第4話

 翌朝、俺はいつものように裏庭で木剣を握る。昨日の不審な男のことが気にはなるが、まずは自分の力を鍛えるのが先決だ。


「よし、もう少しシエナとの稽古で学んだ剣筋を再現してみよう」


 俺は一度深呼吸して、無心で木剣を振り下ろす。

 見よう見まねだったはずのシエナの動きが、昨日よりは確かな形を帯びている気がする。


「……やっぱり少しずつ、身体が覚えてきたかも」


 そうつぶやいたとき、急に背後から涼やかな声が聞こえた。


「興味深いわね。その剣筋、普通の初心者の動きじゃないわ」


 振り返ると、そこに立っていたのは凛とした空気をまとう美女だった。銀色の長い髪をポニーテールにまとめ、美しい顔立ちに青い瞳が印象的だ。腰には立派な長剣を差している。


「あなたは……誰だ?」


「私はエリス。この近所に住んでいる剣士よ。たまたま通りかかったら、随分面白い剣の振り方をしていたから気になったの」


「エリスさん……。確かにその出で立ちは、ただの剣士には見えないな」


「一応、騎士団候補にも名前が挙がっているくらいには自信があるわ。あなたは剣歴何年?」


「まだ本格的には始めたばかりだ……けど、一度見せてもらってもいいかな。エリスさんの剣を」


 エリスは微笑み、軽やかに長剣を抜き放つ。鋼のきらめきが朝日を反射してまぶしい。


「いいわよ。じゃあ、少し手合わせしましょうか」


 俺はうなずき、木剣を構える。彼女の立ち姿からは隙がまったく見えない。シエナとはまた違う流儀だ。


「いくぞ!」


 俺は勢いよく踏み込み、木剣を振り下ろす。だが、エリスはまるで舞うように華麗に身をかわし、優雅な動作で反撃してきた。


「っ……くそ、なんだこの速さ!」


「ふふ、あなた動きは悪くないわ。でも、私に届くにはまだまだね」


 言葉とは裏腹に、その攻撃には抜群のキレがあり、俺はかろうじて木剣で受け止めるのがやっとだった。

 しかし、そのとき、スキル“吸収”がまた不思議なうねりを見せる。エリスの剣さばきの一端が、俺の体の中に溶け込むように感じる。


「今だ!」


 思い切ってエリスの体勢を真似し、一瞬だけ剣を斜めに振る。すると、それはさっきまで防戦一方だった俺が繰り出せるはずのない一撃になった。


「ふふ……なかなかやるわね。ほら、もう一度!」


 エリスは負けじと素早く剣を返す。俺はその攻撃を、ギリギリのところで受け流す。息が詰まるほど速い攻防が続いた。


「はぁ、はぁ……」


「うん、意外といいわ。あなた、本当に初心者なの?」


「まあ、そうなんだけど……スキルのおかげで、少しはマシになってるみたいだ」


「スキル……なるほど。噂に聞いた、女神に冷遇されたっていう地味な力を持ってる少年はあなただったのね」


「その話、もう広がってるのか。ま、噂だけ先行してるんだろうけど」


「ふふ。でも私は実際に見たわよ。この短時間で私の剣術の片鱗を取り込むなんて、ちょっとやそっとの才能じゃできないわ」


 エリスの瞳が興味深そうに輝く。彼女はまっすぐな性格らしく、俺の力を見下すようなところはまったくなかった。


「もしあなたがこの先も剣を極めるつもりなら、私と一緒に稽古してみる? 初心者にしては素質があると思うわ」


「ほ、本当か? それはありがたい……」


 俺は正直、嬉しさで胸が高鳴った。女神に見捨てられたようなスキルでも、こうやって一歩ずつ信頼を得られるなら、まだまだやれる気がする。


「じゃあ、今度ちゃんと防具をそろえてきなさい。そのときまた手合わせしましょう。あなたの可能性、もっと見たいわ」


 エリスは長剣を鞘に収めると、すっと微笑んでくれた。こうして、俺は新たな先輩剣士との縁をつかんだ。

 地味な才能と笑われても、この世界にはちゃんと認めてくれる人がいる。そんな思いを抱きながら、俺はさらなる成長を誓うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る