第8話

 コントロールルームを無事制圧した僕とフェネは、デスクに置かれているノートパソコンをカタカタと弄っていた。

 

 「私のアカウントでログインすれば、ここら一帯のシステムをハッキングすることができる。だからエリアル。その間私を守ってくれないか?」

 「どれくらい時間がかかるの?」

 「そうだなぁ…。ソフトのダウンロード時間を含めると、だいたい十分程度だな」

 「分かった」 


 今頃、ファルス達は刑務所一帯の電力を担っている電気室に向かっているはずだ。

 作戦としては、フェネが刑務所全てのドアロックを解除して、自由にフロアの移動ができるように設定する。

 そしてセルは後からシステムを復旧されないよう、電気室を完全に破壊しなければならない。


 つまるところ、どちらかが失敗すれば脱獄の望みは消え失せる非常に重要な任務である。


 「ハッキングするツールをいまからダウンロードするの?」

 「ああ。ブラウザ上で私が作ったハッキングツールがダウンロードできるようになっていてな。IDとパスワードが必須だから実質私だけしか使うことができないんだ」

 「良くわからないけど…まぁ頼りにしているからな」


 僕がそう告げると、なぜかフェネは嬉しそうだった。


 「な、なぁ…。エリアルとセルってどういう関係なんだ?」

 「僕とセル?先輩後輩の間柄だけど…それがどうしたの?」

 「いやなんでもない。ただ聞きたかっただけだ」


 考えてみれば、協調性が皆無な僕が、セルと長い間バディを組んでいるのはかなり驚くべきことだ。

 彼女が親しみやすい性格なのか、はたまた寛大な心の持ち主なのかは分からないが、なぜか相性が良い。

 今度機会があったら聞いてみるとしよう。


 「獣人は兄弟が多い種族だからかもしれないけど、セルはお姉ちゃんみたいに面倒見が良いよなエリアル」

 「確かに…お姉ちゃんぽいかもね」


 フェネはノートパソコンに視線を落としながら、キーボードをカタカタと弄っている。

 パソコンを使うのに慣れているのか、一瞬たりとも指を止めることなく作業に没頭していた。


 「偶に怒りやすい時があるけど…」

 「セルが起こるのか?想像がつかないな…」

 「あいつ、結構怖いよ?僕なんて怒ったセルにテーザーガンを撃たれたことがあるもん」

 「テーザーガン…!?…。ま、まぁあまり怒らせないようにするよ…」

 

 フェネは半信半疑のようだったが、テーザーガンを撃ち込まれたのは本当だ。

 昔、ささやかなミスにより、誤ってセルの尻尾を踏んでしまったことがある、その時に激怒した彼女によって、僕はテーザーガンの餌食になったのだ。


 過去の恐ろしい出来事を思い出してしまった僕は、軽く身震いした。


 「そろそろできそうだ」

 「まだ少ししか時間経ってないけど?」

 「ここのネット回線とノートパソコンの性能が意外にも良かったんだ。ダウンロードも無事終了したことだし、さっさとハッキングしていこう。本職の力を見せる時が来たようだね」


 フェネはそう言うと、ノートパソコンのキーボードを再び叩き始めたのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「よし!ドアロックを全部解除したぞ!」

 「おお!」


 僕達はお互いに喜びを分かち合う。


 フェネが操作していたノートパソコンの画面には、『システム掌握率100%』という文字が、近未来的なユーザーインターフェースの中に浮き出ている。


 どうやら脱獄のときは近いようだ。

 これでセル達は電気室に侵入できるだろう。

 僕達は先に合流地点で待っておくのが良さそうだ。


 「いやー。システムがダウンしているおかげで、簡単に侵入できちゃったな…なんかやりごたえがないっていうか……もっとハッキングしたいっていうか…」

 「ここを出たらいくらでもできるだろ。そんなことより早くずらかろうぜ」

 「それもそうだな。でも私は戦えないから、看守が来たときはエリアルが守ってくれよ」 


 フェネがそう言った次の瞬間、コントロールルーム全域の照明が消え失せた。

 辺り一帯真っ暗闇となり、非常灯のみが目印となっている。

 

 どうやらセル達の迅速な行動により、電気室の設備を破壊することに成功したようだ。

 この様子だと、非常用電源も壊すことができたらしい。


 「ゆっくりしてられないな…さっさと行くぞ」 


 フェネはそう言うと、小柄な体にノートパソコンを抱え、席を立つ。

 僕はフェネの後を付いて行くようにして、コントロールルームを出たのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「と、とまれ!そこの囚人!!」


