第15話

「えっ」


 驚きのあまり、次の言葉が出てこなかった。

 鈴木さんは眉間に皺を寄せて、ひどく不愉快そうに言った。


「しらばっくれないで。二人で学校を出て、電車に乗るのを見たって子がいるんだから」


 怖い顔をした鈴木さん。ほかの三人も同じようにこちらを睨んでいる。

 ここではっと思い出す。彼女たちは風丸くんに熱視線を送る女子たちの一人で、先日の体育でも、バスケットをする風丸くんをコートの外で応援していたことを。


「なんであんたなんかが彼に気に入られるのよ。汚い手でも使ったの?」

「……い、いや、わたしはなにも……。ただ席が近いだけで……」


 わたしだって、どうして彼に声をかけられているのか分からない。それを知るために一緒に出かけただけで、デートなんかじゃない。昨夜布団の中に入ってそのことをもう一度考えてみたのだけれど、やっぱり答えは分からないままだ。

 ――じっとりとした嫌な汗を背中に感じながら、そう答えた。途端、鈴木さんの表情がこわばる。


「あんた、うちらを馬鹿にしてんの!? それに、あんた自分の荷物を風丸くんに持たせてたんでしょ!? ほんとうに何様なのよっ」

「ちょっと美人だからって調子に乗りすぎでしょ!」

「いじめられてるくせにっ」

「風丸くんは優しいからあんたのことを気にしてあげてるだけ。勘違いしないでよね!」


 次々と飛んでくる罵声。

 不快さよりも戸惑いが上回る。わたしなんかが風丸くんとどうにかなる訳がないのだから。鈴木さんたちが心配する必要は全くない。

 だから提案した。


「わたしに価値がないことはわかってます。風丸くんも、それは分かっていると思います。……みなさんは風丸くんのことが好きなんですよね? そうしたら、今度彼の部活が無い日と言われた日はお声がけしましょうか? わたしはいいので、みなさんでお出かけしたらどうでしょう」


 ――言い終えた瞬間。わたしの視界は激しく横に揺れて、頬に熱が走った。

 しまった。わたしは何かを間違えてしまった。――そう気がついたのは、あまりに遅すぎた。


 頬を打たれてふらりとと地面に膝をつく。鈴木さんが胸ぐらを引き寄せ、何かを掴んで力任せに引っ張った。


 ――――ブチッ。

 脳裏に残る、嫌な音がした。


「なによこんなものっ! 地味なくせして生意気なのよ!!」

「あっ……!」


 鈴木さんの右手からは、ゴールドのチェーンがのぞいている。わたしのネックレスだ。

 彼女は助走をつけてそれを振りかぶり――庭の端から海に向かって腕を振った。

 彼女の手からきらりと光るものが見え――それはすぐに、見えなくなる。放物線は闇夜にまぎれ、もはやどこに落ちたのかさえ分からない。


「う、嘘……っ」


 切り立った庭の端から身を乗り出し、眼下に広がる黒い海を見下ろす。

 あれは、魔女の子どもが持って産まれる祝福だ。一生に身に着けて、その加護を受けるもの――。

 散々な人生を送っているから、祝福なんてただの言い伝えなのかもしれない。それでも、わたしがわたしである証のように感じられて、大切に身に着けていたのに。


 呆然とするわたしをよそに、鈴木さんたちは周囲を見渡し、そして庭の隅に向かった。そちらにあるのは物置小屋だ。


「あ……そっちは……」


 喉が締め付けられたようになり、上手く声が出ない。

 そんなわたしを見て、彼女たちは歪に笑う。


「あんた、夜な夜な箒を作ってるんだって? 去年同じクラスだった子が言ってた。骸骨の癖に、気色悪いわね」


 ――そこからの記憶は曖昧だ。

 鍵のついていない物置小屋はいとも簡単に暴かれた。中に入っている箒や、作りかけのものが次々と引っ張り出され、そして踏みつぶされていく。穂の枝が折られ、乾燥エニシダはぶちまけられ、赤い座布団は踏みつけられ――。悪夢のような光景のなか、しめじだけが彼女たちを糾弾するように激しく吠えていた――――。


 

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