第1話 魔法少女の帰還6

 その絶望的な光景は国営動画サイト<ダンジョンチューブ>、通称ダンつべで生配信されていた。


「ヒャーハハハッ! 国家公認魔法少女様も大したことねぇなァ!? いや、オレ様が強すぎるのかヒャハァ!」


 熊のような獣の腕でリオの顔を掴み、下卑た笑みを浮かべる狼頭の怪人。顔を掴まれているリオは声も発せず、ぴくぴくと体を震わせるだけだ。


 "マジで? リオちゃんってレベル30オーバーの魔法少女で、この国でも上位クラスの戦闘力じゃなかったっけ?"

 "嘘、リオちゃん死んじゃったの?"

 "流石にフェイクだろ? "


 その一部始終を配信しているコメント欄では、困惑の声が濁流のように流れていく。


「あぁん? 安心しな、死んでねェよ。死なないようにちゃぁんと手加減してやったからよォ! ヒャーッハッハッハッ!」


 リオの傍に浮いているスマホを掴み、怪人の男が困惑する視聴者の様子を愉しむように高笑う。


「見てるか、視聴者のみなさーん。オレ様は新生ジャッカー、ネオジャッカー総統のゴッドジャッカー様でぇっす! 頼りの魔法少女ちゃん達は見ての通りへの役にもたちませぇん。これから毎日お前達の住む街を恐怖のどん底に陥れちゃいまーす。ヒャーハハッ!」


 "え、ジャッカー。復活したのかよ"

 "ジャッカー、なつい"

 "黒いオーラ出てる、こいつモンスター化してるの?"


 動揺するコメント欄を見て、怪人の男は満足そうに顔を歪める。 


「安心しろよ、クズ市民共。今日の所はほんのご挨拶って奴だ。オレ様プロデュースのイベントで、ネオジャッカーの恐ろしさを先行体験してけよ。ヒャハハァ!」


 高笑う怪人の男の前、下級戦闘員達が制服姿の少女達を次々と連れてくる。その中にはミコトの姿もあった。

 集められ怯える少女達を見て、怪人の男は満足そうに頷くと、掴んでいたリオを放り投げて床に転がす。

 その凄惨な姿に、少女達が声にならない悲鳴をあげた。


「さあ、ご注目。ここから楽しいイベントの始まりだぜぇ!」


 言いながら、怪人の男が一本のナイフをちらつかせる。


「お前等はこの後オレ様が全員ぶち殺して怪人の素材にする。だ・け・ど・なァ! このナイフで魔法少女ちゃんをブチ殺した奴だけは、人間のまま生かしてお家に帰してやるよォ!」


 品性のない笑みを浮かべ、怪人の男は怯える少女達の前にナイフを投げ入れる。


 "外道"

 "畜生のエンターテイメント過ぎる"


「皆、それはダメなのです! あのような外道の口車に乗ってはいけないのです! 私達の信仰する神を信じるのです! 神はこんな外道を許さないのです!」


 が、投げ入れられたナイフを即座に拾い上げ、ミコトが少女達へと向き直って力説する。

 暗黒教団の姫巫女として洗脳にも近いカリスマを持つミコトの言葉で、恐怖に支配されていた少女達が落ち着きを取り戻していく。


「あぁ? なんだ、面白い奴が居るじゃねぇか。仕方ねぇなぁ、今回だけは特別にルールの詳細を説明をしてやるよぉ! ナイフで魔法少女ちゃんをぶち殺せるのは、当然一人だけだよなぁ? なら、生き延びるにはナイフでライバルもぶち殺すのが一番。つまり、これは生き残りをかけたデスゲームなんだよぉ!」


 怪人の男の言葉に、再び恐怖に支配された少女達の視線がミコトに向けられる。

 ミコトはその邪な視線に怯むが、


「こ、こ、こ、こーんじょーっ!」


 ぎゅっとナイフの柄を握りしめ、力いっぱい怪人の男へと投げつけた。


 "投げ返した、マジか"

 "怖い怖い怖い勇気が怖い"

 "首輪巫女ちゃんの根性がしゅごい"


 無謀にも似たその勇気に、コメント欄がにわかにざわつく。


「あぁ? その態度……マジでムカつくだろ」


 対する怪人の男はミコトが投げたナイフを受け止めて握り砕くと、殺気に満ちた視線をミコトに向ける。


「ひっ!?」

「どうせぶっ壊して部品にするんだ、躾も兼ねて動けなくなるまで半殺しにしてやるわ。お前、盾ついたことを後悔して、泣き叫んで命乞いしろ。その上で殺す」


 冷酷な眼差しでミコトを見据え、獣の腕を振り上げる怪人の男。


 "首輪巫女ちゃん逃げてー!"

 "魔法少女助けてあげて!?"

 "足元で死にかけてます……"

 "誰か、誰かいないの!?"


 激流のように流れるコメント欄、ミコトの運命はもはや風前の灯。

 その時だった、


「人の助けを呼ぶ声あらば、燐光纏いて私は来よう」


 怪人とミコトの間に割って入るように、一筋の光が舞い降りる。

 白いレオタードのような戦闘服ドレスに燐光纏い、銀のツインテールなびかせて、その少女は腕を組み、黄金の瞳で怪人の男を見据える。


「あぁ? なんだぁ、テメェ!?」


 自らのプロデュースした悪趣味な趣向を台無しにされ、怪人の男が殺気に満ちた視線を少女へと向けなおす。


「悪を断つ銀のシリウス、魔法少女エリュシオン」


 銀の少女はその殺気をそよ風のように受け流し、悪に対する死刑宣告にも等しい自らの名を告げた。

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