第5話
「囚人番号1343【セル】!囚人番号1342【エリアル】!囚人番号1341【ファルス】!囚人番号1340【フェネ】!囚人番号1339【ディアス】!囚人番号1338【ノーヴィス】!貴様ら六人は昨夜五時ごろ、食堂で大きな騒ぎを起こした!そして囚人番号1342【エリアル】、お前は看守一名に危害を加え、気絶させた罪が問われている」
目の前のデスクに座っていた看守は、ここまでを一気にまくし立てる。
深呼吸した後、彼は再び話し始めた。
「貴様等六人には連帯責任で刑務所の雑務を担当してもらおう。少し危険だが誠心誠意取り組むように」
偉い位であろう看守は、入り口の方を顎でしゃくり、退出するように促す。
「さぁお前たち、私についてこい。担当場所まで案内してやる」
武器を装備した看守はそう言うと、僕たちを指定した場所まで案内してくれた。
僕達六人を取り囲むように何人もの看守が配置されており、全員もれなく武器を所有している。
「かなり警戒されているな…。お前、どんだけ暴れたんだ?」
ファルスがジト目で睨みつけているが気づいていない振りをする。
この状態だと看守全員を鎮圧するのは厳しいだろう。
僕一人だと圧倒的に制圧することができるのだが、僕の周りには味方(?)が五人もいる。
だから無傷で戦うのは厳しい。最悪の場合死人が出てしまう可能性もある。
まぁ別に戦う気はないんだけどね。職業柄、ふとそう思ってしまうだけなのだ。
僕がそんなことを考えていると、僕の正面を歩いていたフェネが溜息を吐いた。
「はぁ……。何で私も罰を受けないといけないんだ…。私はただの被害者なのに…」
「私もですよ…。エリアル先輩が発端なのに、私まで罰を受けることになるなんて…」
愚痴を聞かされた僕は何とも申し訳ない気分になる。
「ご、ごめん…僕とファルスとディアスとノーヴィスが発端なのに、君たちまで巻き込んじゃうなんて本当に申し訳ない…」
「おい、俺のせいかよ」
「ふざけるな!私はやり返そうとしただけだ!発端は私じゃない!」
自分は悪くないと主張してくる巨漢の男ディアスと神経質な男、ノーヴィス。
責任転嫁野郎は僕だけじゃないようだ。
「誰に非があるかはどうでもいいだろう。今は大人しく看守について行くべきだ」
「そうですね。一番まともなのはファルスさんですね」
「ああ。ここの中でまともな人間は私たちしかいないようだ」
やれやれというばかりに溜息を吐くフェネ。
その仕草に僕は少しばかりイラっとする。
「油揚げが食べれなくて中毒症状になってる狐に言われてもねぇ…」
僕はフェネに聞こえないよう、ぼそっと呟いたつもりだったのだが、彼女の大きい狐耳はしっかりと捉えていた。
「今、なんていった?」
「いやなにも?」
彼女の灰色の狐耳はピクリと反応している。
尻尾も不満そうに垂れ下がっていた。
「エリアル先輩は『油揚げが食べれなくて中毒症状になってる狐に言われてもねぇ…』って呟いていました」
僕の声色を正確に真似、発言した内容を一言一句間違えずに述べるセル。
そうだった…セルの聴覚はバカにできないレベルで良いんだった…。
うろたえている僕を目尻に、フェネはじっとりとした瞳で睨んでくる。
「油揚げは美味しいんだぞ!!あの素晴らしい味を理解してないくせに、油揚げを語るな!」
「あ…。そ、そうですか…」
僕が想像していた反論と少しずれた回答が返ってきたため、僕はなんと言っていいのか分からなくなってしまう。
「夜狐族は味覚も聴覚も敏感なんだ。そんな私が認める美味しさなのだから、油揚げは最高に決まっている!」
「へー」
「感情がこもってない棒読みはやめろ!」
フェネは元気だな。
僕と会話を交わすと、大半の人間がイラつきだすのだが、フェネは僕と会話を続けてくれている。
