第3話

 特務警察は名前の通り、秘匿されるべき組織だ。

 というわけで、特務警察の本部は国防省の地下奥深くに構えられている。


 日光が全く届かない不健康な職場かと思いきや、全然そんなことはない。


 ライトも十分な光量だし、コーヒーメーカーもある。何不自由ないね。

  

 エレベーターに乗って秘匿された目的の階層までやってきた僕たちは刑務所並みに厳重なセキュリティチェックをクリアし、入り口のドアロックを解除する。

 白壁の無機質な廊下を数メートル歩いていると、大広間にたどり着いた。


 そこでは特務警察の関係者が各々PCに視線を落とし、カタカタと作業をしている。


 「じゃあ僕は書類を仕上げとくから、セルは報告とファイル提出しておいて」

 「分かりました」


 セルの返事を聞いた僕は、自分のデスクに戻る。

 散らかった机の上においていたパソコンを手にした僕は、自販機から缶コーヒーを買い。カフェテリアに置かれているこじゃれたソファーに腰掛けた。


 別にパソコンを使う業務はないのだが、いい感じにキーボードを叩くことで、はたから見れば真面目に雑務をこなしているように見えるのだ。


 僕がパソコンを立ち上げ意味もなくネットサーフィンをしながらサボっていると背後から人の気配を感じとった。

 僕は慌ててデスクトップを切り替える。


 「こんばんわエリアル君。どうしたの?いかがわしいサイトでも見てたのかな?」

 「…ああ…ルガゥ先輩…。僕は真面目に仕事をしていただけですよ」

 

 僕はパソコンの画面から目を離さずに、隣に座ってきた先輩に向かって挨拶する。

 彼女は僕の後輩「セル」の姉である。名前はルガゥだ。

 セルとは違って顔も体も獣の毛が生えていない人間であるが、尻尾と狼の耳だけはしっかり付いている。


 「任務終わったんですね」

 「うん。闇市場のオーナーと交渉してきたよ。以外にもすんなり条件を飲んでくれて助かった」

 「どんな条件を提示したんですか?」

 「政府に取引内容と収益を提示するのと闇市場を特務警察の管轄内に置くっていう条件だね。最初は渋ってたけど僕が武器を取り出したらすんなり指示に従ってくれたよ」


 それは交渉じゃなくて脅しではないだろうか?


 まぁ僕の人のことは言えないけど…。


 「固有スキルはうまく扱えるようになったかな?」

 「政府の実験でスキルを獲得してから数年がたったんですよ?とっくに使えこなせてますよ」

 「僕のスキルは自分が生まれた時から持っていたものだけど、君は違うからね。実験によって獲得した力じゃ真髄までは理解できていないんじゃなかな?」


 そんなまさか。

 僕が見落としている力があるというのだろうか?


 僕は意味もなくキーボードを叩きながらそう考えていたが、頭の中に生じた疑念を振り払う。


 確かに僕のスキルは政府の実験によって生み出された複雑なものだ。

 他人に発現したスキルを、ゲノム解析と称して国が奪い取り、様々な能力を複合して作られたものが僕の固有スキル『界面結界』なのだ。


 だから僕の知らない能力がまだまだ隠されているのかもしれないが、現状の力に満足しているので別にこれ以上いらない。


 そんなことを考えていた僕だが、いつの間にか戻ってきていたセルによって我に返った。


 「あの…エリアル先輩…お話がありまして…。って、お姉ちゃん!?」

 「やぁセル。元気にしてた?」 

 

 僕の隣でくつろいでいた実の姉の存在に気が付き驚いているセル。

 職場で姉妹が出会う時、お互いに気まずくなるのだろうか?僕には家族がいないので良くわからない。


 「うん。私、今は忙しいからまた後で会おう。ところでエリアル先輩」

 「ん…なに?長官の報告もう終わったの?そしたらエクセルを共有するから手伝ってくれない?」


 僕はパソコンから目を離さずに、セルと会話を続ける。


 「いや…そうではなくて。私もよくわからないのですが…」


 申し訳なさそうなセルの口調に、僕は嫌な予感を感じ取った。


 「…長官がお呼びです…」

 「え?」


 パソコンの画面からうっすらと反射している僕の瞳が微かに揺れる。


 「これって行かなくちゃいけないものなのかな…?僕…資料作ってるんだけど…」

 「まだ話の全貌を理解していないのですが、少なくとも、いった方が良いってことだけは分かります」

 「ええ…。セルが僕の代わりに怒られに行くってことは出来ないの?」

 「私も本当はそうしたいんですけど、残念なことに私も長官に呼ばれています」


 ということは、セルと僕、両方が怒られるのか?

