第1話 魔法少女の帰還7

 何とか間に合った。ミコトちゃんを守るように怪人の前に立ち塞がり、私は安堵する。

 あれだけ変身するものかって思っていた心も、今は凪いだ海のように静かで、皆を助けることだけに集中できている。

 大丈夫。あの頃と同じで、ちゃんと心のスイッチはエリュシオンとしての自分に切り替えられている。

 なら、後は皆を守って勝つだけ……


「おほほーっ! 神が、神が目の前に降臨したのです! 信じる者は救われるのです!」


 と、そこで後ろから聞こえたミコトちゃんのはしゃいだ声。

 色々な意味で心配な声音が気になって、リオちゃんのスマホに一瞬視線を動かす。画面に映るミコトちゃんは正座しており、ヒーローショーを見に来たちびっ子のように、キラキラした目で私を見ていた。

 大丈夫なのかな、これ。とりあえず、危ないから下がっていて欲しい。


「後ろの君、危ないから少しさがっていて」

「わかったのです!」


 はい! と大きく元気に手をあげて、画面のミコトちゃんが正座したまま後ろにちょっとだけ下がった。

 うん、全くわかってない。全幅の信頼を寄せてくれてるの? とりあえず、私がさっさと倒すしかなさそう。

 覚悟を決めた私は、目の前でふてぶてしく待つ怪人の男を黄金の瞳で見据える。


「ハハハッ! エリュシオン!? テメェがそうなのかよ!」

「私以外にエリュシオンが居るのなら、君が言っているエリュシオンかどうかはわからないけれど」

「クハッ! 口をそろえて言うんだよ、ダンジョンで見かける根性なしの先輩まけいぬ達がよォ! エリュシオンだけは別格だ、あれは他の魔法少女とまるで違う、死にたくなければ絶対に手を出すなってな! さぞかしお強いんだろうなぁ!?」


 獣の腕を見せつけるようにゴギゴギと鳴らし、狼頭の怪人が極上の獲物に歓喜する。


「少なくとも君を倒せる程度には」

「ハッ、ほざけ! いいことを教えてやるよォ! なんとオレ様のレベルは深層モンスター並みの50越え! そして、取り込んだこの黒晶石! コイツを取り込んだ怪人の戦闘力は……三倍だァ!」


 私の目の前、怪人の男は胸に刺さった黒晶石の結晶を撫でると、私に襲い掛かるべくその腕を振り上げる。


「両断する銀の腕」

「お前を徹底的にぶち殺せば! 俺は闇の世界のスーパースター! ネオジャッカーの名は一気に世界へ轟くってワケだ! コイツは最高のプレゼントだぜぇ!」


 私の"後ろ"で怪人の男が高笑いをあげて、その腕を振り下ろそうとする。

 腕を振り下ろそうとした衝撃で、既に真横に両断されていた男の上半身が、下半身から滑り落ちていく。


「あ? あ? あ? なんだこれ? エリュシオンの奴はどこ行きやがった?」


 自らが既に死んでいることも気づかず、体から黒い霧を吹き出して崩壊していく怪人の男。


「話が、話が違うぞ! テラーニア! 黒晶石の力を得たオレ様は最強で、ネオジャッカーはっ……!」


 胸の黒晶石が侵食するように体中に広がっていき、全身が黒晶石に置き換わった所で灰色に濁ってただの石となる。

 灰色になった黒晶石は砕けて灰となり、そのままサラサラと灰色の砂となって消え去り、吹き去った砂の中にあった小さな白い輝石だけがそこに残った。



  ***



 宵闇に溶けるように立ち並ぶ窓の割れたビル、手入れのされていない街路樹、砕けて波打つ道路、その最奥に見えるダンジョンへの入り口。 

 金網と有刺鉄線によって区切られたそのエリアには、ゴーストタウンと化した無人の街並みが広がっている。


 通常、この世界と直接繋がるダンジョンは比較的安全な階層であることが多く、境界を渡って行くほど危険度が増していく。

 だが、数多あるダンジョンへの入り口の中には、いきなり危険度の高い深層へと繋がってしまったものもある。

 魔界や、ディープエリアとも呼ばれる深層区域。この近隣はそんな深層と直通してしまったが為に、やむを得ず放棄されてしまった場所。

 ダンジョンがこの世界に現れた以上、それを無視して今まで通りの暮らしなどおくれない。そんな教訓を人々に刻み込む場所でもあった。


『ディープエリアは未知のモンスターと遭遇する恐れがあり、その近隣エリアも非常に危険です。冒険者や配信者は直ちに退去してください』


 まだ生きているスピーカーが定期的に警告の音声を流す中、ダンジョン境界前の道路には怪しげな一団が集まっていた。


「人々よ、恐怖を崇拝せよ! 恐怖を崇拝せよ!」

「ジャッカーの捲土重来は叶わなかったが布石は打たれた! 姿を消したあの憎き大敵を引きずり出すことに成功したのだ! 奴を倒し、我等大怪獣連合が再び恐怖の代名詞となってみせよう!」

