第1話 魔法少女の帰還3
「なにあれ?」
「あれはゴブリン、モンスターなのです」
モンスター、それはダンジョンにおける二大脅威の一角。
この世界で普通に暮らしているだけの原生生物達と違い、何故かモンスターは人間に対して明確な敵意を抱いて襲ってくる。危険な存在だ。
原生生物とモンスターの識別は簡単で、モンスターは黒いオーラを出していて、臓器の代わりに核となる黒い結晶、通称【黒晶石】で動いているらしい。
「あれがそうなんだ、本当に黒いオーラが出てるんだねぇ」
私は間の抜けた顔のまま、薄く黒いオーラをまとっているゴブリンをぼーっと観察する。
って、のん気に観察してる場合じゃなかった。マズイ、エリュシオンとして長年戦ってたせいで、危機感が麻痺しちゃってる。今の私はクソ雑魚ナメクジなんだから気を付けないと!
私がちらりと鉄骨の上を確認すると、リオちゃんはスマホをこちらに向けたまま知らんぷりしている。本気だ、本気で私達とモンスターのバトルを配信しようとしている。今この瞬間、ここは現代のコロッセオと化してしまった。
今は昔と違って回復魔法とか治療スキルとかがあるから、ちっとやそっとのことじゃ死ななくなったって聞いてるけど……さっき言ってた優しさは微塵も感じられない。
「乳頭巾ちゃんさん」
「こりす、天狼こりす! いい加減、乳頭巾ちゃんは止めて!」
「そうなのです? ではこりす、ここはお任せして欲しいのです」
仕方ないと覚悟を決め、ゴブリンを迎え撃つべく私があたふたとロープをほどいていると、ミコトちゃんが一歩前に進み出て相手を買って出てくれる。
気持ちはありがたいんだけど、ミコトちゃんはお箸よりも重い物を持ったことがなさそうな雰囲気だから凄く心配だ。
「だ、大丈夫なの? 相手はなんかナイフ持ってるし、ギャッギャ奇声あげてるんだよ?」
「大丈夫なのです。こう見えて私、護身術として人間を生きたまま解体する流派を学んでいるのです」
「それ絶対過剰防衛だよぉ!?」
なんで護身で解体までしちゃうの!? 生きたまま解体する理由はなに? 向かってくる相手を全員倒せば護身完了みたいな感じなの? 攻勢防御が過ぎる。
「そういう訳なのです。安心して見ていて欲しいのです」
ミコトちゃんはぽよんと自分の胸を叩くと、ふらふらーとした足取りでゴブリンへと向かっていく。わかってしまった、ミコトちゃんの運動神経はあんまりよくない。
舗装された道路の上、お互いに後ろから捕まえようと輪になって走るゴブリンとミコトちゃん。まるで自分の尻尾を追いかける猫みたい。
危機感のない攻防に気の抜けた私が、ほのぼのとした気分でミコトちゃんの戦いを見ていると、ようやくミコトちゃんがゴブリンの手を掴んだ。
よかった。これでミコトちゃんの体に切り傷はできないね。なんて思っていたら、
「えいっ、なのです!」
「ギャッ、ギャッ、ギギャアァアッ!?」
ミコトちゃんがぐいぐいとゴブリンの手を捻り、手羽先を食べる時みたいにバギッと壊して腕を千切った。
「うええ!?」
スプラッタな光景を確信して目を覆う私。エリュシオンに変身していた頃は、自己暗示をかけるみたいに心を無理矢理バトルモードへ切り替えていた。でも、変身していない元々の私は怖い映画も見れないぐらいなのだ。
それでも目を背けてはいけないと、指の隙間から恐る恐るミコトちゃんとゴブリンを見てみれば、千切られたゴブリンの腕は黒い霧となって消え去り、体から出ているのも血ではなく黒い霧だった。
「あっ、心に優しい……」
ほっと胸を撫でおろす私。これなら大丈夫、私もこれからのダンジョン探索上手くやっていけそう。
ただ、浮世離れした感じの美少女であるミコトちゃんが、お人形遊びをするようにゴブリンを解体していく姿は正直怖い。
結局、四肢をもがれダルマさんにされたゴブリンは、酷い断末魔の声をあげると黒い霧になって霧散し、そこには砕けて灰色になった黒晶石と、ドロップアイテムであろうナイフが残った。
「こりすー、初めてだったけど上手くできたのです」
かくして、初の勝利を挙げて嬉しそうに戻って来るミコトちゃん。
「うん、そうだね。あれが護身術だなんて酷い欺瞞だね」
代わってもらっておいて申し訳ないけれど、対する私は若干引き気味だ。暗黒教団って怖い。
正直、お茶の間に出しちゃいけない光景だったけど、配信見てる視聴者さんも大丈夫なのかな。ダンジョン配信を好んで見ているだけあって、皆そういうのには耐性があるんだろうか。
「ちょい待ち、コメント欄めっちゃ荒れてんだけど!? せっかく顔がいいから二人を最前列にしてたのにこれじゃ逆効果じゃん!」
案の定と言うべきか、視聴者さんからの評判は芳しくなかったらしく、鉄骨の上でリオちゃんが絶叫していた。
顔がいいから最前列って、私とミコトちゃんが苦悶する様がメインコンテンツ扱いだったの? 酷い!
「もう首輪巫女ちゃんが戦うのは禁止! 次にモンスターが出てきたら乳頭巾ちゃんの方が戦って」
「えぇ!?」
一人で鉄骨を運んでいる私に降りかかる更なる負担!
これ以上モンスターに出会わないよう、一刻も早く第一拠点に辿り着かないと。そう決意した私は一生懸命ロープを引っ張るのだった。
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