相当な胆力がないと不可能なことだ。
僕たちが他愛もない会話を繰り広げていると、目の前にエレベーターが現れた。
壁には『地下10階 セクター13』と表記されたプレートが取り付けられている。
「ここって地下だったの?」
僕たちが収監されていたのはセントラル海域刑務所の地下深くだったようだ。
行く道中に眠らされていた僕たらしたら、『地下10階 セクター13』というのは初めて聞くような新事実だ。
「ああ。ここは地下深くに造られた刑務所だ。セクター13は最も危険な囚人たちが収監されるエリアだな」
なるほど通りで警備が尋常じゃないほどに厳重なのか…。
妙に納得である。
「喋っていないでエレベーターにさっさと乗れ」
銃を所持している看守に促された僕たちは、仕方がなくエレベーターに乗りこむ。
中は質素なデザインであり、至って普通のエレベーターだった。
強いて言うなら、エレベーターの広さが少し広いと言ったところだろうか。
看守は『地上1階 セクター0』のボタンを押した。
すぐさまドアが閉まり、エレベーターは上昇する。
その間、少しずつ気圧が低くなっていった、鼓膜が圧迫されるような感覚に陥っていく…。
《地上階へ到着しました》
数十秒間無言で乗っていると、エレベーターが停止しドアが滑らかに開いた。
僕たちがたどり着いた場所は十平方メートルほど広い空間であり、別の部屋につながるであろうドアは強化ガラスと鉄格子でロックされていた。
おそらくこの階は、刑務所の入り口 とも言える場所。最も警備が厳重なエリアに違いない。
「さて、お前ら囚人には、これから刑務所屋外にある冷却器の清掃を行ってもらう。かなり危険な仕事だから注意して取り組め」
刑務所屋外にある冷却器の清掃?
なんで僕たち囚人がそんなことをしなくちゃ行けないんだ?
そもそも何を冷却器する装置なのだろう。この刑務所に膨大な熱を発生させるサーバーがあるとは思えない。
僕たちは何をやらされるのだろうか?
僕の脳内には数々の疑問が渦巻いていた。
考えていていても仕方がない。今は看守の命令に従おう。
「ついてこい」
看守は短く一言そう言うと、僕たち六人を誘導し始めた。
刑務所の出口に近いということもあってか、かなり厳重に監視されている。
この目を掻い潜って脱獄するのは不可能だろう。
《エレベーター前、ドアロックを解除します……。【警告】この先は刑務所最重要区間です。周囲の職員は警戒態勢に入ってください……。【警告Ⅱ】エラーが発生しました。囚人番号1343【セル】。囚人番号1342【エリアル】。囚人番号1341【ファルス】。囚人番号1340【フェネ】。囚人番号1339【ディアス】。囚人番号1338【ノーヴィス】の生体を確認しました》
次の瞬間、天井からテーザーガンが取り付けられた監視カメラが飛び出てくる。
レーザーポインターで先頭に並んでいるノービィスの心臓を正確に照らしていた。
「ヒィッ!?」
情けない声を挙げ、半身を引くノービィス。
警告音がなっていたのだが、看守がすぐさま解除する。
「大丈夫だ。こいつらはこれから刑務所内で危険な雑務をこなしてもらうことになっている」
一人の看守はそう言うと自身のポケットからカードキーを取り出した。
看守はカードキーを壁に取り付けられているカードリーダーに翳す。
《…認証中…。セキュリティクリアランスレベル【Five】を確認しました。管理者からの許可はありますか?》
「ああ、刑務看守長からの許可は貰っている。確認してくれ」
《確認します……。データベースを検索した結果、許可状が見つかりました。申し訳ございません。直ちにドアロックを解除します、刑務官。》
「ああ。ありがとう」
次の瞬間、目の前の鉄格子と強化ガラスのドアロックが解除された。
合成音声を発するシステムと会話をしているようだ。