 通路の向こう側に立っている看守三名がアサルトライフルの銃口をこちらに向けてきているが、そんなもので僕が止まるわけない。


 「エ、エリアル?!大丈夫なのか?」


 少ししか走っていないというのに、フェネは既に息を切らせていた。

 ものすごい運動音痴だ。


 「大丈夫、戦いだけが僕の取り柄だから任せてくれ」


 僕がそう言った次の瞬間、数々の銃弾が僕達のもとに飛んできた。

 銃弾の射線状にはフェネが存在している、このままいけば激突は免れないのだが…これくらい、スキルの力をもってすれば完全に防ぎ切る事が出来る。


 僕は左手を伸ばすと、『界面結界』を発動させた。


 次の瞬間、僕の前方に『吸収結界』の効果が付与された二次元の結界が出現する。飛翔していた弾丸は、前方に現れたバリアによってすべて吸収される。


 「なんだとッ!?気をつけろ!こいつはスキル保持者だ!」


 看守が仲間へと警告を発した次の瞬間、僕を中心として、合計七本のエネルギーソードが均等な間隔で出現した。

 『界面結界』の効力である『切断結界』を付与されたエネルギーソードは、眩く発光しながらゆっくりと弧を描いて僕の周りを公転している。


 ぱっと見だと意思を持った剣を付き従える、従者ように見えることだろう。


 「き、気をつけろ!奴は特務警察の元エージェントだ!強力なスキルを持っているかもしれない!」


 看守達は警戒して距離を取り始めたが今更後退してもすでに後の祭りである。


 「逃がさないよー」


 僕は朗らかにそう言うと、七本全てのエネルギーソードを看守達に向かって投げ飛ばした。

 僕の命令を受理した『切断結界』は滑らかな動作で剣先を看守達に向け、銃弾と同程度の速度で飛翔し始める。


 「な、なんだ!?ぐぁぁッ!?」


 急所である首を切断され、一撃で絶命する看守達。

 あまりもあっけなさすぎる勝利に、フェネは一人呆然としている。


 「なにボケっとしてるんだフェネ?早く行くぞ」

 「あ、あぁ…そうだな…」


 床に転がっている死体に目もくれず、僕は先を急ぐのだった。

 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「遅かったじゃないですか、エリアル先輩!心配したんですよ?」

 「ごめんセル。フェネが走るの遅くて遅れちゃった」

 「私はインドア派なんだぞ!部屋に引きこもってパソコンを弄っている方が向いてるんだ」


 道を阻んできた数々の看守達を蹴散らし、約束の集合場所へと向かった僕は、無事にセルと合流することができた。

 

 「まぁ、お互いに無事だったし良かったじゃないか。そっちの任務もうまくいったんだろ?」

 「ああ。私のハッキング技術が優れていたお陰で想定よりも早く終わったぞ!」

 「フェネの足が遅くて、結局は時間をロストしたんだけどね」


 僕がそう言うと、フェネは殺気の籠った視線で睨みつけてきた。


 「なんか言ったか?」

 「いや何も?」


 ただの空耳だろう。

 気のせいに違いない。


 僕がそんなことを考えていると、しびれを切らせたノーヴィスが声を張り上げた。


 「おい!下らねぇ会話なんかしてないで、さっさと脱獄するぞ!俺を早く自由にしろ愚民ども!」

 「なんだコイツ?何もしてないくせに偉そうだな。ずっと俺たちの背後に隠れて怯えていただけじゃねぇか」


 ディアスはバカにしたような笑い声をあげる。

 それを聞いたノーヴィスはみるみるうちに顔が赤くなり、今にもブチ切れそうな雰囲気だった。

 僕が思うに、くだらない口論なんかで時間を無駄にするべきではない。


 ファルスも僕と同じことを考えていたのか、慌ててお互いの仲介役となった。


 「落ち着けって。お互いの無事を確認したことだし、次の行動に移そう」

 「そうですね。ファルスの言う通りです」

 「ところで、次は何をするの?」 

 「作戦を聞いてなかったんですかエリアル先輩?」


 セルが呆れたような視線で僕のことを見つめてきたので、僕は慌てて弁明する。


 「行程が多すぎて少し忘れちゃっただけだよ。話はちゃんと聞いていたから」

 「…私って結構嗅覚が良いんですよ?エリアル先輩から嘘の臭いがしますね…」


 そんな馬鹿な。日常生活で嘘を使いこなしているこの僕が、言葉の真偽を見破られるだと?


