第12話

 森の魔物討伐に成功した俺たちは、一旦街へ戻り、守衛隊の詰め所で報酬の受け取りを済ませた。傷ついた人もいたが、命を落とした者はいなかったことが幸いだ。


「今回の件、助かったよ。君たちがいてくれたおかげで最小限の被害で済んだ。……ほんの気持ちだけど、これが報酬だ」


 隊長が差し出す袋には、それなりの金額が入っていそうだ。シエナと顔を見合わせ、素直に受け取る。


「初めての実戦にしては上出来だったんじゃない?」


「正直、めちゃくちゃ怖かったけどな。……でも、こうしてちゃんと結果を出せるなら、自信になるよ」


 俺たちは少しだけ誇らしい気持ちで帰路につく。その帰り道、ふと物陰にロイドの姿を見つけてしまう。彼は一人でどこかへ向かうようだ。


「あいつ、まだ街にいたんだな」


「また何か企んでるんじゃない? ……ちょっと追いかけてみようか」


「おいおい、危ないんじゃないか? あいつ腕も立ちそうだし」


「ここは街中だよ。大丈夫、私だって子ども扱いされたままじゃ悔しいし、ロイドの正体が気になるの」


 そう言ってシエナは走り出す。仕方なく俺も後を追いかけた。

 ロイドは人通りの少ない裏通りを通り、小さな酒場の裏口に入っていく。扉の隙間から中をのぞき込むと、彼は誰かと話しているようだ。


「……あれは誰だ? なんだか威圧感のある男だな」


 長髪を後ろで束ねた鋭い目つきの男が、ロイドに何か書類のようなものを渡している。声は小さくて聞き取れない。


「どうやら“仕事”のやりとりをしているみたいだね」


「ロイド、傭兵みたいなことやってるって言ってたし……あいつ、どこかの闇組織とつながってたりしないか?」


 そんな疑惑が頭をよぎる。ロイドのあの底知れない雰囲気は、ただの自由人ではない証拠かもしれない。

 しばらくすると、ロイドと男は小さく笑い合い、手を握り合って別れた。そこへ、俺たちのいる方向へロイドが足を向ける。


「やばい、隠れろ!」


 俺とシエナは慌てて物陰に身を潜める。ロイドは気配を感じたのか、一瞬こちらを見たようだったが、そのまま通り過ぎていった。


「はぁ、冷や汗かいた……」


「でも、何か隠してるのは確実ね。ラゼル、用心したほうがいいよ。あいつ、いずれ私たちの前に敵として現れるかもしれない」


「そうだな……なんか厄介ごとに巻き込まれそうだ」


 初の討伐依頼で得た達成感も、ロイドの存在を思い出すと一気に曇ってしまう。彼は一体、何者なのか。

 街の裏通りでの怪しいやりとりを見てしまった以上、俺たちもただ無関係ではいられないかもしれない。


「とりあえず、今日はもう帰ろう。明日からまた鍛錬して、どんな相手が来ても対処できるようにしておくんだ」


「うん。私も腕を磨かなくちゃ。……ラゼル、これからも協力よろしくね」


「ああ。俺が強くならないと守れないし、みんなの期待に応えたいんだ」


 こうして、俺たちはしばしの平穏に戻った。

 だけど、ロイドの正体と、その背後で暗躍する勢力が気になるのは言うまでもない。俺の“吸収”が、彼らにどう絡んでくるのか……考えるだけで、不安と期待がないまぜになって胸がざわつくのだった。


第13話:小さな街の新騎士団候補

【本文】

 次の日、俺はエリスとの約束を思い出して、また演習場へ向かった。彼女は騎士団の候補にも名が挙がっていると自称していたが、実際、演習場では騎士団の見習いらしき人々と一緒に訓練をしていた。


「ラゼル、来てくれたのね。さあ、今日は少し本格的にやるわよ」


 エリスは笑顔で近づいてくる。周囲の見習い騎士たちは、そんな彼女を尊敬のまなざしで見つめている。


「エリス、みんなから慕われてるんだな」


「まあ、私も一応先輩だからね。ほら、あなたも騎士団に興味があるなら、一緒に訓練に混ざってもいいのよ?」


「いや、俺はまだそこまで考えてない。まずは自分の足で立てるようになりたいから」


「ふふ、遠慮しなくてもいいのに。でも、もし“吸収”が本物なら、あなたには十分すぎるほどの素質があるわ。気が変わったらいつでも言ってね」


 エリスの勧誘を冗談交じりにかわしながら、俺は彼女との稽古に集中する。

 刃を交えるうちに、また新しい剣技の片鱗を感じ取れるのは、やはりこのスキルの強みだ。


「はぁ、はぁ……今日もすごいな、エリス。これが騎士候補の実力か」


「まだまだよ。私だって騎士団に正式に入ってるわけじゃないもの。まあ、認めてもらえれば晴れて入団できるんだけど」


「そしたら、もっと忙しくなっちまうのか?」


「そうね。国からの命令であちこちに派遣されることもあるし、自由に動けなくなる面もある。……でも、私はこの街を守りたい気持ちが強いの。ここは私が生まれ育った場所だからね」


 エリスは遠くを見ながら、どこか誇らしげに語る。その横顔を見ていると、俺はなんだか胸が熱くなった。


「そっか。そういう覚悟があるんだな。じゃあ、俺もがんばらないとな。いつかエリスの力になれるように、もっと強くなるよ」


「ありがとう。ラゼルがそう言ってくれると、私も嬉しいわ。……そうだ、ちょっとこっちへ来て」


 エリスは俺を呼び、演習場の端に設置された小さな倉庫のような場所へ連れて行く。そこには様々な武器や防具のサンプルが並べられていた。


「これ、使ってみる? あなたの鉄剣は借り物でしょ。もしよければ、私が付き合いのある鍛冶屋さんに頼んで、あなた専用の剣を作ってもらえるように話を通せるわよ」


「俺専用の剣、か……ちょっと惹かれるな」


「当然有料だけど、鍛冶屋の親父さんは実力があるから、きっといい物を作ってくれるわ。あなたのスキルに合わせた設計もできるかも」


「すごい……ありがとう、エリス。検討してみるよ。金銭的にはまだ余裕がないかもしれないけど、冒険の依頼をこなせばいずれは……」


 そう思いを巡らせていると、エリスはにこりと微笑む。


「あなたなら絶対に活躍できるわ。私も時間があるときは依頼を受けるし、また一緒に行ってみる?」


「ああ、ぜひお願いします。こうしてエリスに稽古をつけてもらってるうちに、俺もあれこれ掴めた気がしてるんだ。きっと実戦でも役立つはずだよ」


「楽しみにしてるわ。……あなた、最初会ったときより表情がずいぶん明るくなったわね」


「そりゃあ……シエナやアメリア、エリスみたいに応援してくれる仲間がいるんだからさ。俺はもう一人じゃないって思えるんだ」


 そう言うと、エリスは少し照れくさそうに視線を外し、すぐに真剣な顔に戻った。


「それじゃあ、鍛錬の続きをしましょうか。もっと剣を交えて、あなたの“吸収”を底上げしていくわよ」


「もちろん。今日は俺、絶好調だからな!」


 エリスに向かって剣を構えながら、俺は心の底から湧き上がるやる気を感じていた。

 地味なスキルだと笑われたけれど、今なら胸を張って言える。俺は俺の力を伸ばして、いつか本当に女神を後悔させてやるんだ、と。

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