人工知能でも搭載されているのだろうか?なんとも驚きである。
僕がそんなことを考えていると、看守はこちらに視線を向けてきた。
「これから先は目隠しと耳栓をしてもらう。私たちが手を引いて案内するから安心しろ」
「どうしてだよ!」
納得できない様子のノーヴィスは看守に食ってかかった。
しかし、看守の男は整然とした態度で受け流す。
「セキュリティ上の理由だ、貴様ら犯罪者を信用するわけないだろう。わかったなら私の指示に従うんだ。異論は認めん」
というわけで、僕たちは両手を手錠で拘束された。
不本意だが抵抗するわけにもいかない。だから素直に従うとしよう。
目隠しをされ、耳栓を両耳に着けられたところで、僕はいまどこにいるのか完全に分からなくなった。
「ついてこい」
誰かに腕を掴まれる感覚がする。
反射的に振りほどこうとしてしまうが、すんでのところで押しとどまった。
危ない危ない。危うく看守の腕を折ってしまうところだったよ…。
僕たちは腕を引っ張られるがままについて行く。
一体全体何分歩いたことだろう。
耳栓と目隠しを外された僕は、薄暗い部屋に立たされていた。
「ここは…一体どこだ?」
ファルスも僕と同じ疑問を抱いていたようだ。
巨大な画面が幾つも壁に取り付けられており、部屋の中央にはデスクが置かれている。
デスクの上にはキーボードとマウスのみが配置させられていた。
なんとも不気味な空間だ。
僕たちは看守の意図が読めないまま、部屋を見渡していると、突然、目の前の巨大なスクリーンが明るくなった。
画面には質素な文字で『インターポール 統括情報管理人工知能セレストオーダー』と表示されている。
「命令通り、問題の囚人六名を連れてきました。セレストオーダー」
すると突然、僕の脇に立っている看守の男は、目の前の巨大スクリーンに向かって話し始めた。
異質な光景を目にした僕達は、目の前の状況を理解できず、目を白黒させている。
《…対象の囚人、六名の声帯認証を確認中…。データが一致しました。…ありがとうございます、刑務官》
統括情報管理人工知能セレストオーダー?
目の前の看守は人工知能を相手に会話をしているのだろうか?この世界の技術を駆使すれば、人工知能と会話することは簡単にできる。
日常社会に人工知能が利用されているのは当たり前であり、目の前の状況も決して珍しいことではないのだが、看守が人工知能の命令に従っていることはかなり異質だ。
これではまるで…。
「なるほど。この刑務所の真なる支配者は人工知能だったわけか」
僕と同じことをフェネも思ったようだ。
「どういうことだ?人工知能が管理している?人間の刑務看守長が刑務所を管理して言うんじゃないのか?」
フェネの言葉を聞いていたファルスは、状況が未だに理解できないようだった。
すると、目の前の巨大なスクリーンが、ファルスの疑問に答えてくれる。
《刑務看守長は、確かにセントラル海域刑務所を管理している人間ですが、ただの飾り物です。全権は私にあります、囚人番号1341【ファルス】》
自信の名前を呼ばれたファルスは、一瞬だが驚いた表情を見せた。
このタイプの人工知能はかなりの知能を誇っている。気を付けたほうが良いかもしれない。
「要するに、お前は、インターポールのシステムを管理する人工知能なんだな?インターポール管轄のセントラル海域刑務所もお前の管理下にあるってわけか」
《その通りです。貴方は聡明な人間ですね。囚人番号1342【エリアル】》
全知全能の存在と会話を交わすのは何とも気味が悪い。
こちらの心をすべて見透かされているかのような気分だ。
《その考えはあながち間違いではありません。囚人番号1342【エリアル】》
そうなんだー。って…えッ?
ま、まさか僕の心を読んだのか?
