第1話 魔法少女の帰還4

 そんなこんなしつつも、私達は舗装された道路の果て、要塞のような建物に辿り着く。ここが今日の目的地である第一拠点だ。


 ダンジョンには魔力の集結地点のような場所がいくつもあり、そこに巨大魔石核から切り出した特殊な魔石を核とする転移装置を設置すれば、巨大魔石核がある場所と空間転移で往来が可能になるらしい。

 ただし空間転移するには条件があり、転移装置に自らの魔力を登録しなければならない。つまり一度そこまでいかないといけないのだ。

 そして、その転移装置を守るための施設がこの拠点ユニット。冒険者なら必ずお世話になる、ダンジョン探索のチェックポイント的存在だ。


「これが拠点ユニット、思ったよりも何もないんだねぇ」


 鉄骨を外に置いた後、私達は拠点ユニットの中に入り、簡素な長テーブルを囲んで休憩していた。

 拠点ユニットの中は最低限の設備が揃っているだけで、まさに無骨な基地の中。でも、突然モンスターが襲って来ないだけで凄く気が楽になる。


「あー、ここは大本の魔石核に近いかんね、逆に最低限の設備しかないよ。複数の魔石を置いてある複合拠点は凄い堅牢で豪華だけど、ま、乳頭巾ちゃん達が目にする機会は暫くないっしょ」


 気怠そうに大あくびをして、リオちゃんが簡易ベッドに寝転がる。どうやら配信の方も休憩中みたい。


「へー、そうなんだ」


 言われてみれば納得だ。ここの魔石の大本は学校にある魔石核だし、舗装された道路だって通っている。そこまで色々設備をつける必要はないよね。

 今日は鉄骨運びなんてさせられたから時間がかかったけど、やる気になれば車でだって来れそう。実際、駐車場もあったから多分来れる。


「後は全員が転移装置に魔力登録してくればオリエンテーリングは無事終了ね。ま、配信の方は誰かさんのせいで今日は大惨事だったけど。なんか手頃な事件でも起こって同接稼げないもんかな」


 リオちゃんは私とミコトちゃんを視線で非難すると、ベッドに寝転がったままスマホをいじり始めてしまう。

 そっか、リオちゃんはレベル高いって言ってたし、ダンジョン探索は初めてじゃない。ここでの魔力登録は済んでるんだ。

 お昼用に持参していたパンを食べ終えた私は、リオちゃんとのお話を終わらせて魔力登録に行こうと立ち上がる。

 そんな私を、向かいに座るミコトちゃんがじっと見つめていた。


「……え、えと、ミコトちゃん、一緒に登録しに行こう」


 それが誘ってくれの合図に見えたので、ミコトちゃんに声をかけてみる。

 独特の世界観をお持ちの方だけど悪い子じゃなさそうだし、折角だから仲良くなりたいよね。私、友達なんてセレナちゃんしかいないし。


「はいなのですー」


 ミコトちゃんの方もそう思ってくれているらしく、朗らかに笑ってこちらにやって来る。

 一応、ミコトちゃんも私に友好的に接してくれているんじゃない、かな。


「嬉しいのです。初めて一般のお友達ができたのです」


 ああ……暗黒教団だもんね。そりゃあ皆避けるよ。


「おー、友情だねぇ。そいじゃ、ウチが友情記念にプレゼントでもあげるとしますか」


 簡易ベッドに寝転がったままのリオちゃんが、私達に向かって片手で段ボールを放り投げる。

 私は慌ててそれを受け止め、思わぬ重さによろめいた。軽々投げてたから油断した! レベル持ちだとこの重さもあんな簡単に投げられるんだ。


「それ、倉庫にしまっといて。倉庫はあっちね」 


 スマホ片手に指差すリオちゃん。

 うん、そんな気がしてた。それ雑用押し付けただけでプレゼントじゃない。でも、小心者の私は何も言えず、渋々段ボールを運ぶことにした。


 魔力登録に向かう道すがら倉庫に段ボールを片付け、私達二人は壁の案内表示を頼りに本来の目的地である転移ホールへと歩いていく。

 転移ホールはこの拠点ユニットのど真ん中にあり、体育館ぐらいの大きさがあった。なるほど、拠点ユニットの要は転移装置だから、他の場所は転移装置を守る防壁代わりになってるんだ。


「おかしいのです……人が居ないのです」


 でも、到着した転移ホールに人の姿はなかった。

 真ん中にある透明な筒のエリアが転移装置本体なのはわかる。

 けど、転移装置の魔石は見当たらないし、転移装置と接続されている巨大機械の横にある受付カウンターは無人だ。


「セルフサービス……じゃないよね?」


 ちらりと確認した巨大機械は見た目に操作が難しそうで、説明書もなしに動かせるような代物には見えない。これをセルフサービスさせるのはちょっとスパルタではなかろうか。


「セルフサービスなら、こりすは私が開けた境界門で転移させてあげるのです。何しろ私は暗黒神召喚をした実績がある開門の姫巫女なのです。えっへん」


 ドヤ顔で胸を張るミコトちゃん。

 そういう異能の類は魔法少女時代に幾度となく見てきたけど、暗黒神召喚はちょっと有害行為過ぎない? 絶対人様に自慢していい行為じゃない。


「と、とりあえず開門はいいかな。魔石に魔力を登録しておかないと、今度ここに来る時も徒歩になっちゃうから」

「むむむー、それは確かに不便なのです」

「だから登録するための列ができていても不思議は無いのに、クラスメイトの皆は本当にどこ行ったんだろう」

「不思議なのです」


 揃って小首を傾げる私達。

 私達は最後の方だったし、その後に倉庫まで荷物運びまでしている、一番乗りのはずがない。もしかして、魔力登録自体は別の場所だったりしちゃうんだろうか。


「「「イーッ!」」」 


 と、そこに別の入り口から、奇声を上げた一団がホールに入って来る。その姿は覆面に黒い全身タイツ、一目で怪しい人達だった。


「ど、どういう心理状態で受け止めればいい人々なんだろう、これ!?」


 突然の闖入者に私は目を丸くして狼狽する。

 普通に考えれば悪の組織の下級戦闘員が襲撃をかけてきたんだけど、今日の私は鉄骨運びでリアリティラインが破壊されている。ちょっと自信が持てない。

 条件反射で迎撃して、係員さんが来ている特殊な制服とかだったら、申し訳ないなんて話じゃ済まない。最悪、初日停学だってあり得る。私はダンジョンですべきことがあるのだ、それは絶対に避けたい。