 「なんで臭いで分かるの?」

 「まぁ長い付き合いですし…エリアル先輩の臭いは嫌というほど嗅ぎましたから」


 僕の体ってそんなに臭いがするのかな? 

 刑務所に収監されてからまともにシャワーを浴びれていないから少し臭いのかもしれない…。


 僕がそんなことを考えていると、セルは呆れたように溜息を吐いた。


 「聞いてなかったみたいですし、簡潔に説明しますと…今ならこの刑務所全域のドアが解除されているので、これから地上階に出て刑務所のロビーから白白昼堂々と脱獄します。道中遭遇した看守達はエリアル先輩が蹴散らしてくださいね」

 「まぁ今のところ順調だな。このまま上手くいくと良いんだが…」


 悪気はないようだが、ファルスはさらっと不穏なフラグを立ててしまう。

 なんだか幸先が不安になってきた。 

 このまま何事もなく任務を遂行できればいいのだが…。

 僕は密かにそう思ったのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「ここがロビーか…」


 僕達は刑務所の出口付近であるロビーまで無事にたどり着いた。

 ロビーはだだっ広い空間であり、ソファーやコーヒーメーカーが設備されている。

 ここは仕事に疲れた看守達にとっての憩いの空間だったのだろう。


 「本当に何事もなく脱獄できそうですね」


 ロビーに至るまでの道中だが、僕たちを妨害する脅威は何一つとして現れなかった。

 といっても、僕たちに敵対してきている武装刑務官たちだが、つい先ほど僕が全て殺害してしまったのだ。一斉に迫ってきた武装刑務官に僕は襲われたのだが、『界面結界』を所持している僕の身からしたらそれほど脅威は感じなかった。


 フェネが刑務所のドアロックをすべて解除してくれたこともあってか、自由に階層を行き来できるようになっている。

 世界最恐と名高い刑務所と聞いていたのだが、僕達の手にかかれば大したことないようだ。


 「何事も起こらなかったのは良い事じゃないか。とにかくこれで娑婆の空気を吸うことができるな」

 「本当にそうなんやろか?」


 ファルスがそう言った次の瞬間、どこからともなく、何者かの飄々とした声が聞こえてきた。

 勿論、僕を含めた六人、だれも口を開いていない。この声は僕たちの物ではない。


 「だ、誰だッ!?出てきやがれ!」

 「そないなに警戒せいでくれ。儂はインターポール死刑執行部第五席の執行官 ハトバや。世界の安全を守るため、今から君達を殺さなくちゃいけへん。悪く思いまへんでくれ」


 謎の声の主はそう言うと、僕達から少し離れた位置に置かれているソファから姿を現した。


 長い黒髪をポニーテールで止めている、高い鼻梁の男。

 細目である彼は不敵に微笑んでいた。


 コイツは気配の消し方が上手なようだ。かなりの戦闘力を誇っていることは間違いないだろう。

 

 「インターポールの死刑執行部だって?なんだそれは!?」

  

 僕たちが警戒心を一層強めた中、ディアスは驚きを隠せていない様子だったが、僕も内心では戸惑っていた。

 インターポールには僕たちの知らない部署が存在していたというのだろうか?


 「なぁセル。執行官って聞いたことある?」


 僕はこの中で一番博識であろう、セルに向かって疑問を投げかけてみる。

 すると想定通り、検索エンジンであるセルは、僕の疑問に答えてくれた。


 「ええ。存じてますとも。インターポールには計七人が所属する最高戦力部隊、『死刑執行部』が存在していると聞いたことがあります。彼らは国際指名手配犯である犯罪者をその場で殺害することのできる権限が与えられていて、実力も折り紙付きだとか」