驚愕する僕と以下五名。
短時間で様々な光景を目の当たりにしてきた僕たちは、情報過多で既に頭がパンクしそうだった。
《あなたの首に取り付けさせてもらっているその首輪には、心拍数、酸素濃度、血圧、神経質の動き…その他多数の計測機能があります。私の演算能力を利用して、膨大な生物アルゴリズムの中から最適解を模索することが可能です》
「つまり、お前は人の心を読むことができるんだな」
《その見解は六割正しいです、囚人番号1341【ファルス】。私は感情というものが理解できないため、具体的な考えを読むことは現在の段階では不可能です。しかし、喜怒哀楽のアルゴリズムは私のプログラムに書き込まれているため、データをもとに対象の現在の感情を感知することは可能です。そこから思考内容を大雑把に予想しています》
『大雑把に予想できる』と言い切っているが、読心術レベルの演算は可能に違いない。
まぁ心拍数を調整することもできる僕にとって、こんな首輪、直ぐに無効化することができるんだけどね。
僕がそんなことを考えていると、ディアスはイラついたような口調で画面に悪態をついた。
「それで?俺たちはこれからなにをさせられるんだ?極秘エリアに俺たちを連れて来させてまでやらせたいことってなんなんだ?」
《囚人番号1339【ディアス】の考えは間違っています。第一に、私は秘匿された存在ではありません。インターポールのデータベースを管理するシステムとして世間一般では知られています。そうですよね?特務警察の元エージェント、囚人番号1343【セル】?》
突然話を振られたセルは、驚いた表情をする。インターポールのデータベースを管理する人工知能にはすべてお見通しのようだ。
驚いたセルの尻尾はまっすぐに伸びていた。
「はい。特務警察で聞いたことがあります。風の噂で確証はありませんでしたが」
セルの回答を聞いたセレストオーダーは満足そうに返事をする。
感情は持っていないはずだが…どうしてそう感じるのだろう?
《その通りです、囚人番号1343【セル】。そしてここは秘匿された空間ではありません。人間が私と意思疎通するために設置された量産型の部屋です。私、本体は厳重なセキュリティーに守られたサーバー内に存在します、具体的は場所は囚人の身分であるあなたたちには教えることは不可能です。すみません》
ちっともすみませんとは思っていなさそうな口調で誤る人工知能。
長話に付き合いきれなくなった看守の一人は、セレストオーダーに本題に入るよう促した。
《分かりました刑務官。私が貴方達をここまで呼び出した理由はこれからある業務をこなしてもらうためです》
「それは聞いたぞ。冷却装置とやらを掃除すれば良いんだろ?俺は暇じゃないんだ。早く要件を言ってくれ」
苛立たしげにノーヴィスはセラストオーダーに先を促す。
《人間はせっかちな生き物ですね。簡潔に要件を伝えるとしましょう……》
セレストオーダーが言っていたことを要約するとこんな感じだ。
この刑務所を管理している人工知能セレストオーダーは囚人一人一人を四六時中監視しているため、莫大なエネルギーを使っている。
当然、サーバールームも尋常じゃない高さの熱が籠もるようになり、冷却器装置を頻繁に掃除しなけば効率良く放熱することができない。
というわけで、僕たちは冷却器の掃除を頼まれたわけだが、選ばれた人間が囚人というのには意味があった。
冷却器は屋外に設置された巨大なファンのことを指すようで、高温の熱を常に排出している危険な装置である。
社会には不要な僕たちに危険な仕事をやらせることで、万が一人身事故が発生しても、刑務所側は損失を被ることはないのだ。
人件費を節約するため囚人に危険な仕事をやらせる…それも無賃労働だ!!。くそったれがふざけやがって。
僕がそう思っていると、ノーヴィスも同様に激高した。
「ふざけるなよ!俺は公国の貴族だったんだぞ!!こんな危険な仕事やるわけないだろ!!」
