リストラの遊び人

@nelasob

第1話


 「お姉さんに教えてくれないかな?この三人を殺したのは君なの?」


 シミ一つないスーツを奇麗に着こなした女性刑事が、僕に優しく問いかける。

 目の前の机には、カラー写真が数枚並べられていた。


 う~ん。こんな奴殺したっけ?

 心当たりが多すぎて分からないよ…。


 僕は内心そう思いながらも、心の声を口にすることなく、純粋な子供を演じ切ることにする。


 「違うと思うよ。僕は十二歳の孤児だし、大人相手に勝てるとは思えないなぁ(棒)」


 普通の子供なら、大の大人三人を殺害するなんて到底無理な話だろう。


 確かに、僕は幼い頃から弱肉強食の世界を生き抜いてきた。

 過酷な環境で精神が摩耗し、「殺し」に対する抵抗感が薄れてしまったのだとしても、力勝負で勝てるわけがない。

 大前提として僕は栄養不足の子供なのだ。力でねじ伏せるなんて無理がある。


 僕は目の前の女性刑事に向かってそう伝えると、刑事は興味深そうに僕を見つめ、品定めでもするかのように観察してきた。


 「…あっ。そういえば自己紹介がまだだったね。私は刑事のエフェトルだ。君…名前はエリアルと言ったね?」

 「うん。僕はエリアルだよ」

 

 幼い僕を道端に捨てた、顔も知らない母親からの唯一の贈り物…。

 自分の名前に愛着もなければ忌避感もない。

 無責任な親が僕に付与した、ただの固有名詞だ。


 「ふむ…孤児の割には十分な言語能力を備えているようだね…。だったらこれを使っても大丈夫そうだ」


 エフェトルという女はそう言うと、ランプが取り付けられた白い箱のような機械を取り出した。


 「これは?」

 「わかりやすく言うと、嘘発見器さ。この機械は声帯の微かな揺らぎを探知することができる。君が嘘をついたかどうかすぐに分かるよ」


 なるほど。この世の中はこんなにも便利な物が存在していたのか……。

 孤児の僕には無縁な世界だったというのに。


 「やっぱり孤児にしては良い言語能力だね…いったいどこで学んだんだい?君の生きている環境はお世辞にも良いとは言えないけど…?」


 エフェトルという女性刑事は机の上に置かれている嘘発見器に視線を向ける。

 

 「ホームレスと会話する内に自然と身に付いたものだよ。言葉を使うのはそれほど難しいことじゃないし、ごみ箱から古い新聞を拾えば文字も読めるようになる」

 「すごいじゃん。君は天才だね」


 うん。僕は間違いなく天才だろう。人に言われなくても分かってるし、自覚している。


 人を騙すためには一定レベルの言語能力が必要不可欠だ。生きるために言葉を巧みに操る必要があったから僕は言語を習得したのに過ぎない。


 そんなことを考えていると、エフェトルは僕の頭を優しく撫ぜた。

 悪い気はしないが、育ってきた環境が悪かった影響で僕はひねくれている。一つ一つの行動に何か裏があるんじゃないかと思えてきた。


 「ひょっとして…小児性愛者ロリコン?」


 一瞬だが、エフェトルが動揺したのを僕は見逃さない。


 「い、いやそ、そんなことはないよ!?」


 ピー…。


 嘘発見器から音が鳴り、ついでにランプが点灯する。


 「お姉さん…嘘つくの下手だね」

 「くぅ…この私が子供に一本取られるなんて……」


 なんか嬉しそうに見えるんだけど…?

 ロリコンってこんな感じの人なのかな…?


