第2話 魔法少女の迷走1
第二話 魔法少女の迷走
翌日、学校の廊下でレベル測定の順番を待つ私は、スマホを眺めてため息をついていた。
「エリュシオン、ネットで話題になってる……」
活動再開したエリュシオンがネオジャッカーを壊滅させたことは、私が思っていたよりもビッグニュースになっていた。
今は国家公認魔法少女の子達も居るんだし、きっと過去の人扱いされるよね。なんて都合のいいことを考えていたのに、現実は非情だった。
「うん。とりあえず、変身しない理由が増えた」
今回は特別な例外、絶対にもう変身しない。私は決意を新たにする。結局、行きつくのはそこだ。
昨日の怪人さん曰く、私を倒せば一気に闇の世界のスーパースターになれるらしい。つまりエリュシオンの正体が露呈してしまった場合、私はスーパースター志望の怪人さんに命を狙われ続ける毎日が待っている。
そうなれば私生活は怪人まみれで滅茶苦茶、親友のセレナちゃんをもう一度危険な目に遭わせてしまう可能性も高い。そんなの絶対に嫌だ。
「こりすー! おはようなのですっ!」
「あ、おはよう」
私の鬱々とした気分を破壊して、朝から超ハイテンションなミコトちゃんがやってくる。
黙っていればキラキラ輝く宝石箱のような美少女なのに、動きと言葉が加わると完全に十五歳児のお子様だ。でも、今はそのハイテンションで少し気が楽になったかも。
「我らが神、エリュシオン様の復活に大興奮して、六時間しか眠れなかったのです!」
「そ、そうなんだ。六時間って割と普通だよね」
「勿論、こりすもカッコよかったのです。でも、今度からあんまり無茶はしないで欲しいのです。こりすと私はお友達、お友達が私を庇って酷い目に遭うのは、自分が酷い目に遭うのと同じぐらい嫌なのです!」
にこにこ笑顔をむくれっ顔にして、私を諭すミコトちゃん。
「うん、ごめん、気をつけるね」
ミコトちゃんが本当に心配してくれているのがわかったので、私は素直に謝った。
「わかってくれればいいのです。素直に頷いてくれたこりすには、これをプレゼントするのです」
ミコトちゃんはパンパンに膨らんだ鞄をまさぐると、薄く四角い物体をプレゼントしてくれた。
それはラミネート加工された紙で、達筆な筆字で電波な内容が書き記されていた。意味不明過ぎて正気度下がりそう。
「え、なにこれ?」
「我等が経典の一ページなのです! これから毎日こりすにお届けするのです!」
満面スマイルでサムズアップするミコトちゃん。
「い、いいい、要らないよっ!?」
私、このままだと日刊暗黒経典を定期購読させられる!?
ミコトちゃんは普通の会話からシームレスで暗黒トークに移行するから非常に厄介だ。出会ってまだ二日目なのに、既にそれがわかっちゃうのが辛い。
私は慌てて押し返そうとするけれど、ラミネート加工された暗黒経典は中身も形状も凶器そのもの。無理矢理押し返したらミコトちゃんにダメージを与えかねない。
「荷物になるのが嫌なら郵送可能なのです! ラミネート加工してあるから、切手を貼って郵送できるのです!」
「要らない、要らないからっ!」
サムズアップするミコトちゃんに、私は手を交差させながら必死に首を横に振る。
ラミネート加工してあるのはそのためなの!? そんなものが届いた日にはご近所さんから白い目で見られること必至。
私生活を爆発四散させる悪逆非道なライフハック過ぎる!
「もしかして……こりす、本当に要らないのです? こりすの悩み解決にも役立ってみせるのです」
悲しそうな顔で尋ねてくるミコトちゃん。
天性のカリスマのなせる業なのか、その顔を見ていると不思議とノーと言い難くなってくる。
「要らないよ」
でも私はそれに負けず、毅然とノーを突き付けた。
「むー、仕方ないのです……。善意の押し付けはお互いに不幸なのです。もっとエリュシオン様の素晴らしさを説いてからにするのです」
ミコトちゃんはしょんぼりとした顔をするけれど、素直に返品を受け取ってくれた。
ああ、やっぱり純粋に善意なんだ、余計に性質が悪い。
って言うか、ミコトちゃんはさっきから不穏なこと言ってない?