《囚人番号1338【ノーヴィス】。囚人である貴方に拒否権はありません》
「はッ。拒否したらどうするんだ?人工知能でしかないお前に何ができるっていうんだ」
画面に向かって挑発的な態度をとるノーヴィス。
それに対して、セレストオーダーは淡々とした態度で応じた。
《その場合。私の全権を利用して貴方の刑期を延ばします。それでもよろしいのですか?》
「なッ…そんなこと不可能だ!許されるわけない!」
《いいえ。私には可能です。許される許されない以前の問題に貴方は公国で戦争を起こし、罪なき人々を殺した犯罪者です。慈悲は無用でしょう》
人工知能に完全に論破され、苦虫を噛み潰したかのような表情になるノーヴィス。
まさか、ノーヴィスが貴族だったとは。それに戦争犯罪人としてインターポールに捕まったというのは初耳だ。
「チッ、」
ノーヴィスは苛立たしげに舌打ちすると、反論する気が沸かなかったのか黙りこくってしまった。
今のやり取りを見ていたのなら、人工知能と口論する気には誰もならないだろう。
血気盛んなディアスでさえも黙っていた。
《反論は確認できませんでした。それでは今から冷却器がある屋上へと向かってください》
僕の気のせいかもしれないが、人工知能であるセレストオーダーはなんだか機嫌が良さそうだった。
「それじゃあ、ついて来い。今回は目隠しをしなくて良い」
看守はそう言うと、モニター室の非常扉を開け、登るように促す。
僕たちは看守に誘導され、屋上へと続く非常階段を登っていた。
「はぁ…人間もついに人工知能の言いなりになる時代が到来したのか…」
エリート諜報員である僕が、人工知能に管理されることになるとは、なんとも屈辱である。
ディアスとノーヴィスも屈辱的な表情を浮かべており、ファルスとセルは何とも言えない顔色だった。
フェネはと言うと…。
「え!?そ、外!?嫌だ……行きたくない…」
尻尾が極限まで垂れ下がり、ガクガクブルブル震えているではないか。
「は?」
普段の飄々とした態度はどこに行ったというのだろう?
まさかこんなにもビビりだったなんて、人は見かけによらないようだ。
「発情期の猫みたいな声出してどうしたんだ?まさか、怖いの?」
僕は小馬鹿にしたような口調でフェネに話しかける。
すると彼女は怨恨の籠もった瞳で僕のことを睨んできた。
「ち、違うわ!私は狐だぞ!今の季節は発情期じゃない!!…って…言いたかったのはそんなことじゃなくてだな…。私が怖いのは……た、太陽なんだ…」
予想外の答えが返ってきたため、僕は思わず聞き返してしまう。
「太陽が怖い?…日に焼けるのが嫌だってこと?」
僕が戸惑っていると、ジト目のセルが会話に参入してきた。
「それは違うと思いますよ。前に聞いたことがあります。確か…夜狐族って太陽が苦手なんでしたっけ?」
博識のセルは周知の事実だったらしい。
「あ、ああそうだ…。私は太陽が嫌いで……直射日光を浴びると……」
途中を言葉が詰まり、身震いするフェネ。
「ま、まぁ苦手なものは人それぞれだよ。僕は注射が苦手だからフェネの気持ちもよく分かる」
「注射が苦手なのか?」
僕の言葉を聞いたファルスは心底驚いたような表情を見せる。
政府の人体実験によって幼い頃から何百本も注射を刺されてきた僕だったが、未だにあの感触が慣れないのだ…。
薬品による体の痙攣…突然の吐血…。思い返すだけで身震いがしてきた…。
幼い頃の記憶を思い出してしまった僕は、不快な気分に陥る。
「ずべこべ言わずについてこい。」
すると血も涙もない看守の一人がそう言い放った。
歩むペースが遅くなっている僕たちに、早く進むよう促してくる。
僕たちは渋々歩むペースを早め、いそいそと階段を上っていった。
「どうしよう…太陽に当たるの嫌だなぁ…」
そんな中、フェネは未だに震えている。直射日光に当たると一体全体どうなってしまうのだろうか?