 セルの口ぶりからして、僕はさらに不安になった。

 いやいや。まだ怒られると決まったわけではいのだ。

 それほど身構える必要はないだろう。


 「頑張ってエリアル君」


 後ろでルガゥが応援しているが僕の耳には届いていない。

 僕は生きた心地がしないまま、長官室へと向かうのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 長官室は一階層上のフロアにある。

 床は吹き抜けになっており、僕たち社畜が一望できる設計なのだ。


 僕は長官室のドアをノックする。


 「入っていいよ」


 すると、薄い扉の向こう側から声が聞こえてきた。


 「エフェトル長官…呼ばれたので来ましたよ?」

 「任務お疲れ様。座ってくつろいでいるといい」


 部屋は物足りないほど質素だ。彼女の権限を使えば、金でできた玉座を部屋に置くこともできるのだが、置いてあるのはどこにでも売っている家具のみ。

 横長のソファが部屋の長机を挟むようにして配置されており、その奥には彼女の仕事用デスクがあるだけだ。


 「あの。用件はなんですか?」


 居てもたってもいられなくなった僕はエフェトルに向かって質問する。

 僕の隣に座っているセルは、子犬のように体が縮こまっていた。


 見ての通り、僕は彼女のことが苦手であった。

 自由にスラム街で遊んでいた僕を、政府の犬にさせたのは目の前に座っている彼女なのだから。 


 「まぁまぁ、時間はたっぷりあるんだし、今から紅茶を淹れるからゆっくりしていってよ。久しぶりに師匠と話せるんだから嬉しいでしょ?」

 「まぁ、そうかもしれないですね…」

 

 要するに彼女にとって僕は愛すべき愛弟子なのだ。


 紅茶を入れているエフェトルを目にし、僕は話が長くなりそうだと悟る。 

 気づかれないよう、僕達は密かに溜息を吐いたのだった。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「そろそろ本題に入ってくれません?」


 紅茶を優雅に飲んでいるエフェトルに対して僕はイライラしていた。

 いつまでティータイムを続けるつもりだ? 

 僕だって業務があるから暇じゃないのに。


 「そうだね。そろそろ本題に入ろうか」


 ここから長話が続くのか…休めるのは何時になることやら。


 「それで…。一体なんの要件で僕は呼ばれたんですか?」

 「それほど緊張しなくても大丈夫。私はただ君に聞きたいことがあるだけだよ」


 聞きたいこと?

 あまり良い予感がしないのだが…。


 僕がそんなことを考えていると、彼女は優しく僕らに微笑んできた。


 「今日の任務について詳しく聞かせてもらえないかな?」

 「え?今日の任務?」

 「うん。詳しく聞かせてくれない?」

 「な、なんで?」

 「理由は聞かないでくれ。君の任務中の行動が気になっただけだよ」

 

 話の意図が読めなかった僕は、隣で無言を貫いているセルに視線を送る。

 しかし、見事に視線を逸らされた。


 こいつ…僕のことを無視しやがって。


 まぁ悩んでいても埒が明かない。長官の命令通り、任務の概要を説明するとしよう。


 「えーっとですね…。盗まれたアストラリス国の国防省の極秘ファイルをアストラリス郊外の商店街で奪還しました。…というか、詳細はセルから聞いているはずですよね?」


 僕は隣に座っているセルの方へと視線を向ける。


 「わ、私ですか?確かに伝えましたけど…」

 「いや。君の口から聞きたいんだ」

 「よく分からないけど…僕の口から説明すれば良いんですね?…」


 意図が理解できないまま、僕は任務の詳細をすべて話し終えた。

 長話をした影響で僕の口腔内は乾燥している。


 束の間の静寂の後、エフェトルはため息を吐いた。


 「はぁ、やっぱり君だったのか…」


 彼女は頭を抱えだした。

 一体僕が何をしたというのだろう。今日は珍しく真面目に任務をこなしたというのに…。


 「え、なにが…ですか?」


 疑問に思った僕は、頭を抱えているエフェトルに向かって質問する。

 すると、耳を疑うような答えが返ってきたではないか。


 「インターポール国際刑事警察委員会の諜報員を殺したのは君だったんだね?」

 「殺した…?どの人間を?」

 

