第1話 魔法少女の帰還5

 モンスターと同じ黒いオーラを出したその怪人は、地面に埋まったリオちゃんを無理やり引きずり出すと、顔を鷲掴みにしたままお腹を何度も執拗に叩く。

 お腹を叩かれる度、顔面を掴まれたリオちゃんがサンドバッグみたいに宙を舞う。


「……急ごう、ミコトちゃん」


 私はその姿に気が付いたけれど、拳を強く握りしめ、そのままホールから逃げだした。

 逃げ出した通路には、さっきの怪人と同じように、モンスターと同じ黒いオーラを出した下級戦闘員が立ち塞がっていた。

 その足元には倒れたクラスメイトの女の子。下級戦闘員は嬲るように女の子の頭を踏みにじっていた。


「イーッ!」


 私達の存在に気付いた下級戦闘員が、見せつけるように踏みつけている足をぐりぐりと動し、頭を踏みつけられている女の子がじたばたと手を動かしてもがく。


「……ミコトちゃん、お願いがあるんだけど。私があの戦闘員の注意を引くから、ミコトちゃんはその隙にあの子を連れて逃げて欲しいな」


 リオちゃんに続いて悪趣味なものを見せつけられ、私は少し、ううん、かなり頭にきていた。

 こんなの絶対に許せないって気持ちが胸の奥からふつふつと湧いてくる。 


「こりす、それは危ないのです! 二人掛かりで総攻撃してやっつけるのです! 人型だからボキボキにできるのです!」


 胸の前で両手を握ってむふーと意気込むミコトちゃん。


「無理だから、連れて逃げて」

「で、でも……」

「大丈夫だから、私を信じて。いくら黒いオーラが出てたって、ジャッカーの下級戦闘員如きに負けないから」


 ミコトちゃんの言葉を遮って、私が少し強い語調で言う。

 その大丈夫の言い方に気圧されたのか、ミコトちゃんが怯えるように頷く。

 ごめんね、私だって自己嫌悪してるんだよ。でもミコトちゃんには逃げて貰わないといけない。

 ……だって、そうしないとリオちゃんを助けてあげられないから。


「イーッ!」


 踏んでいた女の子を廊下の隅に蹴り飛ばし、私に叫び声と共に私へと襲い掛かってくる下級戦闘員。まるで俺を舐めるなと言っているようだ。

 私は壁を蹴って勢いをつけ、滑り込むようにその突進を回避する。


「今だよ!」


 私が指示を出し、ミコトちゃんがクラスメイトをひきずって逃げていく。

 下級戦闘員はそれを逃がすまいと、今度はミコトちゃんに狙いを定める。だから、私は後ろからそのお尻を思いきり蹴りつけて転ばせてやった。


「ヴィイーッ!!」


 激高したような叫びをあげて私へと向き直る下級戦闘員。その怒りは自らをコケにした私だけに向けられている。

 そりゃあ気に入らないよね。取るに足らないと思っている相手に舐めた真似をされたんだから。

 我ながら破滅願望でもあるんじゃないかって無鉄砲さだ、呆れる他ない。それでも……


「なんて危機感の欠如! 学習能力皆無っ! 炎天下の道路に這い出したミミズ! 海に飛び込むレミングスっ!」


 私は自分自身を好き放題罵りながら、緩やかに弧を描いている廊下を走る。

 それを追いかけてくる下級戦闘員。

 胸の中を埋め尽くしているのは怒り、使命感、そして自己嫌悪。あんなに辛くて苦しいはずなのに、もう二度と魔法少女にならないって決めたはずなのに。


「それなのに、それなのにっ……! 私が皆を助けなきゃって気持ちが止められないっ!!」


 私はさっき段ボールを運んだ倉庫に逃げ込み、下級戦闘員がそれに続く。


「ヴィヴィイーッ」


 この倉庫に出入り口は一つしかない。私の逃げ場を奪ったつもりの下級戦闘員は、傍の棚を倒して扉を塞ぐと、さっきよりもねっとりとした叫び声でゆっくりと私へと近づいてくる。

 大方、コケにした私を好き放題嬲ってやるぞって感じだろう。でも、全部私の計算通りなのだ。


「……自分の悪行を反省して、悔い改めてくれるつもりはありませんか?」


 倉庫奥の壁の前で向き直り、下級戦闘員に尋ねる私。

 下級戦闘員は棚の一部をへし折って私に投げつけた。悔い改めるつもりは全くないって意思表示だ。


「そっか、心まで人間辞めちゃってるんだね……」


 私は目を閉じて、決意するように息を吐く。

 この下級戦闘員達が元人間の怪人なのか、それとも下級戦闘員を模したモンスターなのかはわからない。

 でも、心も体も人間じゃないのはわかる。なら、お外のゴブリンと同じモンスターだ。倒すことに何の抵抗もない。


「なら、倒すよ。これ以上皆を傷つけさせない」


 私は静かに目を開けて宣言する。その眼力と、纏う空気の変化に戦闘員が怯んで一歩後ずさる。

 当然、今更逃がすつもりなんて毛頭ない。逃げたら別の場所で誰かを傷つけるに決まっているんだから。


「シリウスチェンバー、イグニッション」


 私は掛け声と共に高まった魔力を点火し、体中に循環させる。

 体内では収まらないほどに高まった魔力が燐光となって漏れ出し、私の髪を銀色に染め上げ、着ている制服を戦闘服ドレスへと変化させる。

 衣装が完全に変化し終わると、仕上げに伸びた髪をツインテールにして準備完了。

 瞬く間もなく行われたそれは、補助具マジックアイテムなしでも変身できるほど繰り返した、魔法少女エリュシオンへの変身プロセス。


 私が黄金色に変わった瞳で戦闘員を見据えると同時、倉庫に銀の閃光が瞬く。

 下級戦闘員は変身した私の姿を認識することすら叶わず、粉々に砕け散った。

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