本人に聞きたいのは山々なのだが、口に出したら殴られそうな雰囲気なので心の中にとどめておこう。
僕がそんなことを考えていると、ノーヴィスが空気の読めない発言をフェネに対して放った。
「太陽に当たったところで死にはしないんだろ?」
「ま、まぁそうだが…」
しどろもどろにフェネは答える。
すると、フェネの返答を聞いたノーヴィスは、なんの前触れもなく突然切れ散らかした。
「だったら黙ってろ!さっきからお前、うるせぇんだよ」
刹那、フェネの瞳に殺気が宿る。
この後起こるであろう出来事をいち早く察知した僕は、フェネの両腕を素早く掴んだ。
やはり彼女の腕には力が込められている。
「やっぱり殴る気だったんだ…」
「貴族である俺を殴ろうとしたのか!?は、恥を知れ獣め!」
「やっぱりこいつは一度殴らないと気が済まない…離せよエリアル!殴らせろよぉ!」
ノーヴィスと喧嘩しそうな雰囲気だったフェネだが、看守の鋭い一言により、すぐさま黙ってしまった。
「いい加減静かにしろ。この先は屋上だ。」
「え!?ま、まだ心の準備が…」
フェネの抵抗も虚しく、看守は屋上へと続く扉を開け放つ。
次の瞬間、数日ぶりに目にする煌々とした日光が差し込まれ…フェネの体に直撃した。
「ぐぁぁ…!?溶けるよぉぉ…」
彼女の尖った狐耳が萎れてでいき、下へと垂れさがる。
「なんだか茹ですぎた葉物野菜みたいだね」
「違うわ!私は野菜なんかじゃなあわぁぁ…」
「ふぇ、フェネ?!大丈夫ですか?」
フェネの安否を心配したセルは、誰よりも早く、フェネの顔色を確認した。
しかし…。
「ひ、ひぃ…。み、見ないでぇ…」
恥ずかしそうに両手で顔を隠すフェネ。
いつもの飄々とした態度とは打って変わり、おどおどした自身なさげの雰囲気に変貌しているではないか。
「ど、どうしたんだ?急に恥ずかしがって…」
状況が理解できないのか、目を白黒させているファルス。
それに対してフェネは、おどおどした態度で応じた。
「わ、私…。日光に当たると性格が変わっちゃうの…」
「ああ。聞いたことがあったような気がします。夜狐族は日に当たると、嗅覚、聴覚が物凄く敏感になり、性格も百八十度変化するそうですね」
萎れた葉物野菜のような耳をしたフェネは、無言で頷く。
どうやら日光の影響で、フェネは根暗な性格に様変わりしてしまったらしい。実に面白い。
「おいお前等!いつまで立ち話をしているつもりなんだ!さっさと私についてこい!」
「ひ、ヒィ…ごめんなさい…」
「行きますよフェネ」
「嫌だよ…外に出たくない…」
「仕方がないですよ。大丈夫ですから私についてきてください」
セルはそう言うと、階段に張り付いている根暗のフェネを無理やり引きはがす。
「うぁぁ…」
彼女はされるがままに引きずられていった。
扉を潜り抜け、屋上へと出る僕達。
次の瞬間、かなりの威力を秘めた熱風が全身を襲った。
ファンが高速で回転する機械音も聞こえてくる。
「すごい熱の排出量ですね…」
「それもそうだろう。囚人全員の生体データを一時も休まず管理しているんだから、これくらい発熱しても何ら不思議じゃない」
海上に建てられた刑務所の上に立っている僕たちは、周囲の景色を一望することができた。遠くには大きな船まで通っている。
「日光を浴びるなんていつぶりだろう…気持ちが良いな」
目を細め、体を伸ばすファルスに対して、ノーヴィスは小馬鹿にしたような発言を放った。
「ハッ…これから危険な雑務をやらされるんだぞ?死ぬかもしれないのによくもまぁそんなに能天気にいられるなぁ」
「死ぬのはお前みたいな馬鹿だけだノーヴィス」
今回ばかりは、ディアスの考えに賛成だ。
普段から死闘を経験している僕たちにとって命の危機はほぼ毎日到来してくる。
巨大な冷却器の掃除如きで命を落とすわけがないのだ。
僕がそんなことを考えていると、看守は僕たちに視線を向け、説明口調で話しかけてくる。
「今日はファンの羽部分の清掃を担当してもらう。明日は壁の清掃だ」
「毎日違うところを掃除するのか!?危険すぎるだろ!ふざけるのもいい加減にしろ!」
