第3話

 自宅での訓練を終えた俺は、夕暮れ時の街をシエナと一緒に歩いていた。石畳の道は赤く染まり、行き交う人々は家路を急いでいる。


「ねえラゼル、せっかくだし何か腹ごしらえしない? あのパン屋さんの甘い菓子パンが気になってたの」


「いいね。今日の練習はかなり充実してたし、腹が減って仕方ないよ。おごりは……シエナでいい?」


「えー、なんで私なの。ラゼルがお礼におごってくれたっていいじゃない」


「すまん。今は資金難でな。ほら、俺まだ何の仕事もしてないし」


「あはは、仕方ないなあ。じゃあ今日は私が出すよ。おいしいパンは食べたいしね」


 どこか浮かれ気味の会話をしていると、街角にさしかかったとき妙な視線を感じた。

 振り向けば、コートを羽織った背の高い男が、じっと俺たちを見ている気がする。


「シエナ、あの人……知り合い?」


「え? 誰、あの怪しい人」


 男はニヤリと笑う。すると、するりと俺たちの前へ立ちふさがった。


「よう、お前が噂の“吸収”ってスキルをもらった新人か。ずいぶん気楽に散歩してるようだな」


「なに……? 俺のことを知ってるのか?」


「噂は広まるんだよ。『期待はずれのラゼル』ってな。まあ、俺は別にバカにしたいわけじゃない。……お前のスキル、ちょっとだけ興味があるんだ」


 男の声には低く鋭い響きがあった。視線は獲物を狙うようで、見慣れない俺の胸がざわつく。


「興味って、どういう意味だよ」


「簡単な話だ。お前がもし、この先強くなる気があるなら、俺のところに来い。面白い話を用意してやる」


 そう言い残すと、男はコートの内側から小さな紙切れを取り出し、ポイと投げてきた。俺が慌てて受け取ると、そこには紋章のような印が記されている。


「もし来る気があるなら、そこに来い。……まあ、その度胸があればの話だが」


 男はくつくつと笑いながら、細い路地へと消えていった。

 あまりに唐突すぎる。


「ねえラゼル、あれは怪しい人よ。絶対やめておきなさいって」


「そうだな……確かに雰囲気はただ者じゃなかった」


 正直、俺も関わりたくはないと思った。だけど、俺の“吸収”のことを知っているなら、もしかすると何か手がかりが得られるかもしれない。


「どうせなら、もう少し情報を集めてからだな。焦りは禁物だ」


「……うん。何かあったらすぐ言ってよ。私も協力するから」


 シエナの真剣な表情を見て、俺はうなずく。

 こういうとき、無理に突っ走るのは危険だ。でも、あの男の存在が頭から離れない。

 俺がこのスキルで成長するための鍵になるのか、それとも落とし穴なのか。


 夕闇が迫る街中。遠くからは昼間の活気が嘘のような静けさが忍び寄っていた。

 きっと、俺の未来にはまだ何か試練が待っている――そう感じさせる夜の風が、肌をひやりと撫でていった。

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