「ねえ、ミコトちゃん……もしかして、ミコトちゃんが信仰してるのってエリュシオンなの?」
「そうなのです! 我らが信じる神はエリュシオン様なのです!」
その目をキラッキラに輝かせ、ミコトちゃんが自慢げにドヤ顔を作る。
やっぱりそうなんだ! 知りたくなかった、そんなこと!
待って、そう言えば自分の純潔を神に捧げるとか言ってたよね!? エリュシオン、私だけど!? 困るよ!?
「ど、どうしてそんなことになっちゃったの?」
「よくぞ聞いてくれたのです! 私達がかつて祀っていた暗黒の神は実は邪悪な奴だったのです」
「うん、暗黒の神だもんね。もうちょっと早く気づいた方がよかったね……」
「ですが、召喚で現れたそれをエリュシオン様が倒してくださったのです! その神々しいお姿を見て私達は気づいたのです、私達が本当に祀るべき神はエリュシオン様だったのだと! そして、真実に目覚めた私達同志は崩壊した教団と袂を分かち、エリュシオン様の信奉者となったのです!」
キラキラとした目のまま熱弁を振るうミコトちゃん。
対する私は困惑の一言だった。私、知らない間にミコトちゃんの人生を狂わせてたらしい。
あ、でも最初から暗黒教団所属で人生狂ってるし、そこは別に気にする必要はないんだろうか。
そもそも、ミコトちゃんの実家ってどれだろう。私、悪の秘密結社とか教団とか沢山壊滅させてきたから、心当たりが多すぎる。
「み、ミコトちゃん。今幸せ?」
思わず、変な質問をしてしまう私。
「幸せなのです」
それに即答してくれるミコトちゃん。
とりあえず、ミコトちゃんが幸せならいいかな。私はそう割り切ることにした。
「ええと、ミコトちゃん……」
割り切りが完了した所で、私は暗黒系トークから話題を変えようと試みる。
と、それよりも早く、何かに気付いたらしいミコトちゃんがじーっと廊下の奥の方を見つめた。
「あれ? どうしたの、ミコトちゃん」
「うーん。あの人、見たことがある気がするのです」
首を傾げるミコトちゃん。
その視線の先では包帯や絆創膏が痛々しいリオちゃんと、豪奢で長い金髪が印象的なスーツの人が会話していた。
「と、いう訳じゃ。今後は重々気をつけるのじゃな」
「はい、すみません。長官」
金髪の人が愉快そうにくふふと笑い、冴えない表情のリオちゃんが頭を下げる。
「わかればよい、童は素直が一番じゃ。ほれ、学友も心配しておるようじゃて顔を見せてやるがよい。妾もこれから下調べをせねばならぬしの」
「学友?」
金髪の人がくふふと笑って立ち去ると、リオちゃんが不思議そうな顔でこっちへと振り返る。
「なんだ、誰かと思えば乳頭巾ちゃんと首輪巫女ちゃんじゃん」
言っていた学友が私達だと気がついて、いつも通り気怠そうな表情に戻ったリオちゃんがやって来る。
「お、おはよう。さっきの人は?」
「ダンジョン庁の鳳仙長官。セブンカラーズは政府公認だかんね、ウチ等のボスなんよ。んで、朝からメッチャ小言を言われた。正直、病み上がりに響くよ」
あの人、そんなに大物だったんだ。ミコトちゃんが見覚えあるわけだ、私ももう少しちゃんとニュース見とかないと。
「でも、思ったより怪我はよさそう、だよね?」
「ま、昨日死にかけてたに割には元気かもしんないね」
リオちゃんは苦笑いしながら包帯の巻かれた腕を見せる。でも、顔に傷は残っていないし、歯も全部そろってる、骨が折れているって感じもない。
あれだけ酷かった怪我を一日でここまで治せる回復魔法って凄い。これだけでもダンジョン探索してレベル持ちになる恩恵がよくわかる。
