第2話
闇取引がよく行われる寂れたストリート街。その一角に存在する元飲食店が今回の取引現場だ。
今の時間帯だと闇市場はもう閉まっている。辺りは閑散としており人気は一切ない。
僕たちが二階のベランダで待機していると、中から人の気配を感じ取った。
薄汚れた窓ガラス越しに、買い手とビジネスマン、その護衛人らしき人物が何人か確認できる。
売り手であるビジネスマンは特務警察の指名手配表に乗っている犯罪者でもあった。
「お客さん。調子はどうだい?最近は物価高でまいっちゃうなぁ、売れ行きも良くないし…お客さんも苦労しているんじゃないか?」
「無駄話をするな。さっさと約束の品をだせ。俺は忙しいんだ」
「へっ。分かってますよお客さん」
人のよさそうな笑みを浮かべるビジネスマンらしき人物は、取引相手に向かってそう言ったようだ。
ガラス越しの会話なのでなにを言っているのか聞き取れないが、唇の動きで内容は理解できる。
「三十年前の隕石でこの世界は大きく変わりました。人間とは異なる種族の誕生もあるけど…私の心を何よりも揺さぶったのは超常的な力です」
「おい…お前の身の上話には興味がないと何度言ったら分かるんだ?約束の品を早く出せ…さもなくば…」
「まぁまぁ少し待ってくれたっていいじゃないか。私の話を聞いてくれた暁には商品の値段を何割かまけてあげますよ?」
「チッ…その言葉忘れるなよ…」
買い手の男は渋々了承した。面倒くさそうな表情を浮かべながら、ポケットから煙草を取り出すと、使い捨てライターで火をつける。
濃いニコチンを含む白い煙が天井に渦巻いていた。
「私は力が欲しかった。他者を圧倒することができる超常的な力。この世界では主に『スキル』と飛ばれているものです」
「力が欲しかった?」
「はい。炎を操ったり、他人の心を読んだり、瞬間移動したり…なんでもいいから力が欲しかった。私をバカにしたやつらを殺すことができるなら何でもいい…」
「……」
「だけど、スキルは選ばれた生き物にしか発現しませんでした…放射能に被爆し、突然変異が起こった個体…残念なことに私は選ばれませんでした…」
「話の意図が読めないんだが?お前は無駄な会話をしたいだけなのか?」
買い手の男は腹立たしげに足を揺する。
ビジネスマンの男は心外そうな顔をしていた。
「いえいえ、これは取引ですよ?」
「取引だと?」
「はい。ファイルの中身はもうご存知かと思いますが、アストラリス国の国防省が厳重に管理していたこの資料には、人為的にスキルを創り出す術が書いてあります」
「………」
「その顔…どうやらご存知のようですね?」
ビジネスマンは嬉しそうに笑った。
彼の背後に突っ立っている護衛二人は無表情を貫いているままだ。
「そこで貴方がた組織に提案があります」
「…言ってみろ」
「はい。今回の取引代を無償にする代わり…貴方がた組織の力で私にスキルを与えてくれませんか?」
男の提案に黙りこくってしまう買い手。
数秒間逡巡したあと、買い手は口を開いた。
「分かった。上層部に伝えておくが…少し時間がかかるぞ?」
「私は何十年も待っていたんですよ?あと少し位どうってことありません!」
嬉しそうに目を輝かせるビジネスマン。
取引成立の証として、彼らは固い握手を交わそうと、お互いに席を立った。
…さて。突撃するなら今だろう。
「いつも通りに行こう。セル」
「はい。そうですね」
僕は腰に取り付けている鞘から、黒い特殊合金で作られたコンバットソードを引きぬいた。
薄暗いストリート街と、無光沢な剣の刀身が同化している。
「殴り込みに行くとしよう」
僕はセルに向かってそう言うと、コンバットソードの柄を、薄汚れた窓ガラスに思いきり叩きつけた。
『パリン!』
脆いガラス素材が耐えられるはずもなく、いとも簡単に砕ける。
ガラスに付着していた埃が舞い。周囲にガラスが飛び散っていった。
「なっ!?侵入者だ!」
「今の会話…聞かれていましたか…仕方がありません。お前たち、こいつらを始末するんだ」
ビジネスマンの指示によって、護衛者が拳銃を取り出そうとする。
だが、セルがテーザーガンのトリガーを引く方が圧倒的に早かった。
『チュン!』
独特な効果音とともに、電極が広範囲に広がり、拳銃を構えている二人の護衛、そして背後に座っていたビジネスマンに突き刺さる。
