第8話
神殿の奥、神像が並ぶ大礼拝堂に足を踏み入れると、そこにはまばゆい光が漂っていた。天井から差し込む光の帯が床に落ち、淡い霞のようなものが満ちている。
中央には女神の石像が鎮座していて、その台座には一人の女性が浮かび上がるように佇んでいた。金色の髪と白いドレス、あのとき見た女神様だ。
「よく来たわね、ラゼル。まさか本当に来るとは思わなかったけれど」
相変わらず上から目線の口調に、俺は少しむっとする。だが、こちらも負けずに口を開く。
「そりゃあんたが“不吉”とか言い始めるからだろ。もう一度儀式をするっていう話は本当なのか?」
女神はあからさまに顔をしかめる。
「ええ、本当よ。あなたのスキル“吸収”は、私の想定を超える可能性があるとわかったの。放っておけば何を引き寄せるかわからない危険性を感じる」
「危険性? 勝手に言ってるだけだろ。俺はただ、もらったスキルを地道に鍛えてるだけだ」
「それが不気味だと言っているの。あなたがどんな道を歩むにせよ、私が与えた力が暴走するようなことがあれば、世界に不安定をもたらすかもしれない。だから、もう一度私の手で縛っておきたいのよ」
女神の言葉には傲慢さがにじみ出ている。やはり、自分が与えた力を勝手に管理しようというのか。
「冗談じゃない。俺はもうあんたの手のひらの上で転がされるつもりはないぞ」
「あなたに拒否権はないわ。何しろ、この世界に生きる以上は神々の加護を受け入れる義務があるんだから」
その言葉に、アメリアが一歩前へ出る。
「女神様、どうか少しだけでもラゼル様のお話を……。私は彼がそこまで危険な存在だとは思えません。むしろ、人々を救う力になり得る可能性も」
「黙りなさい、アメリア。あなたは私の従者でしょ。余計な口出しは無用よ」
女神はまるで氷の刃のような声を放ち、アメリアを一喝する。
「そんな……」
アメリアはうつむき、悔しそうに唇をかむ。俺の胸に怒りがこみ上げる。
「いいか、女神。俺は自分の力を自分で磨く。あんたが干渉する余地はないんだよ。もし縛りたいって言うなら、力づくでやってみろ!」
言い切った瞬間、神殿の空気がピリッと張りつめる。女神は神々しい光をまとい、こちらを見下ろしていた。
「本当に無謀な子ね。……いいわ、その覚悟を認めてあげる。私があなたを封印するか、あなたがさらなる力を示すか、どちらが先に訪れるかしら」
「はっ、上等だ。そっちがその気なら、俺だって引くつもりはない!」
このやりとりを聞いていたアメリアは、困惑と焦りが入り混じった表情を浮かべる。
しかし、女神はもう一度軽蔑したように俺を一瞥すると、すっと姿を消すように光の中へ溶けていく。
残された俺は、虚空をにらみつけながら深呼吸をした。
「……悪いな、アメリア。こんなことになるなんて思わなかっただろ?」
「い、いえ。女神様の気まぐれはいつものことですが、今回はあまりにも強硬で……。ラゼル様の安全が心配です」
「心配してくれてありがとう。でも、俺の意志は変わらない。あんたが苦しむ必要はないんだ。これは、俺と女神の問題だ」
アメリアは小さくうなずき、しゅんとした表情になる。
どうやら、女神の加護をまともに受けている巫女としては、抵抗できる余地は少ないらしい。
「……では、ここでの用は済んだ。もう帰っていいんだな?」
「はい。女神様が何かアクションを起こす場合は、また私からご連絡します。気をつけてお帰りくださいね」
こうして、再び女神との軋轢を深めた俺は、神殿を後にした。
冷たい女神の宣告と、不穏な空気。俺のスキルは本当に危険なものなのか――それとも、女神の身勝手な思い違いなのか。
俺はその答えを探すために、もっと強くなるしかない。そう、心に誓った。
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