第3話:2歳のときに実在の地名を含む“前世の記憶”が蘇った少年、ついにその地を訪れ安心して記憶を失くす

今の人生が終わっても、必ずまた生まれ変わることができる。そう信じる人もいる。私もそう考えることで描き出したノベルをカクヨムに投稿しているし(『ジュブナイルズ~少女と幼獣の冒険記』)、生まれ変わり(転生)と密接に連関したタイムトラベルを描いたノベル(仮題『Cat Catalyzer猫触媒』)を2025年早々に発表しようとしている。


だが、現世の後で生まれ変わることができるのなら、そもそも今ここにいるわれわれは前世から現世へ来た存在だということになる。生まれ変わりを信じていても、自分が生まれ変わった存在であることを実感している人、つまり前世の記憶がある人はめったにいない。


また、仮に前世の記憶が蘇ったとしても、その前世があまりにも遠い過去であったり、どこの国の何という場所で暮らしていたのかを具体的に思い出せない場合は、自分の記憶が正しいかどうかを確認するすべがない。だが逆に、前世がそんなに遠い昔のことではなく、地名を覚えていてその地名が実在し、なおかつ現在の居住地からさほど遠くない場合は、その地を訪れて確認することも可能である。


英国のグラスゴーにキャメロン・マコーリーという6歳の少年がいる。彼に“記憶”が蘇ったのは、まだ2歳のときだった。保育園に預けるようになって間もないころ、保育園の先生が母親のノーマさんに面談を求めてきた。「息子さんは“Barra(バーラ)”という島のことばかり話しているのですが、何か心当たりは?」と。


“Barra(バーラ)”は、スコットランド西海岸の沖合いに実在する島の名前だった。キャメロン君と母親のノーマさんが暮らすグラスゴーから260キロの距離にある。だが、キャメロン君はもちろん、母親のノーマさんも、離婚した父親でさえも一度も訪れたことのない島だった。


キャメロン君は、砂の上に建った白い家のことも話した。浜辺に飛行機が着陸するのを眺めていたことも話した。その家で“ママ”や兄弟、そして白黒のぶち犬と一緒に暮らしていた、と彼は話す。


“ママ”はもともと髪が長かったが、あるときからショートカットに変えた。“パパ”は不注意から事故に遭い、皆を残して先立ってしまった。一家には、大きな黒い車があった。


そして、キャメロン君は一家の姓がロバートソンであり、“パパ”の名がシェーンであったことを“記憶”していた。


キャメロン君は“ママ”が恋しくてたまらない様子だった。母のノーマさんが保育園に迎えに来たときに、「バーラ島に帰って、“ママ”に会いたい」と泣き叫んだりするようにさえなった。(現世における)実の母であるノーマさんにしたら、さぞかし複雑な思いがしたはず。


だが、ノーマさんは理解と思いやりに溢れた母だった。キャメロン君が“前世のママ”や“前世の家族”のことをいくら恋しがっても、ノーマさんは心を開き続けた。


キャメロン君のこの“記憶”は、5歳になるまで、何一つ食い違うことなく彼の口から語られ続けた。5歳のある日を境に、彼の“ホームシック”は落ち着きを見せる。6歳の今は、もう前世のことを口にしなくなった。


5歳のある日、キャメロン君はノーマさんに連れられてバーラ島を訪れ、自分の記憶どおりの白い家を目にしたのである。この“里帰り”には、テレビ局のスタッフたちも同行していた。


テレビ・カメラを付き従えてバーラ島に到着した一行は、島にはロバートソンという姓の人がほとんどいないと聞いて、ややがっかりする。だが、ロバートソンという一家が夏に別荘として過ごしていた家が実在することが判明する。数十年前、ロバートソンという一家が、その家で2~3夏を過ごした記録があるという。


キャメロン君が恋しがっていた白い家が、まさしく存在していた。キャメロン君の記憶どおり、その家には白黒のぶち犬が飼われていたこと、大きな黒い車があったことも判明した。


そして、そのロバートソン家の一員だと言う女性が見つかり、一行と面会してくれることになった。彼女は半ば優しげ、半ば不安そうな面持ちでキャメロン君を見つめた。


キャメロン君が前世の父の名として“記憶”しているシェーン・ロバートソンという名の男性がいた証拠は見つからなかった。その代わり、ジェームズ・ロバートソンという名の男性なら、数名実在したという。


恋しく心に描き続けた白い家をその目に焼き付けた後、それまで情緒不安定だったキャメロン君に変化が起きた。“ホームシック”は嘘のように消え、気難しいところもなくなった。“前世の記憶”が徐々に失われていった。今では、すっかり幸せそうな、落ち着きのある6歳の男の子になっている。


“前世の記憶”を失うことで、キャメロン君はようやく“今ある自分”として生まれ変わることができたということか。


筆者はノベル作品に生まれ変わりを組み入れるほどだから生まれ変わり肯定派なのだと自認するが、さほど強く信じているわけではない。だが、テープやディスクなどの記憶メディアの使いまわしのような仕組みがあるのかもしれないと考えてみたりする。通常はデータを完全に消去してから再使用するのだが、たまに消し忘れがあったりするのではないかとか。ただ、最近は、こういう不思議を指して「マトリックスの不具合」という言葉がしばしば発せられる。この世が人工的に作られたマトリックスだとする考え方は、小説の登場人物が自分たちは小説の一部に過ぎないと気づくようなものなので、私はあまり賛同したくない。


なお、まだ“前世の記憶”があったとき、キャメロン君は“前世”でも自分の名はキャメロンだったと話していたとのこと。キャメロン君のストーリーは、“The Boy Who Lived Before”というドキュメンタリ番組にまとめられた。Youtubeに同名の動画がある。日本語訳を作成するのは差し控えておく。

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