次の瞬間、高電圧の電流が、電極を通して勢い良く流れでた。
「「ぐあああ!?」」
あまりの激痛に、床にへたり込んでしまう護衛達。
最新鋭の護身武器はかなり便利だ。いとも簡単に敵を無力化することができるのだから。
「クソがぁッ!あと少し…あと少しで私の夢が叶いそうだったのに!!邪魔をするなぁッ!」
血眼になって立ち上がろうとするビジネスマンだったが、激しい電流の影響で立ち上がることができない様子。
常人なら立てなくて当たり前である。
残るは買い手の男だけだ。
「俺も舐められたものだな…この男よりも先に、俺に向かってテーザーガンを打つべきだったぞ?」
「ん?どうして?」
「それは勿論…この俺が武術に長けているからに決まっているだろ!」
どこからともなくコンバットナイフを取り出した男は、素早く僕に切りかかってくる。
鋭い刃が僕の心臓目掛けて飛んでいき…。
『キィン!!』
僕は別の手で握っているコンバットソードでパリィした。
金属が衝突しあい、澄んだ衝撃音が木霊する。
黒い閃光が散り、ナイフが後方に弾き飛ばされた。
「二刀流だとッ…?クソッ!?なんなんだよお前は!?」
丸腰になったビジネスマンの男は怯えたように僕のことを見つめてくる。
「君達はさっき、スキルのことについて話していたよね?まるで魔法のようだと」
「は?…だから何だっていうんだ!?」
予想だにしない内容に、男は戸惑いの表情を浮かべる。
「特別に見せてあげるよ。僕のスキル…現代風の魔法をね」
「ッ…!?スキルの使い手だと…!?まさか…特務警察の人間か!?」
「ご名答」
「我々の任務を邪魔するな!国際問題に発展するぞ!」
男はそう言うと、スーツの懐から拳銃を取り出した。
「よく分からないけど、僕も任務があるから君を生かすわけにはいかないんだ」
「ふざけるなッ死ぬのはお前だ!!」
男はそう言うと、僕に銃口を向け、躊躇なく拳銃のトリガーを引く。
火薬の爆発音とともに、数々の銃弾が僕の心臓目がけて飛んできた。
しかし…。
「スキル使い相手に拳銃なんかで立ち向かおうとするなんて、君はとっても愚かだな」
次の瞬間、僕の目の前に正方形の壁が現れた。
飛翔する弾丸は、正方形のバリアに吸収され跡形もなく消え失せる。
目の前の光景を目にした買い手の男は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべると、後方に引き下がり、僕と距離をとる。
「……羨ましい…生まれた時から力を持っているなんて…世の中は不公平だ…」
テーザーガンによって無力化されているビジネスマンの男は、羨ましそうに僕を見つめると、自分の不幸を嘆き始めた。
僕は寝たきりの男に向かって冷たい視線を向ける。
「僕の場合、生まれた時からスキルを所持していたわけではないよ」
「は?それってどういう…」
「君が持っている我が国の機密ファイルに書かれている処置と同じことが僕にも施されたんだ」
一瞬の静寂ののち、ビジネスマンの男は驚愕の表情を浮かべた。
「お前は…スキルを与えられたのか!?政府の実験によって!?」
「ああ。その通りだよ。僕はアストラリス国の実験体第一号だ。僕の実験が成功したからこそ、そのファイルは存在しているんだ」
まさかこんなところで忌々しい実験ファイルと出会うとは…。少しばかり因縁があるものなので早いうちに回収するとしよう。悪人の手に渡ったらかなり面倒くさい事になる。
僕がそんなことを考えていると、ビジネスマンは羨望の生差しを僕に向けてきた。
「そ、それなら貴方にもわかるはずです!スキルを持たない者の気持ちが!強い力に憧れる気持ちが!!」
「おい。喋るな!」
セルは不機嫌そうに尻尾を垂らすと、テーザーガンの引き金を引き、男たちに向かって電流を再放電する。
「ぐぁぁアッ!?」
愚かなビジネスマンは耐えがたい苦痛を与えられ、苦悶の叫び声をあげた。体を動かすことができないため、彼らはのたうち回ることができない。
筋肉がビクビクと痙攣し、苦痛の叫び声をあげている。だいぶ苦しそうだ。
「力が欲しいならまずは自分で努力してみたらどうだ?身の丈に合っていない力を貰ったところで扱えるわけない。それに、スキルを人工的に作り出す手術には代償だってあるんだぞ?そんなことも知らないで、よくもまぁ自分の理想をつらつらと述べることができるね」
