第7話

 僕の場合、硬くて耐久性のあるものならば人を殺す武器として仕立て上げることができる。

 それがバーベルであろうが、あずきバーであろうが、硬いものであれば取り敢えず武器になるのだ。

 後は世界のありとあらゆる体術を使いこなすことができるくらいだろうか?こっちはそんなに大したことないだろう。

  

 そのことを他のメンバーに共有すると、セル以外の全員が驚愕した声を発した。


 「そ、そんなに強いなら脱獄することなんて簡単じゃないか!」

 「未だに信じられんが、この前の大乱闘を無傷で征したエリアルなら不可能ではなさそうだな…」

 「まぁエリアル先輩は特務警察随一の戦闘能力を誇りますからね」


 ファルスとディアスが口々に述べる中、なぜかセルは嬉しそうだ。


 「なんか嬉しそうだなセル」

 「そ、そんなことはありませんよフェネ!?」


 というわけで、チーム全員の戦闘力を念頭に置いた僕たちは、あれから毎晩食堂で作戦を練っていた。


 途中から異変に気が付いたノーヴィスが「私も脱獄させろ」と図々しく行ってきたのだが、別に問題ない。

 足手まといになった場合は切り捨てればいい話だ。


 「今日までよく頑張ってくれたな囚人達。この清掃が最後の雑務だ。明日からは通常の雑務に戻っていい」

 

 朝早く、毎回同じ冷却装置の前まで来た僕たちは、開口一番にそう告げられた。


 予想外の通告に目を白黒させる僕達であったが、今となってはどうでもいい話だ。

 なんていったって、今この瞬間から、僕たちは立派な脱獄囚になるのだから!


 「これが全員分の命綱だ。今回の制限時間も三分。それまでに戻ってこい」


 僕たちの周りには武器を持った看守が合計六人いる。

 これだけの人数がいるのでこの空間に死角はない。

 だが、一人を殺すだけの時間はあるだろう。反応される前に殺害したら、銃を構えた看守順に撃退していけば良い話である。


 そう考えた僕は、金属製の重りがついたカラビナを、看守の頭めがけて思い切り投擲する。

 ワイヤーロープが取り付けられているので、引っ張れば簡単に巻き戻すことができるのだ。


 「グァッ!?」


 文鎮のような重りで頭をぶっ叩かれた看守は白目をむいて気絶した。

 僕は看守が抱えていたアサルトライフルを引ったくると、銃を構えようとした看守に向かって正確な致命傷を与える。


 「戦闘中によそ見は駄目だと教わらなかったのか?」


 看守全員の視線が僕に集中しているため、多くの死角が生まれた。

 夜ノ薔薇であるファルスとディアスはそれぞれ二人の看守を殴り飛ばし、タコ殴りにする。


 「ぼ、暴動だ!!コードレッドを発令しろ!!」


 コードレッドというものが何かはわからないが、連絡されたら面倒なことに変わりはない。排除するべき人間は残り二人。

 

 「セル。これ邪魔だから持っておいて」

 「エリアル先輩は銃を持たないんですか?」

 「いや、僕はこの文鎮みたいなカラビナをぶん投げて戦うよ」。

 

 僕はそう言うと、ワイヤーの先端に取り付けられた重いカラビナを、投石器を使うかのように遠投する。


 正確に投石したカラビナは看守の脳天にぶち当たった。


 「いつの間に投石器なんて使いこなせるようになったんですか!?」

 「そんなことより、早くこいつら黙らせないと応援を呼ばれるぞ」

 「はぁ…獣人使いが荒いですね」


 セルはため息を吐くと、焦っている看守めがけてアサルトライフルをぶっ放した。

 姉妹揃って特務警察に所属している身であるセルは、かなり正確な狙撃技術を誇っている。

 下手したら僕よりも銃の扱いが上手いかもしれない…。


 「よし、邪魔者は全員失せたな!!」

 

 ディアスはそう言うと、今は亡き看守が装備していた武器を奪い取り、ファルスに手渡す。


 「おい。お前はこれを使え」

 「ありがとう。ところで…フェネ。お前には任務が有るんじゃなかったのか?」


 アサルトライフルを受け取ったファルスは、日光で根暗と化したフェネに声をかけた。


 

 「う…やっぱり私がやるの?」

 「お前以外に誰がやるっていうんだ?ズべこべ言わずにさっさとやれよ!」


 ノーヴィスに問い詰められ涙目になるフェネ。

 普段は殴りかかるのかもしれないが、日光の影響で根暗と化しているフェネには出来なかったらしい。


 半べそで屋上の一角に取り付けられている機械へと向かったフェネは、扉を開け、中の配線を弄り始めた。


 「うぅ…。私は機械が弄りは得意じゃないのに…」

 「それなら私も手伝いますよ。妨害工作を生業としていたので配線いじりは得意です」

 「い、良いの!?ありがとセル!!」


 彼女達が下方で排熱作業をしているファンを止めている間、僕達は看守が来ないか見張っておけば良い。


 ああ、そうだ…脱獄する前にこの首輪を外して置かなくちゃな…。


 「ファルス。頼みたい事が有るんだけど…」

 「ん?なんだ?言ってみろ」


 ディアスは乱雑そうだし、ノーヴィスはムカつく野郎だ、だったらこの中で一番信用できるはファルスである。

 そう考えた僕は、ファルスに向かってとあるお願い事をしてみた。


 「僕の首をその銃で撃ってくれない?」

 「は?!気は確かか!?」


 驚愕した表情のファルスを目にした僕は、自分が失言したのだと気がつく。

 