「こりす、奥を見るのです!」


 そんな風に考える私の横、ミコトちゃんが焦った様子で黒タイツ達の後ろを指差す。

 向かいの扉の先、そこには猿ぐつわを噛まされ、縛り上げられた沢山の人。その中には私と同じ制服を着たクラスメイト達の姿もあった。


「つまり本物の悪の組織! ダンジョンで暗躍してるって噂は本当だったんだ!」


 流石にここまでくれば間違いない。この人達は悪の組織、格好からして私が昔壊滅させた秘密結社ジャッカーの下級戦闘員だ。


 モンスターと並ぶダンジョンの二大脅威の片割れ、それこそが悪の組織や秘密結社などの地下組織とその傘下の怪人達。

 外で野望を挫かれた怪人や能力者達はこぞってダンジョンに逃げ込み、レベルを上げて捲土重来を目論んでいるのだ。

 怪人、モンスター、そのどちらも放置すれば地上へ深刻な被害をもたらしてくる。特に怪人達は元々人間より強い力を持ちながら、レベルや新資源、魔法などダンジョンの恩恵を存分に受けて更に強くなる。そうなる前に絶対に対処が必要な存在だ。


 つまり、国が躍起になってダンジョン開発を進めているのは、単に魔石などの次世代資源が欲しいだけじゃない。

 他国や怪人にそれ等を渡さないため、ダンジョンで力をつけた敵に対抗できる力を得るため、能動的ダンジョン攻略が国の存亡に直結する問題になっているからなのだ。


「こりす!」

「あ……うん、そうだねまずは一度逃げよう」


 ダンジョンと怪人の現状を再確認し、どうやって怪人を倒そうかと無意識に考えていた私は、不安そうなミコトちゃんの声で我に返る。

 今の私は魔法少女エリュシオンじゃない。その上、まだレベルがあるかどうかもわからない。

 一般的な人間でも、レベルが2あればゴリラに殴り勝てるとされている。そして、下級戦闘員と言えど怪人は一般人よりはるかに強い。1レベルでも持っていたら勝てないかもしれない。

 私はミコトちゃんの服の裾を引っ張り、戦闘員に狙われないよう上手く私の陰に隠す。


「ミコトちゃん、今のうちに出口まで走って」


 私が行動を促し、ミコトちゃんが重々しく頷いて入ってきた扉へと急ぐ。

 でも、ミコトちゃんが扉に辿り着く前に扉が開き、更に大勢の下級戦闘員がホールへとなだれ込んでくる。瞬く間に進退窮まってしまった。


「こりす、困ったことになったのです。このままでは私達も怪人に改造されしまうのです」

「そういう話、よく聞くよね。でも……」

「本当に困るのです。私の純潔は信仰する神に捧げると決められているのです!」

「えっ、ああ、うん……」


 それはそれで問題がありそうな話だよね、なんて一瞬呆れつつも、今はそこで問答している場合じゃない。

 戦わないと逃げられない。そう判断した私は、魔法少女エリュシオンとしての自分へと心のスイッチを切り替える


「はいはい、イーイー聞こえると思えば、ここにもジャッカーの下級戦闘員ね。ざっとレベル3から5ぐらい? あー、めんどい」


 寸前、後ろの戦闘員が蹴散らされ、槍を持ったリオちゃんが、いつも通り気怠そうな顔してホールへ踏み込んできた。

 その傍らには配信用のスマホが浮いている。こんな状況でも配信するつもりなんだ、逞しい。っていうか、もうそれ承認欲求の亡者さんだよ!?


「乳頭巾ちゃんと首輪巫女ちゃん、邪魔だからさっさと逃げときな。来る時粗方蹴散らしたんで、逃げ道ぐらいはあると思うから」


 言って、リオちゃんが手にした槍を放り投げ、その姿が赤と白を基調とした戦闘服ドレスに変わる。魔法少女として変身したのだ。


「リオちゃん、本当に魔法少女だったんだ」


 正体大っぴらにした上に配信までして大丈夫なのかな。なんて思いながらも、私は安心してミコトちゃんの待つ後ろの扉へと急ぐ。

 それと入れ替わるようにリオちゃんが踏み込んで、下級戦闘員を薙ぎ払って一網打尽にしていく。


「ま、二人が逃げるよりも早く全滅させるけどさ。スポンサー様にもそろそろいいとこ見せとかないといかんし」


 槍を構えてドヤ顔を作るリオちゃん。

 よく見れば、その槍にはびっしりとスポンサー企業のロゴが入っていた。うわぁ、国家公認魔法少女って大変なんだぁ……。


「あ……リオちゃん、上!」

「なに?」


 呆けた顔で見上げるリオちゃんの上、屋根にピシリと亀裂が入り、


「ヒャーハハハハッ! 入学おめでとおおぉゥ! 全員揃って楽しい怪人生活の始まりだぜェ!!」


 屋根を突き破って狼の顔を持つ半獣怪人が襲撃し、リオちゃんを深々と床にめり込ませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る