第1話 魔法少女の帰還2


 ダンジョンとは境界融解現象によって接続された往来可能な異世界のこと。

 簡単に言うと、何かの切欠でこの世界とくっついた別世界なんだそうだ。

 十数年前に初めて確認されたダンジョンは、色々な場所でこの世界とくっつき、いいことや悪いこと、沢山の変化をもたらした。特に魔力を帯びた魔石は次世代エネルギーの主役になると目されている。


 でも、そんな魔石よりも大きな変化が一つある。それが【レベル】と【スキル】、【クラス】だ。それ等はダンジョン内でのみ著しく成長し、魔法と言う概念と共に人間という種の限界を大きく塗り替えた、らしい。

 得られる利益と同じだけ危険が多いダンジョン。そこに人類が進出できているのもレベルやスキルのおかげなのだ。

 でも、長年ダンジョン外で怪人やら超人やらと戦い続けてきた私としては、それよりも前に人類は色々限界越えちゃってるんじゃないの? って思わなくもない。


 とにかく、そんなレベルやスキルを持った人材を育成するための学校、それがダンジョン学園。

 私が今日から通う学校……なんだけど。


「……おかしい、こんなはずじゃなかった」


 ダンジョン学園への入学初日、私はだだっ広い原っぱを突っ切る道路の上で鉄骨を引っ張っていた。

 二人一組になって車輪を着けた大きい鉄骨をころころと引っ張る姿は、まるでピラミッドを建造する労働者。

 その後ろには、同じように鉄骨を引っ張るクラスメイト達の列。

 花の女子高生の姿なの、これが? もう絵面が酷い。世紀末な救世主の漫画で見たことがある感じになってしまっている、トゲトゲの服着たモヒカンの人がバギーでブイブイ暴れてる奴。


「オリエンテーションだったはずなのに、どうしてこうなっちゃったんだろ……」


 背負うようにロープを引っ張る私は、想像していたのと全く違うダンジョンライフの始まりに困惑し、後ろを振り返る。

 私達が歩いてきた道路の始点には近未来的で要塞のような建物群。あれがこれから通うことになるダンジョン学園。

 更にその後ろには天へと伸びたひび割れのような空間の裂け目があり、その向こう側には私達が住んでいる街が見える。そう、ここは既にダンジョンの中なのだ。


 私達が今居るダンジョン第一層は特に危険度が低いため、既にインフラ整備が始まっていることは事前に聞いていた。

 実際、ダンジョン学園もダンジョンの中に建てられている。人間はダンジョン内でないとレベルが上がらないからだ。

 でも、えっちらおっちらと鉄骨を運ぶのまでは想像していなかった。空の青と平原の緑が眩しい。


「舗装された道路があるんなら、鉄骨はトラックとかで運んで欲しいよ……」

「乳頭巾ちゃんはわかってないなー。これは新米達への優しさなんよ」


 私達が運ぶ鉄骨の上、鮮やかな赤い髪をした女の子が気怠そうな声で言う。

 その傍らには空飛ぶスマホがぷかぷか浮いている。あれはバッテリーに魔石を使った最新式で、魔力通信でダンジョン奥地でも配信できちゃうお高い奴だ。もしや、私達がひいこら言ってる姿を配信してる?


「ど、どういう意味」


 私は思わずむっとして少しトゲのある口調で言い返す。

 乳頭巾なんて酷い呼び方をされて、苦労している姿をエンターテイメントとして配信されているかもしれないのだ。ハリネズミみたいにトゲトゲ対応をしても文句を言われる筋合いはないと思う。


「人間ってさ、ダンジョンで活動しないとレベル上がんないわけ。だからって、いきなり放り出して強めのモンスターに襲われたら十中八九死ぬじゃん? だから、慣らし運転で死なない程度の苦労をさせてあげてるんよ。感謝しときなー」


 言っていることはわかるけど、微妙にイコールで繋がってない気がする。皆で鉄骨運びする必要性はゼロだよね?

 そもそも、パーカーの下に同じ制服着てるってことはこの子も生徒のはず。どうしてそんなに上から目線で来てるんだろう。猫と一緒で高所有利のルールでもあるの?


「そこの乳頭巾ちゃんさん、殺気が漏れているのです。止めた方がいいのです」


 ちょっぴりイラっとしていた私に気付いたのか、隣で一緒の鉄骨を運んでいる女の子がそう窘めてくれる。

 黒い首輪みたいなチョーカーを着け、制服の上に巫女さんの白衣みたいな服を羽織ったその子は、光沢のある白い髪にキラキラ輝く赤と青のオッドアイ。カワイイと言うより幻想的で綺麗、凄く浮世離れした感じがする。

 そんな子が私と一緒に鉄骨を引っ張っている姿は凄くシュール……あれ、ロープたるんでる! 引っ張ってない! この鉄骨引っ張ってたの実質私だけ!? キツイわけだよ!?


「あ、あの! ロープたるんで……」

「私は宵月命よいづきみことと言うのです。鉄骨に乗っている方は桃園莉緒ももぞのりおさん、最近売り出し中の国家公認魔法少女、宝石魔法少女セブンカラーズの一人、セブンカラーズルビーなのです」


 絶妙なタイミングで会話を遮り、説明してくれるミコトちゃん。

 これわざと? それとも天然? どちらにせよ、サボり追及をするタイミングを見事逸してしまった。


「そ、そうなんだ。詳しいんだね」


 心の内では話を逸らされたと思いつつも、引きこもり生活ですっかりコミュ力が退化してしまった私は、説明を聞いて素直に頷くことしかできない。


「詳しいのです。何しろ、我が家も魔法少女に滅ぼされたのです」


 にっこりと満面の笑顔で言うミコトちゃん。

 どういうこと? 会話がジェットコースター過ぎて理解が追いつかない。会話の遠心力で吐きそう。


「ほ、滅ぼされたってなにごとなの」

「実は我が家は家業で暗黒教団をしていたのです」


 暗・黒・教・団!