「怪人、結社、かつて我々こそが恐怖の代名詞だった! 同志達よ、エリュシオンによって奪われた我々の恐怖を取り戻せ!」

「人々に恐怖を、畏怖を刻み込め! そして、エリュシオンを恐怖のどん底に突き落とすのだ! その時こそ、我等が楽園の扉は開く!」


 自らを大怪獣連合と名乗る黒装束の一団、興奮する彼等は声高らかに打倒エリュシオンを口にしていく。


「そうだ。深き闇は闇の中から生まれない、眩い光の影にこそ真に深い闇は生まれる。作り出せ、お前達の力で恐怖が巣くう無明の闇を」


 そして、そんな一団の様子を睥睨し、折れたビルの頂に腰かける一人の少女。

 胸元が大きく開いた露出度の高いドレスを着たその少女は、髪はダークブロンドのセミロング、顔には黒晶石の仮面、背中には蝙蝠のような黒い羽根。その姿は闇に巣くう悪漢共の支配者そのものだった。


「お任せください、テラーニア様! 貴方様に与えられたこの黒晶石の力で、人々を恐怖のどん底に陥れて見せましょう!」

「黒晶石は感情を喰らって力を得る。お前達の集める恐怖の感情が黒晶石に力を与えることを期待してるぜ……あの憎きエリュシオンを打倒するほどのな」


 テラーニアと呼ばれた少女が、胸元から彼岸花のような花を取り出す。その花は黒晶石と同じ黒い結晶の核を持っていた。


「恐怖とはオレ! オレとは恐怖! そして、お前達はオレと共に恐怖となれ! オレ達はエリュシオンに奪われた恐怖と畏怖を取り戻すッ!」


 歓喜に沸き立つ怪人の前、テラーニアは宣言するようにそう叫び、手にした黒晶石の花を地面へと投げ落とす。

 黒晶石の花が地面で黒い根を張り、たちまち黒いオーラを纏うジャッカー下級戦闘員へと成長した。


「黒晶石の気配を感じて来てみれば、貴方でしたかテラーニア」


 だが、その下級戦闘員は瞬く間に胴を両断されて消え去った。

 そこに立っていたのはテラーニアと同じ黒晶石の仮面を着けた一人の少女。

 ピンク色のロングヘアを靡かせたその少女は、下級戦闘員を制した杖剣を手にしたまま、凛とした佇まいでテラーニアの方へと顔をあげる。


「何者だ!?」


 その姿を見た黒装束の怪人達が少女を取り囲み、次々と身の毛がよだつような殺気を向けていく。


「止めとけ。肉の体に囚われてるが、そいつは欠片の身でも私と同格だ。テメー等の命で釣り合いの取れる相手じゃねーよ」


 だが、テラーニアがそれを制止し、愉快そうに笑って折れたビルから飛び降りる。


「そうだろ? 欠片になった死にぞこないのラブリナさんよ」

「そうですね。ただ、この体を貴方や彼等の命と交換するつもりはありませんよ。借り物ですので」


 胸に手を当て、穏やかな声音で言うラブリナ。


「キシシ、自分を閉じ込めてる肉の体を心配するなんて、ヤドカリみたいになったもんだ。そんなに居心地がいいのかよ」


 テラーニアは無遠慮にラブリナとの距離を詰め、その眼前で挑発するように嘲笑う。


「いいですよ、少なくとも貴方が想像するよりは」

「……おい、テメー等いつまで見てやがる。さっさと行け」


 ラブリナと顔を突き付けあいながら、テラーニアが周囲で狼狽えているだけの黒装束達に発破をかける。

 黒装束の怪人達はテラーニアに恐怖し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。


「私はここで戦う気はないと伝えたばかりですが。テラーニア、貴方もここで争うつもりはないでしょう?」

「ああ、この一帯の侵食はエリュシオンに止められちまったからな。【黒晶花】も咲かない大地でオレとお前が戦うなんて不毛もいいとこだろ」


 言って、テラーニアは先程まで自分が座していたビルの残骸を見上げる。

 それはかつて境界を越えてこの世界に出現し、エリュシオンによって討伐された白い竜が薙ぎ倒したビルだった。


「随分とエリュシオンにお熱ですね。恐怖の名を冠する貴方が逆に恐怖を与えられたこと、余程屈辱だったと見えます」


 そう言ってくすりと笑うラブリナに、テラーニアが殺気を向ける。


「……テメー、争うつもりはねーんじゃなかったのかよ?」

「勿論、翻意はありませんよ」


 一触即発の雰囲気で睨みあう二人。

 ピリピリとした緊張感を察したのか、境界の向こう側、黒晶花が咲き誇る闇の大地では無数の眼が二人の姿を窺っていた。

 深層を闊歩する恐怖そのものであるその存在達、だがその眼に映るのは二人への畏怖。そう、彼女達こそが闇の権化にして支配者。魔界とも呼べる深淵の王、魔王の如き存在なのだ。


「いいかラブリナ、忠告しといてやる。オレの邪魔をするんならテメーだろうと容赦しねーぞ。恐怖を与えるのはエリュシオンじゃねぇ、オレだ!」


 テラーニアはラブリナの眼前に拳をつきつけて勇ましく啖呵を切ると、深層への境界をくぐってその姿を消していく。

 それに続いて、深層から二人を窺っていた無数の気配も消え去った。


「さて、困りましたね。どうやら怪しげな企てがあるようです。上手くこりすを巻き込めればいいのですが……そう簡単に行くのなら貴方も苦労していませんよね、セレナ」


 その場に独り残ったラブリナは自らの胸に手を当て、語り掛けるように呟くのだった。

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