夢見心地のビジネスマンに向かって、僕は現実を見せつけようとするのだが…彼は何も聞こえていないようだった。
「何言っても無駄ですよ。コイツは気絶しています」
「へ?」
「いや…少し放電しすぎたようです。すみません」
「そ、そうか…。じゃあ僕は残りの人間を始末するから、セルは売り手と護衛の人間を縛っといて」
「はい分かりました」
僕はそう言うと、買い手の男と再び対峙する。
少し調子が狂ったけど…まぁ良いか…。
自分の業務を全うすれば良い話だ。
「ごめんねー。君のことほったらかしにして」
「は?な、舐めているのかッ!?殺すぞ!」
僕の言葉を聞いて今まで様子を窺っていた買い手の男は激高しだした。
滑稽な姿の男に、僕は冷ややかな視線を浴びせる。
「ハッ。舐めてるに決まってるじゃないか。君程度の実力じゃあ、僕に害を与えるどころか、触れることすらできないよ」
次の瞬間、男の右腕が弾けとんだ。エネルギー状の剣のような形をした物体が、男の分断された右腕に差し込まれている。
勿論僕はなにもしていない。それどころか一歩も動いていなかった。
「は…!?」
状況が理解できないのか呆けた声を漏らす買い手の男。
理解するまで待つつもりなどさらさらない。
僕がそう考えたのと同時に、男の左腕も弾け飛んだ。
「ッ!?ぐぁぁあッ!?お、おま…い、一体俺に何をしたッ!!?」
「僕のスキルの名前は『界面結界』と言ってね、一次元の結界を張ることができるんだ」
主に結界術は二次元、三次元に効力を及ぼすが『界面結界』は異なる。
この力は一次元の結界を張ることができるのだ。
説明するのは難しいから実際にやってみせよう。
情けをかける必要はない。ここは己の考えを武力で相手に押し付ける世界なのだから。
未だに状況を理解できていない男に対して、僕はとどめを刺すことにする。
僕は男の首を、『切断結界』の効力を付与した一次元の結界で撥ねた。
次の瞬間、胴体から切り離され男の首が地面へと一直線に落下していく。
頭部が落下する最中、男は目をギョロギョロさせていたが、既に手遅れだ。
絶命した事実は覆ることがないのだから。
「終わりましたか?」
「うん。終わったよ。ファイルを回収してさっさと逃げよう」
「相変わらず仕事が早いですね。難しいスキルの使い方も前よりうまくなってますし」
セルはそう言っているが、やり方はとても簡単だ。
先程のエネルギーソードは『界面結界』の能力によって生み出された一次元の結界である。
結界の効果としては、『崩壊結界』『切断結界』『吸収結界』の三種類。結界内に入った対象にこの三つの能力が使えるというわけだ。
要するに『界面結界』は直線を空間上で操り、敵を『崩壊』『切断』『吸収』することができる。
先ほど発生させたバリアだが一次元に結界を張ることのできる『界面結界』の応用だ。
数学の世界では直線を組み合わせることで、平面、立体が作れるように、僕のスキルでも三次元の結界を張ることができる。
応用がきくし、ほとんどの場合一撃で敵を殺すことができるのだが、細かい制約もあった。
先ず、『界面結界』を発動させることができるのは、僕を中点とした半径十メートル圏内だ。
同時に発動させることができるのだが、結界の表面積の合計が百平方メートル以上となるような張り方はできない。
一次元では表面積が加算されないので理論上は無限に併用できるのだが…七本の結界ソードを生成するのが限界である。
これ以上多く作ろうとしてしまうと、僕の脳に膨大な負荷がかかってしまう。だから七本までが限界なのだ。
「ファイルを回収しました!この人たちどうしますか?」
「僕たちの任務はファイルの回収だけだから放っておいてもいいんじゃない?少なくとも僕の脅威ではないからね」
気絶していて聞こえなかったようだが、こいつらが百人束になって僕のことを襲ってきたとしても全く負ける気がしない。
僕はそう思っていたのだが…。
「あ。やっぱり始末しておこう。コイツはファイルの中身を見たんだ。国家秘密を口外する可能性がある以上、口封じをするしかない」
「そうですね。私が後始末をしておきます」
「うん。僕も手伝うよ」
僕はそう言うと、国の仇となるゴミを始末することにしたのだった。
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