第5話
エリスとの稽古の約束を取り付けた翌日、俺は家の扉を開けて驚いた。そこに神殿の使者が立っていたのだ。柔らかなローブに身を包む女性で、淡いピンク色の髪を持ち、透き通った瞳が印象的だった。
「えっと……神殿の巫女さん、だよな?」
「はい、私はアメリアと申します。神殿の巫女として、日々女神のお世話をさせていただいています。……ラゼル様ですね?」
「そうだけど、俺に何か用?」
アメリアは少し言葉を選びながら、神妙な面持ちで話し始めた。
「実は、女神様があなたのことを気にかけておられます。……と言っても、あまりいい意味ではないかもしれません」
「女神様が? あんな冷たい態度を取ったくせに、今さら何だよ」
「正直、私もよくわからないんです。ただ、あなたが持つスキルは“吸収”と言われていますよね。女神様はそれを『なんだか不吉な予感がする』とおっしゃっていて……」
「不吉ねぇ。まるで俺が災いの元になるみたいな言い方じゃないか」
女神のスキルをもらったときの「期待はずれ」という言葉が、思い出される。いまさら“不吉”とはどういうことだ。
「ですが、女神様もあなたを完全に放置するわけにはいかないようで……一度、神殿に来てほしいとのことです。そこで正式に祝福を受け直す儀式を行うか検討したい、と」
「祝福を受け直す……? そんなことができるのか」
「稀に、スキルが安定しない人がいるのです。そうした場合、女神様が再度手を加えることもあるらしいのですが、あまり例は多くありません」
俺はまゆをひそめる。なにやらきな臭い感じがするのだ。
「いや、なんで俺がそっちの都合に合わせなきゃいけないんだ。女神様に見下されたこと、まだ根に持ってるんだけど?」
「そこをなんとか……。私自身はあなたを危険視してはいません。むしろ、女神様もなぜ『不吉』とおっしゃるのか、その真意が知りたいのです」
アメリアは悲しそうに目を伏せる。その表情を見ていると、どうやら彼女自身も苦労しているのが伝わってきた。
「……わかったよ。別に今すぐ行くとは言わないが、いずれ行くかもしれない。そのときはよろしく頼む」
「はい。あなたが神殿を訪れる日をお待ちしています。なるべく早いほうがいいと思いますが……ご自身の判断にお任せしますね」
アメリアはそう言うと、深々と頭を下げて去っていった。
女神が何を考えているのかはわからないが、もし“祝福を受け直す”なんてことになったら、俺のスキルがどう変化するのか想像もつかない。
「変な騒ぎにならなけりゃいいけど……」
俺は軽く頭をかきながら、どうしたものかと考える。神殿の力は強大だ。あまり逆らうと面倒なことになるかもしれない。
それでも、この“吸収”は俺だけのものだ。たとえ女神様であっても、勝手に改変されるなんてまっぴらごめんだ。
「選ぶのは俺だ。俺がどうしたいかで決める」
そう自分に言い聞かせて、ひとまずはエリスとの稽古に集中しようと家を出た。
神殿からの呼び出しが、後に思わぬ波乱を巻き起こす――そんなことを、この時の俺は知るよしもなかった。
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