 悔しがっていたエフェトルだが、僕が呆れた視線を向けると、慌てて姿勢を正した。

 凄い切り替えの早さだ。


 「コホン!……ま、前置きはこのくらいにしておいて本題に入ろう。君みたいな天才なら大人三人を相手にすることなんて簡単なんじゃないの?早く吐いた方がお互い楽なんだよなぁ…」


 どうやら話の核心に迫ってきたようだ。

 周囲の温度が一気に低くなり、彼女の視線は更に鋭く研ぎ澄まされる…。


 「だから、無理だって…そもそも力勝負じゃ大人相手には勝てないんだから」


 ピー…。


 あ、やべ。


 「ふふふ。この装置の前では嘘は付けないよ。それに、力が弱くたって、相手を翻弄することは出来るはずだ」

 「どうやって?」

 「頭の良い君ならわかるはずだ…ココを使えば良い」

 

 エフェトルはそういうと、自分の頭を華奢な人差し指で指さす。


 「死角を意図的に作り出したり、相手の攻撃を誘導したり…力がなくても、頭を使えば有利に戦える。どう?君にならできるよね?」


 …やけに具体的だな。この人も死闘を経験したことがあるのだろうか。


 「おばさんいったい何者?」

 「ッ!?おばッ…!?…」


 エフェトルと名乗った女は僕の言葉を聞いてなぜか動揺していたが、直ぐに元の態度に戻る。「まだまだ二十代なのに…」とつぶやいていた気がするのだが、多分気のせいだろう。


 「まぁ良いや」


 別に彼女が何者かであろうとも、僕には関係のない話だ。


 「もう十分でしょ。嘘発見器の結果だけで僕を検挙することはできないはずだ。僕が人を殺したっていう決定的な証拠はないんだし。そろそろ解放しても…」


 僕の言葉を聞いて、エフェトルは初めて妖しいげな笑みを浮かべる。

 含みを持った表情が、僕の不安を掻き立てた。


 「…いや、証拠ならあるよ」

 「…え?」


 おいおい…。そんなの聞いてないって…。

 誰にも見つかることのない屋上で始末したんだぞ?…確かに…一人が逃げ出して、恐怖の影響で転びに転んだ挙句、屋上から転落されるという愚行を冒されたが、通報される前に逃げた。

 検挙する証拠なんてあるはずがない…。


 僕はそう思っていたのだが…。


 「いくら天才だったとしても君は孤児だ。科学技術には疎いんだろう?」

 「え?」 

 「DNA鑑定、指紋鑑定…。警察のデータベースにはこの国の国民全員の生体情報が保存されている。戸籍のない孤児とて例外じゃない」

  

 DNA…指紋?

 

 孤児の僕に、専門的な用語を使って攻撃するのはやめてほしいものなのだが…。

 

 「というわけで君が殺人犯だってことは確定している。まぁ、その判決を覆せる優秀な弁護士がいたとしても、君の運命はもう決まっているんだけどね」

 「どういうことだ?」

 「本来なら問答無用で君は少年院に送られるはずなんだけど、君は大人三人を軽々と殺すことのできる天才だ。そこで政府が君に特赦を与えた」

 「特赦って?」


 う~ん。難しい言葉だ。

 少なくとも新聞紙には書かれていなかった…。

 あったのかもしれないが、僕が読み落としていたのかも…。 


 「簡単に言うと、君の犯した罪が全部許されるってことだね」

 「わー。それはすごい」


 そんなうまい話があるものなのか?政府という組織は人々に許しを与える神みたいなものなのだろうか?

 警戒心が強い僕は、彼女の言葉を聞いて自分の耳を疑ってしまう。


 「勿論、なんの代償も払わずに許されようとは思わないでね?君にはこれから政府の犬になってもらおう。所属先は『特務警察』。今日から君は我が国のスパイ工作員だ、まぁ、仕事内容としてはスパイよりも秘密警察の方が適しているかな」

 「『特務警察』?」

 「うん。我が国は一年三百六十五日、年中無休で危険に晒されている。テロ組織や敵対国家…隕石がもたらした放射能による超常的な力も例外じゃない。特務警察の役目は、我が国に降りかかる火の粉をすべて払いのけることなんだ」

