第14話
翌日、夏休み初日。
島は朝から観光客でにぎわう、魚心亭の外にも開店を待つ人の列ができている。洋子さんの指示で少し早めに入口の鍵を開け、「営業中」の看板を出すと、わらわらと人が流れ込んできた。これは忙しくなりそうだと腕まくりをする
。
その予想通り、客足は途切れない。ランチタイムのピークを過ぎても、一組出れば一組入るといった感じで、店内は満席が続いた。休憩に入れたのは午後の四時。洋子さんに至っては休憩に入る暇がなく、治郎さんが握ってくれたまかないの一口寿司を物陰でポイと口に放り込むことしかできなかった。そして、そのままディナータイムに突入していく。
洋子さんは客の案内や会計、簡単な調理の補助を。わたしはオーダーを取り、食事を運ぶ。しめじは並んでいるお客さんにご機嫌伺いをする。そのように分業して、目まぐるしく客をさばいていたとき――ぽんと肩をたたかれた。驚いて振り返る。
「洋子さん!」
「ごめんね、作業中。あのね、三番テーブルにお友達が来てるわよ」
「えっ、お友達?」
小桃ちゃんかな? だけど、小桃ちゃんは小桃ちゃんで、家のお土産屋さんの手伝いに奔走しているはずだけど――?
小桃ちゃん以外に友達と呼べる人はいない。一年生のころはいじめられていなかったけど、長い幽閉生活明けのわたしはひどく痩せて骸骨みたいな見た目をしていた。だからか近寄ってくる子はほぼおらず、わたしも人付き合いがよく分からなくて、積極的に話しかけることもなかった。
よって、全く心当たりがない。
首をかしげるわたしに、洋子さんは早口で告げる。
「安寿ちゃんとお話したいみたいよ。あと三十分でラストオーダーだから、安寿ちゃんはそこまでで大丈夫。そのあとは、お友達と合流なさい。わたしは夜治郎さんと飲みに行くから、家に上がってもらってもいいと思うわ」
そう言って、洋子さんは足早に仕事へと戻っていった。
「はいよ! 一番テーブル、生しらす丼と海鮮丼あがりっ!」
「はっ、はいっ!」
目の前の厨房から、治郎さんの威勢のいい声があがる。慌てて丼をお盆に乗せて、客席へ運ぶ。
食事を配膳したのち、三番テーブルを確認する。そこには、クラスの女の子四人がいた。
名前は分かるけど、話したことはもちろんない。いじめられているわたしは、教室の隅で静かにひっそりと生きている。
話があるって、一体なんだろう? そう思いながら、三番テーブルへ向かう。
近づくわたしに気づいた子が、「あっ」と声を上げた。
「こんばんは……小早川です」
「……わたしたち、あんたに言いたいことがあってきたの」
左奥に座っている、ボブヘアーの子が言った。鈴木さんだ。
お盆を持つ手が震えるのを必死で抑えて、返事をする。
「はい。……すみませんが、あと三十分でラストオーダーなので、そのあとでも大丈夫ですか? い、今抜けるわけにはいかなくて……」
「……わかった」
「すみません。いったん失礼します……」
席に背を向け厨房に戻るわたしの心臓は、うるさいぐらいに高鳴っていた。
鈴木さんのあの目は、魔女の里でわたしを疎ましく思う人たちのそれにそっくりだった。両親に、姉と妹。そして近所の人たち。
なにか――なにか嫌なことが起こりそうだ。逃げ出したい。今の生活を壊さないでほしい。魔力がなくたって、ここでは誰にも迷惑をかけていないはずなのに――。
ぐるぐると、負の気持ちが心に渦巻いていく。三十分後が恐怖で仕方なくて、永遠にラストオーダーなんて来なければいいのにと思った。
◇
願いむなしく時は流れた。
時間が来たことに気づきながらも、座席の片づけをしていたわたしに、「上がっていいわよ」と洋子さんがわざわざ声をかけてくれた。
散漫な動きでエプロンを外し、Vネックの黒Tシャツとスキニーデニムの姿になる。三番テーブルに向かうと、彼女たちも帰り支度をしていた。テーブルにつり銭トレイがあるから、会計も済ませたみたいだった。
「お待たせしてすみません。終わりました」
「はあ。待ちくたびれたんだけど。……もう閉店なんでしょ。外で話すから」
そう言って、鈴木さんたちは店の外へ出た。わたしは一番後ろから、彼女たちに続く。
「暑っ。このへんって森しかないじゃん。どこがいいかな……」
「ごめん優美ちゃん。江ノ島ってあんまり来ないから」
「ぶらぶら歩きながら探す?」
――どうやら、彼女たちは話す場所を探しているらしかった。
「あの。うちでもいいですよ……。よかったら、ですけど」
この辺りは江ノ島でも奥の方になるので、ベンチもなにもない。しばらく坂を下ればサムエル・コッキング苑という観光スポットがあるけれど、そこに行くのはさすがにおかしいと分かる。楽しい話でないことは、現時点で十分に伝わっているからだ。
それに、知らない場所で彼女たちと一緒にいるのは少し怖いと思った。自分のテリトリーにいるほうが、まだ気が楽だ。
「じゃあ、あんたんちで」
「わかりました。……すみません。部屋が散らかっているので、庭でもいいですか?」
「別にいいけど」
実のところ、部屋は片付いているけれど。密室で四人対一人になるのも逃げ場がないようでなんだか嫌だった。さまざまな迫害を受けてきたためか、危機回避をする本能が働いていた。
庭に移動すると、寝転がっていたしめじがパッと起き上がった。ぞろぞろと庭に人が来るのを見て、耳を横に倒し、珍しく自分の小屋に入っていった。
四人は、わたしを取り囲むように並んだ。
腕を組んで怖い顔をした鈴木さんが口を開く。
「あんたさ、昨日風丸くんとデートしてたでしょ」
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