 「ああ…。ごめんそういう意味じゃないんだ。えーと、僕の首についている首輪を撃ってくれないかな?」

 「首輪を撃てだって?首輪を取りたいんだとしたらやめておいたほうがいいぞ。上手く行けば外れるかもしれないが、その前にお前の首が壊れる」

 「大丈夫!僕の首は頑丈だから!それに折れても直ぐに再生するから!」

 「ハッ!何空想じみたこと言ってんだ。再生するだって?実に馬鹿馬鹿しい!お前は頭も貧しいのかエリアル?」


 ノーヴィスが小馬鹿にしたような笑い声をあげる。

 僕が寛大な心を持っていなければ、今頃奴は死んでいたことだろう。


 「僕はアストラリス国の実験によって、多少体が損傷しても再生することができるようになったんだ。銃弾で体を撃ち抜かれたって死なないと思う」

 「よ、良くわからないが…本当に撃っても良いんだな?それで死んでも文句は言わないでくれよ?」


 ファルスが念を押しても聞いてくるが、僕は二言返事で承諾する。

  

 「おっけーいいよー!」

 「じゃあ撃つからな。…どうなっても知らないぞ」


 ファルスはそう言うと、銃口を金属製の首輪に密着させ、トリガーを引いた。


 『パァン!』


 近距離からの発砲音はやはり鼓膜に悪い。

 少しの間、聴力が全く働かなかったのだが、ファルスの唇の動きからするに、僕の安否を確認しているのだろう。


 大丈夫。何ともない。


 僕はそう喋ったつもりだったのだが、鼓膜が破れている影響で自分の声が聞こえなかった。

 まぁ少し時間が経てば持ち前の再生能力で直ぐに治るだろう。


 肝心な首輪の方だが……。


 僕は自分の首に取り付けられている首輪に手をやった。

 すると、金属の中に銃弾が入り込んでいるではないか。

 奥まで達している様だし、亀裂も入っている。これなら少し力を込めれば壊すことができそうだ。


 案の定、両手で首輪を引っ張ってみると、亀裂がさらに大きくなったようで、いとも簡単に破壊することができた。


 忌々しい首輪め。今まで散々迷惑をかけられたがそれも今日でサヨナラだ!

 

 「え、エリアル…お前怪力なんだな…」


 ファルスがなぜかドン引きしているような気がするのだが、気のせいに違いない。

 鼓膜がおかしくなった影響で、幻聴までもが聞こえてしまうのだろう。


 「ありがとファルス。これで少しは楽に戦えるよ」

 

 やっとスキルが使えるようになったことだし、今まで以上に無茶な動きができそうだ。


 僕がそんなことを考えていると、セルが僕に話しかけてきた。


 「ファンの電源切れました!」


 セルの一言とともに、下方で轟音を立てていたファンの勢いが段々と弱まってくる。

 この調子でいけば数分で刑務所のシステムがダウンするだろう。


 全ては僕の計画通り!さぁ暴動を起こそうじゃないか!


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 セントラル海域刑務所の地上階に存在しているコントロールルーム。

 そこは全フロアの監視を担っている重要区間であり、人工知能が統括して管理していた。


 『【警告】看守六名の生命反応が消失しました。囚人の収容違反が発生したと思われます』


 合成音声がフロア全体に流れ、辺りは一時騒然となった。


 「か、看守が殺されただとッ!?どこのどいつがやったんだ!」

 

 コントロールルームの椅子に座り、刑務所内を画面越しに監視していた看守の一人が声を張り上げる。


 『死亡推定時刻はおよそ五分前から二分三十秒前であり、生命反応が消失した地点は【サーバー冷却装置・屋上】。この時、冷却器の清掃雑務を行っていた、囚人番号1343【セル】。囚人番号1342【エリアル】。囚人番号1341【ファルス】。囚人番号1340【フェネ】。囚人番号1339【ディアス】。囚人番号1338【ノーヴィス】。以上六名が収容違反を犯したと思われます』