 「ほうほう…。つまり、君が言いたいことは、殺人の罪を帳消しにする代わりにこの国の諜報員になれと?…まぁ僕は人を殺してなんかいないけど…」

 「今更嘘ついたって私には分かってるから。君の眼は人殺しの眼だ」


 そんなこと言われてもしっくりこないんだよなぁ…。


 「ところで僕が断ったらどうなるんだ?特赦はなくなるの?」

 「いやいや。何を勘違いしているのかは知らないけど、君に拒否権はないよ。君は幼いながらにして賢いし強い。少し道を踏み外しちゃったみたいだけど、子供だから簡単に矯正することができる。我が国にとって最高の人材だ。易々手放す訳には行かないんだよ」

 

 …そういうことか…。

 身寄りのない子供、特に武術、頭脳に秀でた子供スカウトし、国の戦力に仕立て上げる…。

 戸籍がない人間は過去を知られることはない。まさにスパイに適した人材と言える。


 実によくできた国だ。

 

 「嫌だって言っても…やっぱり、無駄なんだよね?」

 「その場合は、筋肉の弛緩剤を打たれて君は処刑されるよ。死を選ぶか、国に支配され、捨て駒のように扱われるか…。好きに選ぶといい」

 「ところでおばさんは何者なんだ?」

 

 僕の一言によって再び動揺するエフェトルだったが、すぐさま平静さを取り繕う。


 「私は『特務警察』のエージェント。この国のために命を懸ける政府の犬さ」


 すべてが僕の脳内で繋がった。

 彼女の不自然だった言動行動が、彼女の正体を耳にした途端、パズルのピースのように繋がっていく。

 

 どうやら僕は、政府に目を付けられてしまったらしい。そして目の前に座っているのは国の忠実な犬。

 僕はその一員にならないかと提案されているのだ。


 「政府に支配される人生って楽しくなさそうだね」

 「国に貢献するのは楽しいよ?」

 「わー。結構重傷みたいだ…」

 「大丈夫。君もすぐにそうなるよ」

 

 今日から僕は、アストラリス国の操り人形となった。その上仕事まで与えられるらしい。

 社会の裏に潜み、国家に貢献する陰のお仕事。

 所謂スパイと呼ばれる役職に、僕は無理やり就かされた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「先輩!起きてください!!」


 誰かが僕の睡眠を妨げてくる。

 ただでさえ睡眠時間が少ないというのに、僕の休息を邪魔する不届き者はどこのどいつだ?


 唯一の至福を妨害された僕は、たちまち不機嫌になった。

 せめてもの抗いとして、呼びかけてくる声を全力で無視する。


 「いつまで寝ているんですか!任務の最中ですよ!?」


 に、任務…!?


