第10話

 畑もそこそこ形になりはじめ、住民たちも協力して家の修理や生活インフラの整備に力を入れている。

 皆の表情には希望が宿り、やる気に満ち溢れていた。

 そんなある日――不意に、見覚えのある姿が村にやってきた。


「……あれ? お、お前は……」


「ゼフィル坊ちゃま……じゃなくて、ゼフィル様! やはりここにおられましたか」


 驚いたことに、王都にいた頃の俺の家の執事だ。

 確か彼はロブといって、長年我が家に仕えていた有能な男だった。


「どうしてこんな辺境に? っていうか、“坊ちゃま”はやめろって」


「失礼しました。ですが、どうしても探さなければならない事情がありまして……」


 ロブは疲れた表情ながら、俺を見つけると安堵の色を浮かべた。

 いったい何があったのか、嫌な予感がしてならない。


「王都で何かあったのか?」


 俺が問うと、ロブは微妙な顔をした後、小声で答えた。


「実は……ゼフィル様が抜け出された後、親族の間でさらなる争いが起きました。遺産分配をめぐる対立が激化して、互いに訴訟合戦にまで発展しているんです」


「へえ、やっぱりな。俺が抜けたことで多少は落ち着くかと思ったが、逆効果だったわけか」


「彼らはゼフィル様の存在を無視できなくなっております。なにせ正式な血筋ですから、領地を継承する可能性もあると……」


 それを聞いて、俺はますますげんなりした。

 だからこそ王都を捨ててきたのに、今さら戻るつもりなんかない。


「悪いが、もう俺に関わらないでくれ。王都に戻る気はさらさらないんだよ」


「ですが、向こうは“ゼフィル様を王都へ連れ戻せ”と命じてまして……私もそれが仕事の一環でして」


「俺は戻らない。お前には悪いけど、ここでやることがあるんだ。俺はこの土地を豊かにするって決めたんだよ」


 ロブは困った様子で頭を下げた。

 彼も命令されてやっているだけなのはわかるが、ここで俺が応じたらすべてが台無しだ。


「ゼフィル様、お気持ちはわかります。しかし、あちらも黙っておりません。いずれ強硬手段を取るかもしれませんぞ」


「それでも俺は譲らねえ。もし王都から追っ手が来ようが、ここで守り抜くさ」


 そう言い切ると、ロブは小さくため息をついた。

 そして俺をまっすぐ見つめ、ゆっくりと頭を下げる。


「……でしたら、私もここに残ってお仕えしましょう。もともと私はゼフィル様の忠臣です。王都の命令などより、ゼフィル様の幸せが大事でございます」


「ロブ……お前、いいのか? 下手したら、お前も裏切り者扱いされるかもしれないんだぞ」


「構いません。私はもはやあの醜い争いにはうんざりしています。こちらの皆様と一緒に、豊かな土地を築いていきたいのです」


 その言葉に、胸が熱くなる。

 思わぬ助っ人が現れてくれたことで、王都からの脅威に対する不安が少し和らいだ。


「わかった。ならよろしく頼む。お前の経験や知識はきっと役に立つはずだ」


「はい、ゼフィル様!」


 こうして、王都からの使者だったはずのロブが、まさかの形で俺たちの仲間に加わることになった。

 王都の動きが気になるが、俺には俺の道がある。

 この土地を捨てるつもりは毛頭ないのだから。

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