 可愛い笑顔から突如放り込まれたパワーワードに私は困惑する。

 知らなかった。暗黒教団の人って自分達のこと暗黒呼びしちゃうんだ……。自覚とかあるんだ。


「でも安心して欲しいのです。していた、であって過去形なのです」

「そ、そうなんだ」

「はい、今はもっと素晴らしい新しい神を信仰しているのです!」

「多分、それ同じことだよぉ!?」


 思わず叫んでしまう私。

 早くも私の中でミコトちゃんが危険人物認定されてしまった。


「乳頭巾ちゃんさん、何かお悩みの様子に見えるのです。悩みがあれば遠慮なく私に打ち明けるのです、姫巫女の名にかけて正しい方向に導いてみせるのです」


 そう言って、キラキラとした目で私を見つめるミコトちゃん。出た、宗教勧誘の常套文句!


「お悩み相談は間に合ってるからいいよ。そ、それで、リオちゃんは政府公認だから特別待遇なんだね」


 その輝き澄んだ瞳を見ていると吸い込まれそうな錯覚を覚えてしまう。

 このままペースを握られてしまうのは危険と判断した私は、強引にリオちゃんへと話題を戻す。


「なのです。ダンジョン庁所属の公務員扱いで、学園の教師陣よりも立場が上らしいのです」


 別にミコトちゃんもここで勧誘する気はないらしく、拍子抜けするほどあっさりと軌道修正に成功した。

 ちなみに、ロープの方は相変わらず全く引っ張ってくれていない。うん、そっちはいいや、もう諦めよう。


「あのさ、その説明悪意入ってない? ウチ、変身後はレベル30超えてる魔法少女クラスなわけよ。特別待遇じゃなくて、実力に応じた権利とグレード分けだって」


 上で私達の話を聞いていたリオちゃんはそう反論すると、鉄骨の上でスマホに向かって手を振って、視聴者さんとのお話を再開してしまう。


「配信かぁ……どんなことしてるんだろ」


 私はジトッとした目つきでその姿を見上げる。

 国家公認魔法少女はアイドル扱いだって聞いたことがあるし、リオちゃん顔がいいから人気があるんだろうなって言うのはわかる。

 でも、私達に鉄骨なんて運ばせておいて、一体全体どんな配信をしてくれちゃってるんだろうか。


「気になるのなら見て見ればいいのです。今日鉄骨を運ぶ第一拠点ユニットまでは普通のスマホも使えるらしいのです」

「そうなんだ。スマホ会社の人も頑張ってるんだねぇ」


 ちなみに、ダンジョン配信は政府推奨行為で収益化もできる。

 未だ未知の部分が多いダンジョン情報を得るだけでなく、配信することで配信者の身を守る意味合いもあるからだ。ダンジョンでピンチになった時、配信中なら近くの人が気付いて駆けつけてくれるかもしれないもんね。

 私はロープを体に巻き付けると、バッグからスマホを取り出してリオちゃんの配信を検索する。



【セブカラチャンネルVol.2136】入学初日の美少女達を苦悶で喘がせてみた



「げほあっ!?」


 悪辣! サディストなの!? さっき言ってた優しさ、どこ!?


「ちなみに見ると関連動画に破壊動画がでてくるのです」

「い、要らないよ! そんな捕捉情報!」


 自分がひいこら言ってる姿をエンタメ扱いされるなんて悔しい。

 不愉快になった私は、せめてもの反逆で配信に低評価を入れてやる。


「お。乳頭巾ちゃん、美少女顔して畜生仕草してくれんじゃん。低評価入れたの見えてたかんね。それじゃ、クソ雑魚ナメクジの乳頭巾ちゃんにはお仕置きでーす」


 溜飲を下げたのもつかの間、そのことに気付いて怒ったリオちゃんが、鉄骨の上から私目掛けてごま塩を振ってきた。


「ぺっぺっ!?」


 ごま塩!? おにぎりに振りかけるあれ!? クソ雑魚ナメクジとかけてるの!? ごま要素、迷子!


「よかったですね、乳頭巾ちゃんさん。視聴者さんにウケているのです」


 私のスマホを覗き込みながら、ミコトちゃんが典雅な仕草でクスクス笑う。


「嬉しくない、私は全然嬉しくないよぉ!?」


 私は顔を大きく振って髪についたごま塩を落とす。こんなことならフード被っておけばよかった。

 って言うか、一度もフード被ってないのに乳頭巾なんて不名誉なニックネームが付きそう。

 この白い制服には赤頭巾っぽいフード似合うなって、珍しく洒落っ気出すんじゃなかった。1980円イチキュッパのオシャレ心が悔やまれる。


「ってわけで、あれは自分で何とかするように。これ、お仕置きね」


 そんな情けない後悔をしている私に追い打ちをかけるように、鉄骨上のリオちゃんが気怠そうに道路の先を指差す。

 指差す先、目的地である第一拠点ユニットが遠くに見え始めた道路の上には、一メートルぐらいのちっちゃい緑の人が立っていた。

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