ノーヴィスは軽くヒステリーを起こしていた。
しかし、看守は気にも留めることなく、淡々と説明を続けていく…。
「異論は無いようなので先を話そう。これからお前らにはこの安全ベルトをつけてもらう」
看守の男はそう言うと、仲間の看守達からベルトを受け取った。
「カラビナを輪っかにひっかけて、そのベルトを腰に巻けば良い。やってみろ」
僕たちは看守に言われるがまま、安全ベルトを腰に装着し、風が巻き出ている穴に近づいた。
下方を見下ろすと、数十メートルほどしたの地点で巨大なファンが回転しており、そこから熱風が吹き荒れていた。
「ひぃ…」
日光の影響で根暗になったフェネは怯えた声を出す。
小柄な身体つきのフェネは今にも吹き飛ばされそうだった。
「クソッ。貴族である俺がなんてこんな危険な仕事をしなければ行けないんだ…」
ノーヴィスは苛立たしげにそう言うと、カラビナを床の輪っかに取り付ける。
これで全員の装着が完了した。
「よし。全員完了したな。ではこの薬品をファンにこびりついている錆に吹きかけてくれ。海風の影響で錆びやすくなっているが、汚れは薬品を吹きかけるだけで簡単に取れる。吹きかけたら後は放置しておいてくれ」
「はぁ!?回っている扇風機にスプレーを吹きかけろって言ってるのか?!頭おかしいだろ!」
「何を言ってる?ファンは一時的に停止させる。ただし、停止中は冷却器内の温度がえげつないほど高くなるがな」
ファンが停止することによって、冷却器内の危険度は跳ね上がるというわけか…。
かなり危険な仕事だな…。僕ら囚人なんかよりも、専門的な業者に頼めば良いのに…。
「まぁ、業者に頼むこともできはするんだが、ファンを止められる時間は精々3分程度で、それ以上停止しようとするとオーバーヒートしてシステムが壊れてしまう。罪もない業者の方に高温の冷却器内に行かせるわけにもいかないのだ」
なるほど通りで囚人たちが雑務に駆り出されるのか。
万が一オーバーヒートしそうになってもすぐさまファンを起動すればいい話だ。
囚人が中で作業していようが、看守側からしたどうでもいいということだろう。
「ふ、ふざけるな!完全に死にに行くようなものじゃないか!」
激昂するノーヴィスをファルスはなだめようとする。
「まぁ、3分以内にファンの汚れをこびり落とせばいい話だ。さっさと終わらせるぞ」
流石は夜ノ薔薇の元傭兵だ。
数々の死闘を経験した事があるためか、至って冷静である。
ディアスも切れ散らかすと思っていたのだが、この男も死闘を経験してきた為か至って平静であった。
「では、検討を祈るぞ」
看守の一人はそう言うと、降下の仕方も教えずに冷却器内へ飛び込むように命令してくる。
「ちょ…降下の方法がわからないんだけど…」
「簡単だから誰にでもできるだろう。ズべこべ言わずに行くんだ」
看守はそう言うと、仲間の一人にファンの電源を落とすよう命令を下した。
下方の扇風機から発せられる轟音が徐々に弱まっていき…。
「さて、今から三分だ。時間が来たら問答無用でファンの電源を戻す。ただし、任務を完了せずに戻ってきた場合…お前たちの刑期を三十年伸ばすことになる」
「そ、そんなの無茶苦茶だ…」
ノーヴィスは絶望したような口調で呟いた。
根暗と化したフェネもてっきりそうなっていると思っていたのだが、こちらは意外と大丈夫そうだ。
命綱が固定されているか確認したフェネは、いそいそと降下していった。
性格は百八十度変わっているようだが、ここぞという時の度胸は前と同じ位あるらしい。
「それじゃあ、私たちも行きますか」
「そうだな。とっとと終わらせよう」
時間は有限なのだし、急いで仕事を終わらせるとしよう。
そう考えた僕たちは、自分の腰に固定した命綱の操作方法を素早く確認する。
なるほど、ここのワイヤーを緩めると降下するのか…上昇の仕方が未だに分からないのだが…まぁそれは後で考えるとしよう。
確認を終えた僕たちは、各々穴の中に飛び込んでいくのだった。
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