「とりあえず、リオちゃんが無事そうで私は安心したよ」
「はっ、無事ねぇ、無事かぁ……。スポンサーからはずっとクレームが入りっぱなしだし、ネットでセブンカラーズとエリュシオンの格付け完了とか書かれたみたいで、他のメンバーから嫌味言われまくってんだけど」
「う、うわぁ……」
心なしか昨日より少しぼさぼさした赤い髪を撫でながら、やさぐれた顔で言うリオちゃん。
あの表情をみれば、凄い精神的ダメージが入ってるのが一目でわかってしまう。
命懸けで頑張った人に対するこの仕打ち、同じ魔法少女として私は心の底から同情した。
「それは仕方がないことなのです。なにしろエリュシオン様は……もごっ!」
その目の前で余計なことを口走りそうだったミコトちゃん、私はその口を即座に塞ぐ。
ミコトちゃんがそういうキャラだってもうわかってるけど、そこはちゃんと空気読まないとダメだよ。
「げ、元気出してね。私にもできることがあれば手伝うから」
ミコトちゃんの口を塞いだままそう励ます私。
「ほーん、じゃさ……逆バニーの格好して配信出て」
「うぇ!? そ、それはちょっと」
そんな私に、真顔でそう言ってのけるリオちゃん。
思ったのと違うのが来た、凄く違う方向から飛んできた。
「大丈夫、乳首とかはニプレス着けて隠していいから。そうしないとこっちもアカウント凍結されるし」
あ、あの目は本気だ、本気で私に逆バニーを着せようとしている。怖い!
「だ、だ、だ、ダメダメ!」
「実は変身するためのアイテムって、魔法少女の数に対して足りてないんよ。つまり、国家公認魔法少女は熾烈な椅子取りゲームなわけ。だから華々しい功績とはいかないまでも、配信で視聴者集めたいんよ。わかる?」
「わ、わかるけど無理! インポッシブル!」
私も元魔法少女だから、最近の魔法少女って大変なんだなぁって同情はするけど、それとこれとは話が別だ。
そんなことしたら人前に出られない。変身前も、後も、別方向で人前に出られないとか、嫌な欲張りセットが過ぎる!
「乳頭巾ちゃん滅茶苦茶顔いいから絶対人気出るって。首輪巫女ちゃんとダブルおっぱいコンビで一気に駆けのぼっちゃおうか、エロ配信界のスターダム」
「直滑降だよぅ!?」
肩をがっちりと掴んで私を逃がすまいとするリオちゃん。
私は口を塞いでいたミコトちゃんから手を放して、小さくお手上げのポーズを取って必死に首を横に振る。
その隙に、ミコトちゃんはレベル測定に向かってしまった。天然でこれができるのは本当に凄い、見習いたい。
って、そんなこと考えている場合じゃない。マズイ、本当にマズイ!
このままだと本気で逆バニー姿にされて配信させられる! ネットタトゥーが刻まれる!
「すみません、リオさん。そこの方に用事があるんですけれど」
ポルノ配信に怯える私の前、やって来たピンク髪の女の子が優雅な微笑みで助け舟を出してくれる。
「あれ、学園長代理、乳……こりすちゃんに用事なんすか」
「はい。ですので少しお借りしますね」
リオちゃんの手が緩んだのを見計らい、ピンク髪のその子は私の手首を掴んで一気にリオちゃんから引き剝がしてくれる。
そして、そのまま手を引いて学園長室へと私を案内していく。
途中、一度振り返って様子を見てみれば、リオちゃんはスマホ片手にぺこぺこと頭をさげていた。またクレームが来たのかな?
ごめんね、同情はするけど逆バニーは絶対に無理だから。
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