちゃんを見ていたら、とてもじゃないけど私に務まる気がしない。
「そう言うことです。ですから、測定はここで私としちゃいましょう」
セレナちゃんは学園長さんの机に向かうと、机の引き出しからノートパソコンと機械のついた聴診器みたいな機材を取り出す。
そして、私の前髪をかき上げると、聴診器みたいな機械の先っぽをぺたりとおでこにくっつけた。
「セレナちゃん、これいつまでくっつけておくの?」
用意してもらった椅子に座りながら尋ねる私。
「うーん、すぐに出るはずなんですけれど……」
セレナちゃんは学園長さんの机でパソコンとにらめっこしながら、小首を傾げる。
「出ませんね、これは能力隠蔽系のスキルを持っているに違いありません。やっぱり魔法少女が濃厚ですね。確か変身スキルは数十からなる複合スキルで、その中に能力隠蔽が混ざっていたはずです」
「そ、そうなんだ」
「こりすちゃん、一度能力隠蔽を解除してみてください」
「そ、そんなこと言われても、どうやってやるのかわからないよ」
「私には見せてあげますよーって気持ちになってくれれば測定できるそうです」
「そうなんだ……。やってみるね」
私はセレナちゃんなら大丈夫だよー。と頭の中で念じつつ、魔法少女は嫌だ、絶対に嫌だ。未練がましくそう強く念じた。
セレナちゃんは首を傾げながら暫しパソコンを見ていたけれど、やがてぱあっと表情を明るくした。
「測定できましたよ、こりすちゃん。意外なことに変身スキルはありませんでした」
「本当!?」
それは思わぬ朗報。私は機械の先っぽをおでこにくっつけたまま、セレナちゃんの背後に回って一緒に画面を確認する。
嬉しい、願いが届いた。思えば、私はダンジョンに潜る前からの魔法少女、変身スキルなんてなくても元々変身はできていた。なら、私の変身はダンジョンで覚醒するスキルと別枠でも不思議はなかったのだ。
能力隠蔽スキルを持っているってことは、密偵とかその手のクラスだったのかな。魔法少女とのダブルクラスじゃなければなんでもいいや。ありがとう、私の可能性。
【登録者】天狼こりす
【レベル】1
【クラス】銀の天狼星
【スキル】シリウスチェンバー 銀の燐光 天狼星 危機感知Lv99
「…………」
嬉々として画面を覗き込んだ顔が、一気に能面のような無表情になる。
スキルもクラスもユニークだろうなって確信できるくせに、文字列の既視感が酷い。吐き気催す。
そもそも、このスキル群は全部レベル持ちになる前から使っていたもの。つまり、これって純粋にスキル枠を圧迫するだけの存在じゃない? 可能性の広がりが微塵も感じられない。
「流石は魔法少女エリュシオン。クラス魔法少女じゃなくて、変身不要なオンリーワンのユニーククラスだったんですね。スキルも全部ユニークですよ、凄いです」
自分のことのように興奮するセレナちゃん。対して絶望気味の私。
多分、今の二人の間にはドラム缶がベコベコになるぐらいの温度差がある。
「で、でも危機感知だけは流石に普通のスキルだよね?」
「危機感知って限界レベル9みたいですよ」
スキル検索をかけながら、にっこり微笑むセレナちゃん。
「オーバーランが過ぎるよぉ!?」
思わずツッコみ、私は大いに頭を抱えた。
人様にお見せできない一発アウトのスキル群。奪われてしまった未知への可能性、突き付けられるノーフューチャー。私にエリュシオンを強いてくる世界の圧が情け容赦ない。
「学生証は探索許可証を兼ねているので、登録者のクラスを書き込まないといけませんけれど……流石に銀の天狼星は書けませんよね?」
「当然だよ! ど、どうにかならないかな!?」
「安心してください。こんなこともあろうかと個別で測定したんです。能力隠蔽を持っていそうで登録者数の多いクラスに偽装しておきますね」
「あ、ありがとう!」
ほっと胸を撫でおろす私。ちょっとズルい気もするけれど、闇の世界のスーパースター引換券みたいな学生証をずっとぶら下げる訳にはいかないから許してほしい。
「いえいえ、愛するこりすちゃんのためですから。と、言うことで残すはあと一つ……こりすちゃん、制服を脱いでください」
脱いでくださいと言いながら、勝手に私の制服のボタンをぷちぷちと外し始めるセレナちゃん。
私は慌ててセレナちゃんを引き剥がそうとするけど、寸前の所で思い止まる。
今の私は晴れてレベル持ち、準ゴリラパワーぐらいあるかもしれないのだ。セレナちゃんの傷を治すためにダンジョン探索をするのに、更に怪我をさせちゃうなんてお話にならない。
「セレナちゃん! な、な、な、なんでそんなことするのっ!?」
既にボタンは全て外され、ブラとおへそが見えていた。
そんな私をじっと見てくるセレナちゃん。私は必死で羞恥心に耐える。
「採寸し直すんです。その制服、サイズが合っていませんよ。決してスリーサイズまで完全再現した等身大こりすちゃん抱き枕を作りたいとかではありません。はい、断じてです」
「着れるからいいよっ!」
「ダメです。探索を円滑に進めるにあたり、ダンジョンから持ち帰った素材で装備を作る必要がありますよね? 装備のサイズ、学校に提出してあるデータを基にオーダーメイドするんですよ」
「そ、そうだけどぉ……」
「それでもご不満でしたら、私も脱ぎましょうか?」
ピッとメジャーを構えながら、にっこり微笑むセレナちゃん。
「それはいいよ……。お、お手柔らかにお願いします」
その言葉に、私は諦めてセレナちゃんの成すがままになることを決めた。
セレナちゃんの怪我は普通の怪我じゃない。体に入った黒晶石の破片が体を侵食していて、現代の医学ではそれを取り除くことができないのだ。
私はその傷跡を見る度、罪の意識に苛まれてしまう。だから、その姿を見たくないと目を逸らしてしまう。だから、一刻も早くそれを取り除いてあげたい。
「うぅん、しおらしいこりすちゃんを見てると、なんだかいけない気分になっちゃいます。では失礼しますね」
そんな私の表情を見て、セレナちゃんは一瞬寂しそうな顔をしたけれど、気を取り直して採寸を再開する。
メジャーで後ろから私のお胸をぴーっと巻いて、セレナちゃんがそのまま倒れるように私にもたれかかる。
あれ?
「え、セレナちゃん……? セレナちゃん!?」
後ろから聞こえる荒い息遣い。
それがいつもの発作であると察して、私はセレナちゃんを抱きかかえて医務室へと急いだ。
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