 セルがそう言うと、怪しげな口調で話すハトバという男は、感心したようなそぶりを見せた。


 「ほぉ…。そこの獣人の女…えらく博識やな。インターポールのことをどこまで知っているんや?」

 「その口調ぶりからして、貴方は隕石で滅びた今は亡き国『日和国』の出身者ですね?」

 「そういえば儂の両親がそうやったな。まぁえーわ、貴様等と無駄話をしに来たわけではない。さっさと仕事を終わらせたる」


 仕事服である戦闘用のスーツを着こなしているハトバは、腰の鞘から刀を引きぬいた。

 鈴を転がしたかのような美しい音色とともに、澄んだ光を放つ芸術的な刀身が露わになる。


 「儂の刀は今は亡き『日和国』製の妖刀や。怨念が込められてるとか、蛇を払う力があるとか、スピリチュアルな迷信が付きまとっているんやが、そんなもんどうでもええ。大事なのは殺傷能力や」


 ハトバはそう言うと、一瞬で気配を殺し、僕の目の前から姿を消した。


 「なッ!?消えたぞエリアル!!」

 「あー。これはまずいかもしれないね…。下がっててくれない?」

 「はぁ!?お前ひとりで戦うのか!?」


 ディアスが反論しようとした次の瞬間、彼の目の前にハトバが出現した。

 咄嗟の反射神経で僕はディアスの首根っこを掴み、後方へと思い切り引っ張る。


 『チリン!』


 空を切った刀は、鈴の音色を奏でながら、ディアスの喉仏が存在したであろう空間を通過した。


 「ね?言ったでしょ?これに反応できないなら戦わない方が良い。無駄死にするだけだ」

 「お、おう…すまん…」

 「戦闘だけが僕の取り柄だから、ここは任せてく先に行っててくれ」


 僕の提案を素直に飲んでくれたファルス達は、急いでこの場を後にする。


 「儂がそれを許すとでも?」


 ハトバという男は、丸腰の僕に向かって刀を振ってきた。

 しかし僕には『界面結界』がある。一次元の結界で戦ってやろうじゃないか。

 

 『キィイン!!』

 

 僕目掛けて振るわれた刀だったが、『切断結界』の効力を付与された一次元の結界、エネルギーソードのような見た目をした結界によって完全に防がれた。


 「か、片手剣が宙に浮いてる?」

  

 ハトバが驚くのも無理はない。

 僕の周りには『切断結界』が七本浮遊しており、ゆっくりと僕の周りを公転しているのだから。

 

 「君は僕のことを足止めしているようだけど。僕も君のことを足止めしているんだ」

 「なに?まさか…儂を足止めしている間に脱獄しようとしているのか?」

 「まぁそういうこと」


 ハトバという男は悔しそうに唇をかむと、僕と一旦距離をとった。


 「その怪しげなスキル…剣を操る効果があるんか?うむ…一旦距離を取った方良さそうや…」


 ハトバは何やらぶつぶつとつぶやいている。

 状況を整理しているようだ。


 「しゃあない。ここは儂も最大限スキルと使うとするか。それが礼儀ってもんやろ」


 ハトバははそう言うと再び姿を消した。

 どうやらコイツのスキルはハイド系の能力のようだ。

 透明のまま仲間の元に行かれたら実に面倒なのだが…。


 僕がそんなことを考えていた次の瞬間、ハトバが一瞬にして僕の背後に現れ、刀で一閃を入れよとしてきた。


 『キィイン!』


 僕は『切断結界』の一本を背中付近に移動させ、ノールックでパリィする。


 「その剣、実にめんどいな。なんでやろか」


 今のこいつの動きで分かったことがある。

 僕でも感知できないハイド能力を使って、逃げた仲間の元へ行かないということは、コイツのスキルには制限時間のような制約が存在するのだ。

 無尽蔵に使用できるわけではないのだろう。


 「その様子やと儂の能力に気ぃ付いたようやな」

 「輪郭がぼんやりと分かってきただけだけどね」

 「まぁ気ぃ付くのも時間の問題やし、特別に教えたろう」


 ハトバはそう言うと、再び姿を消し、背後からまた切りかかってきた。


 「儂のスキル『隠密跳躍』は効果を発動してから五歩分、透明化の効果を発動すれる。六歩目で元通りになるわけやな」

 

 再び姿を消すハトバ。

 コイツ、ご親切に自分の手の内をさらけ出すとはどういうつもりだ?