 その言葉を耳にいた僕は、脊髄反射によって、体がビクンと震える。しかし、頭の中は霧がかかったように朧気ではっきりとしない。


 …うぅ

 ……眠い…。

 ………けどやらなきゃいけないことがあったような…。なかったような…


 「起きてくださいって言っているでしょ!長官に私まで怒られちゃうので起きてくださいよ!頼みます!!」


 悲鳴に近い後輩の叫び声によって、彼女の発言が僕の脳内で解読される。


 あぁぁ…そうだった…仕事中だったぁ…。


 一気に記憶が蘇ってくる。 

 現実を思い出した僕は勢いよく飛び起きた。


 「ご、ごめん」


 ワゴン車の助手席に座っている僕は、運転席に座っている後輩に向かって謝罪の言葉を浴びせる。

 次の瞬間、僕は彼女から非難の視線を向けられた。


 「任務中に寝るなんて馬鹿なんですか…?」


 彼女は全身純白の体毛で覆われている狼の獣人だ。

 顔と胴体のパーツが人間で、獣耳や尻尾が生えた半獣人もこの世界には存在するが、彼女、その名もセルは完全なるケモ娘。

 少し人間味のある顔、狼特有の尖った鼻、そして三角形の大きな耳。


 約三十年前、海に囲まれた孤島の国に墜落した隕石によって、この世界は大きく変化した。

 僕にとっては獣人が存在する世が当たり前の世界なのだが、ひと昔前は空想の中の出来事だったらしい。


 この世界が創作物のように変化したのは、隕石の中に含まれていた特殊な放射能『スペルバイト』が影響している。

 特異なエネルギーを放出し、遺伝子に直接影響を与える放射性物質。通常の放射線とは異なり、細胞を破壊するのではなく、逆に進化や変異を促進させる効果がある。

 空中希釈率が低いスペルバイトは世界中に蔓延し、今もなお増加し続けている。

 世界全ての人間がスペルバイトに被爆し、隣にいるケモ耳が生えた少女が誕生したというわけだ。


 「どうしたんですか?私の顔になにかついているんですか?」

 「いや。何でもないよ」

 「だったら見つめてこないでください。エリアル先輩って目が死んでるのでちょっと怖いです」

 

 …心外だな…。

 

 「ところでどんな夢を見ていたんですか?」

 「え?なんで?」

 「寝言がうるさかったです。ゴニョニョ言っていてなんて言っているのかは聞き取れなかったですけど…」


 僕…寝言を言っていたのか…。

 今度から気を付けよう…。


 

 「幼少期のころの夢を見てた」

 「エフェトル長官に保護される前の記憶ですか?」

 「そう。僕が小児性愛者を殺して特務警察に捕まった時の夢」


 なぜ今更になって幼少期の記憶が掘り起こされたというのだろう。僕がエージェントとなった原点ではあるが、あまり思い出したくないものだ。

 僕は疑問に思ったが深く考えないことにする。


 「そんなことより任務に集中したまえ。僕の夢の内容なんてどうでもいいから」

 「ふん…寝ていたくせによく言いますよ…長官に怒られても知りませんからね?」

 「え?…チクるの?長官に?」

 「……言いませんよ。そんな怯えた表情しないでください。胸が痛くなります」

 「流石は僕の後輩!」


 セルは不機嫌そうだったが、これ以上僕に対して文句は言ってこなかった。

 数ヶ月の付き合いで僕の扱い方を覚えたようである。

 僕の組織は2人一組でバディを組んで捜査することが多いのだが、ペアとの相性が悪すぎる影響で、今まで僕は何度も鞍替えされていた。

 しかし、セルとの関係は3カ月も続いている。自分でも驚きだ。


 「調子はどう?目標は現れたか?」

 「エリアル先輩がぐっすり寝ていた間、私がずっと偵察していたんですからね?感謝してください」

 「それに関しては感謝したくてもしきれないよ。だから状況を教えてくれ」


 僕の顔を見て、セルは溜息を吐きやがった。


 「まだターゲットは現れていません。この調子だと、予定時間ピッタリに現れそうですね」 


 今回の任務は、国家機密の極秘データを奪還することだ。

 詳しい経緯は話を聞いていないから分からないが、セルから大雑把な内容を教えてもらった。


 どうやら、我が国の国務防衛省に敵国のスパイが入り込み、開発途中の兵器の設計図が盗まれてしまったようだ。


 僕たち(主にセル)が血眼になってファイルのGPSを追い、やっとのことで特定できた場所がこの地点なのである。

 セルによると日付が変わる12時に極秘ファイルが闇商人と取引される。

 そこに僕たち二人が突撃し闇商人とバイヤーを確保する手筈となっていた。

 

 スーパーエリートエージェントである僕が呼び出されたということは、今回の極秘ファイルは何があっても奪還しろということだ。

 武力行使も許可されているので楽勝の任務である。

 

 「時間です。先輩」


 後輩の呼びかけによって、僕の意識は現実世界に引き戻される。


 「それじゃあ行こうか。任務を始めよう」

 「がんばりましょうエリアル先輩!」


 エンジンを切り、ワゴン車から出た僕たちは、目的の廃ビルへと近づくのだった。

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