 心当たりが多すぎて分からない。インターポールの人間だって?そんな人間と出くわした覚えはないのだが…。


 「君がファイルの奪還中に殺した人間だよ」


 ひょっとして…買い手だった男のこと!?


 「ええ!?あれってインターポールの人間だったの?」

 「そうだよ。君からファイルを奪い取るために雇われたインターポールさ。幸い、我が国の機密ファイルを盗まれる心配はなかったけど、君は世界の警察を一名殺してしまった。さらに不運なことに、ボディカメラによって国連に証拠を握られてしまった…。国連もだいぶご立腹だ。我が国の印象も最悪になっている」

 

 エフェトルの口にする内容が予想以上に深刻だったため、僕の声は裏返ってしまう。


 「で、でも、その件はしょうがないと思いますよ。相手は僕たちが特務警察だってことも知らなければ、僕たちは相手がインターポールだったことも知らされていなかった。というわけで、僕には非がない。あれは事故だ。そもそも、インターポールの人間が我が国の機密ファイルを闇商人と取引するなんて最近の国際情勢は一体どうなっているのやら」

 「物騒な世の中だよね」


 むかつく物言いだ。僕は悪くないのに…。


 「それで、僕はこれからどうすれば良いんですか?謹慎処分とか?」

 「いや?安心して、謹慎処分にはしないよ」

 「よかった、長官に人間の優しさが残っていて助かりましたよ、」


 僕が安心したその時だ。

 彼女の合図と共に、数々の人間が僕たちのいる空間に突入してきた。


 「動くな!両手を上げろ!」


 特務警察の人間が仲間であるはずの僕達に向かって銃口を向けてきている。

 どうやらおふざけではなさそうだ。


 「どういうつもりだ?」


 僕は素直に両腕をあげると、長机ごしに微笑んでいるエフェトルを睨む。


 「君達の身柄はインターポールに拘束してもらうよ」

 「は?意味が分からないんだけど?」


 いつの間にか敬語を忘れていた僕は、ナチュラルな口調でエフェトルを問い詰める。


 「君は国連からインターポール殺しの罪人として指名手配されている。我が国にも多少の非があるし、怒りの矛先を我が国から背けるためにも、君達には捕まってもらわないといけないんだ。それに、機密ファイルの件もあるしね…」

 「あのー…。私は?」

 「ああ。君もだよ。一応エリアルのチームメイトだったし、責任は君にもある」

 「ですよね…」


 驚きすぎて声が出てこなかった。


 国のために尽くした僕が切り捨てられるだと?

 

 僕が動揺していた最中、エフェトルは優しい口調で僕たちを慰めてきた。

 しかし、僕には見かけ上の慰めにしか見えない。 


 「大丈夫、刑期が済んだら向かいに行ってあげるよ。それに君の代わりは沢山いるから安心して、一人のエージェントの命より、我が国の印象の方が断然大事だ」

 「……予想以上にブラックだな…」

 「15年前、私に救われてから、君の命は特務警察の物になった。人権なんてあるわけないじゃないか!」

 「黙れよアラサー」

 「失礼ですよ…エリアル先輩。鯖を読んでも別に良いじゃないですか」


 僕達の一言で、エフェトルが涙目になったような気する。

 しかし、エフェトルの目元を確認する前に、何者かによって打たれた強力即効麻酔銃によって、僕達は気絶してしまった。


 「この睡眠薬は強力だ。君達が目を覚ましたころには既に豚箱の中だよ」


 エフェトルは目頭を押さえながらそう言ったのだった

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