 奴の言葉を信じるわけないが、参考程度に覚えておくとしよう。


 姿は見えないが、呼吸音、体温、足音などは微かに聞こえるわけで…感覚を研ぎ澄ませれば奴の位置を補足するのは容易だ。


 今、四回目の足音が三時の方角から鳴った。途中で解除できるのかもしれないが、順調にいけばおそらくこの地点で姿を現すはず。

 僕は予測した地点に、『切断結界』を配置する。

 すると次の瞬間、僕の耳元に微かだが鈴の音色が聞こえたような気がした。


 「ほう刀の音に気ぃ付くとはなかなかやりおるな」


 次の瞬間、僕が予測していた地点とは全く真逆な場所にハトバが現れる。

 いち早く気配を察知した僕は、慌てて刀の研ぎ澄まされた一撃を回避した。死角からの攻撃だったお陰で、何本か髪の毛が抜けてしまったのだが…。


 「なるほど。刀を高跳び棒代わりにして歩数を稼いだのか」

 「ご名答!」


 ハトバは嬉しそうにそう言うと、再び姿を消した。


 どうしようか、『隠密跳躍』を使われている間はハトバに攻撃が当たらないみたいだし、途中解除とか、歩数をごまかされたりすると、出現する地点は無数に出てくるわけで…。


 ええい!面倒くさいな!

 こっちには操れる『切断結界』が七本もあるんだ!だったら予測されるすべての地点に『切断結界』を配置してしまえばいい話である。


 そう考えた僕は、解除又は効果切れで出現するであろう予測地点全てに『切断結界』を配置した。


 「おお。やりおるな。儂の出口全て封じられてもうたぞ…」


 どこからともなく、ハトバの声が反響して聞こえてくる。声の出所を掴むのは至難の業だ。まぁ居場所が分かったところで攻撃が当たらないんだけどね。


 「ハハハ!どこからでもかかってきたまえ!」

 「ヌルいわ!」


 次の瞬間、ハトバは全く予想打にしなかった地点に出現した。

 僕のちょうど目先である、床から数メートル付近の空間だ。


 ジャンプでここまで跳躍したと言うならものすごい跳躍力なのだが…おそらく刀を高跳び棒代わりにしたのだろう。


 「さらばだ囚人!!」


 飛翔してるハトバから鋭い突きが放たれる。

 美しい刀の先端が僕の喉仏に接近していき…。

 見事な型を披露したハトバの凸攻撃によって、刀が僕の喉仏へと綺麗に突き刺さった。

 しかし…不敵に微笑んでいる僕を見て、ハトバは違和感に気が付く。


 「な、なんや!?切った感触があらへんだと!?」

 「良ーく見てみな」


 僕の喉仏には確かにハトバの妖刀が突き刺さっている。しかし、よくよく目を凝らしてみると…。


 「残念でした。君がぶっ刺しているのは結界だ!それも『崩壊結界』の効果を付与したやつ!騙されたなぁハハハッ!」


 僕の言う通り、刀が突き刺さっている僕の喉仏付近に、煎餅程度の結界が張られていた。

 勿論、結界を張った当事者は僕である。


 「はぁ!?なんやッ!?なにをしたんや!?」 


 ハトバは突き刺さった刀を慌てて引き抜こうとする。

 鈴のように美しい音色が鳴るのかと思いきや…全然そんなことはなかった。

 黒板を爪で引っ搔いたかのような不快な音色が木霊する。


 「う、噓やろッ!はぁッ!?」


 次の瞬間、ハトバは絶叫した。

 

 「ぬああああッ!?!?儂の刀…儂の刀ボロボロになってるやとッ?ふざけるな元に戻せ!儂の大切な刀ぁぁぁ!」


 ハトバが激怒するのも無理はない、なんていったって彼の刀はボロボロに刃こぼれしているのだから。

 僕の『崩壊結界』によって、刃の研ぎ澄まされた金属は全て使い物にならないガラクタになってしまったのだ。


 「直せって言っても…そうなったらもう無理だと思う…」


 今更だが、僕は何だか申し訳ない気持ちになってくる。

 自信の愛刀が見るに堪えない姿になってしまい、ハトバは再起不能なほどに絶望していた。

 今でも「刀…刀…刀がぁ…これは夢や…ハハハ…悪い夢に違いない…早く目を覚まさないとなぁ…ハハハ…」と血迷った目つきをしながらそう呟いている。完全に壊れてしまったようだ。


 僕はどうして良いのか分からず、茫然自失としていたのだが、やがて素晴らしいアイデアが脳内に浮かんできた。


 うん。逃げるか!

 復讐されそうで怖いから、とにかく逃げるとしよう!


 気配を完全に消した僕は、速やかにその場を去ったのだった。

 

 

  

 

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