 セレストオーダーからの淡々とした解析内容を耳にした看守達は、次第に落ち着きを取り戻していく。


 「今すぐ、武装刑務官を向かわせるんだ!相手は丸腰で看守六人を殺害した危険な囚人だ!完全武装で対応し、警戒を怠るな!」


 不測の事態が発生したが、これくらいのハプニングは長い刑務所の歴史を見ればそんなに珍しくない。

 今回も速やかに暴動が鎮圧され、謀反を起こした囚人は例外なく射殺されるだろう。


 ここにいる人間誰もがそう思っていたのだが…。


 『【警告】重大なエラーが発生しました。冷却装置が完全に停止…ファンの再起動を実行します…。失敗しました』

 「なッ!?どういうことだ!」

 『冷却装置へとアクセスすることができません。恐らくですが通信ケーブルが切断されています、システム総責任者 クリストフ』

 「そ、そんな馬鹿な…」


 セレストオーダーからシステム総責任者と呼ばれた中年の男は酷く老輩しているようだった。


 冷却装置が停止してしまえば、刑務所全体のシステムを支えているサーバーが熱暴走を起こしてしまう。

 そうなれば全てが停止し、この刑務所は終わる…。


 「何としてでも収容違反の囚人六名を取り押さえるんだ!それとエンジニア班に連絡しろ!冷却装置を速やかに修復するんだ!」

 『了解しました。対象の職員に通達します…。【警告】エラーが発生しました。システムがダウンします…』


 次の瞬間、『ピー』という電子音とともに、全てのモニターの電源が落ちた。セレストオーダーの人工音声も完全停止し、どの画面にも『ERROR404』という文字が表示されている。


 「さ、サーバーの熱暴走を確認しました!刑務所全域のシステムがダウンします!」

 「クソッ…早くしろエンジニア…」


 事態は最悪だが、まだ焦る必要はないだろう。

 冷却装置がダウンした時、自動的に監房のドアがロックされる仕組みになっている。

 適切に対処すれば、被害は最小限に留まるはずだ。


 そう考えたコントロールルームの総責任者 クリストフは、自身の部下たちに次々と命令を下していくのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「おい!収容違反した囚人達はまだ捕まらないのか!?」


 クリストフは苛立たし気に膝を揺する。

 システムがダウンしてから五分が経過した、そろそろ囚人が射殺され、システムが普及してもおかしくないのだが、そのような音沙汰は一切ない。


 セレストオーダーが停止してしまっている以上、刑務所全体を監視することのできる千里眼は使うことができなくなった。

 これもすべて、日ごろから人工知能の力を頼っていた、自身の甘さが原因なのだろうか?


 クリストフがそう考えていると、次の瞬間、無線通信機に連絡が入った。


 『職員全員に通達する!収容違反を犯した囚人六名を射殺するために出動した武装看守、計三百二十三名だが…全員殺された!』

 

 次の瞬間、コントロールルーム内にざわめきが生じる。

 始めは誰もが報告された意味を理解できていなかった。


 「なッ…。殺されただと…?相手は丸腰の囚人、たったの六人だぞ…!?」

 『違う!!囚人は一人だ!奴の名前は囚人番号1342【エリアル】!スキルを使って、武装した看守全員を一撃で切り刻みやがった!』

 

 無線での連絡を耳にしたクリストフは酷く老輩していた。

 囚人番号1342【エリアル】は先週、収容さればばかりの危険性が高い要注意人物だったはずだ…。

 奴が持っているスキルは不明な点が多く、攻守ともにとても優れているという情報だけしか手元にはない。


 「ほ、報告ご苦労だった…あー、君の名前は一体なんだね?それと今どこにいる?」

 

 クリストフは報告してきた看守の安否を確かめようとする。

 囚人番号1342【エリアル】を対処するには少なくとも、同じスキル保持者の人間をぶつける必要がある。

 そうなると…インターポールの上層部の人間が駆けつけてくれるまで持ちこたえるしかないのだが…。


 『僕の名前と居場所ですか?』

 「ああ、そうだ。インターポールへコードブラックを要請しておいた。今頃執行官クラスの人間がこちらに向かっているだろう。それまでに持ちこたえてほしいのだが…できるか?」

 『あー。それは無理だよ』

 

 クリストフは自分の耳を疑った。

 無線で話かけているこの男は今なんて言ったんだ…?


 クリストフの疑問に答えるように、無線の先の男は驚くべき事実を告げた。


 『なんていったって僕が武装刑務官を全員殺した張本人、囚人番号1342【エリアル】だからさ!そして、僕は今、君たちがいるコントロールルームの入り口まで来ているよ』

 「なッ!?」


 クリストフが驚愕の声を上げた次の瞬間、コントロールルームを閉ざしている、金属製の強固なスライドドアが真っ二つにカチ割れた。


 「し、侵入者だ!武装刑務官を今すぐ呼ぶんだ!」

 

 職員が騒ぎ立てる中、スライドドアを真っ二つにした張本人がのこのこと現れる。

 クリストフは武装刑務官の誰かがこの場に駆けつけてくれると信じていた。

 しかし、直ぐに現実を思い直すこととなる。


 ああ…。武装刑務官は全員、この男に殺されてしまったのだ…と。


 「やあ。僕は今からコントロールルームを占領するつもりなんだけど、素直に降参してくれるなら殺さないであげるよ」


 囚人番号1342【エリアル】はにこやかに微笑むと、余裕そうな態度でそう告げたのだった。

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