第16話

 意識が浮上した時には、布団の中にいた。

 ひどく体が重い。先ほどの光景がフラッシュバックして、吐き気を催した。


「うっ……」

「起きたのね。いま洗面器を持ってくるわ。お水は枕元にあるから」


 洋子さんの優しい声がした。そのトーンに、ほんの少しだけ心が落ち着く。ここはもう安全なのだと本能的に理解した。

 体を起こし、枕元に置かれたコップを手に取る。よく冷えた水が身体を駆け巡り、むかむかしていた胸のあたりをすっきりさせた。


「はあ……」


 背中が汗でべったりしていて気持ちが悪い。暑さでかいたものとは質が違って、とても嫌な感触だった。

 静かにふすまが開き、洋子さんが戻ってくる。


「お待たせ。洗面器はここに置くわね。……動けそうなら着替えましょうか。お顔の汗は拭いたけど、身体も気持ちが悪いでしょう」

「……そうします。すみません。洋子さん」

「いいのよ。大変だったわね。ごめんなさいね、気づけなくて」


 何も聞いてこない洋子さんの態度に、涙がこぼれそうになる。

 とうとう、わたしが学校でいじめられていることに気づかれてしまった。洋子さんには心配をかけたくなかったのに――。


「あとのことは気にしなくていいから、とだけ伝えておくわ。治郎ちゃんが学校に連絡を入れて、彼女たちを島の入り口まで連れて行ってくれたから」

「治郎さんが? ご迷惑をおかけして、すみません」


 関係のない治郎さんまで巻き込んでしまって。ますます自分が嫌になる。


「……安寿ちゃん。明日、詳しく教えてくれるわね? 今までのこと」


 泣きそうな、洋子さんの声。

 驚いて顔をあげると、ここに来てから初めて見る、とても悲しそうな表情をしていた。

 その顔を見て、いっそう胸が苦しくなる。


「…………はい」


 誤魔化しはきかないと、そう思った。

 わたしが素直に頷いたことに洋子さんは安心したみたいだった。


「ありがとう。じゃ、今はとにかくゆっくり休んだほうがいいわ。何かあったらいつでもわたしの部屋に来てちょうだい。スマホで連絡くれても大丈夫だから」


 そう言って、洋子さんは部屋から出ていった。トンとふすまが閉まる音が、空しく響く。


「はぁ……。最低だ、わたし」


 バサッとタオルケットをかぶり、その中で丸くなる。

 不用意な発言で鈴木さんたちを怒らせて、自分の大切なものを失って。洋子さんにも心配をかけてしまっている。自分の行動をもう一度よく振り返ってみようと思うのだけれど、頭の中がぐちゃぐちゃで、無理やり思い出そうとすると吐き気がする。


 これまでどれだけ辛い目に遭っても健康だけが取り柄だった。こうして体調に影響が出るのは初めてかもしれない。


「だめだ……とりあえず寝よう」


 目をつむり、無心になると少しは楽だ。

 一晩寝れば、身体は元気になるだろう。すべてを明日に先送りして、わたしは眠ることを選択した。


 ――けれども。

 次の日も、その次の日も、わたしは布団から起き上がることができなかった。

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