第3話
わたしは姿かたちこそ人間と変わらないけど、現世の存在ではない。現世と対になる幽世という世界で産まれ、そして育ってきた。
幽世というのは、人間の言葉で表すなら『異形のものが棲まう世界』。いわゆる妖怪であるとか不思議な存在とか、そういうものが集落を形成して生活を営んでいる。
そんな幽世の、虹の橋を渡ってすぐのところにある魔女の里。深い森の中にある屋敷でわたしたち一家は暮らしていた。
家族は五人。鬼のお父さんに魔女のお母さん、そして姉一人に、妹が一人。おばあちゃんもいたのだけれど、わたしが六歳になる前の日に亡くなった。
(みんながわたしに優しかったのは、五歳の誕生日までだった)
魔女の子どもは五歳になると首長の屋敷で魔力の測定を受ける。そこで分かったのは、わたしには魔力がほとんどないということだった。通常の子どもが千あるとするなら、わたしの魔力は一程度しかなかったのだ。
その日から、わたしはいないも同然に扱われるようになった。仄暗い蔵に押し込められ、食事は家族の残飯が一日一回差し入れられた。教育を受ける年齢になっても学問所には行かなくていいと言われ、蔵に積まれた埃っぽい古本を読むしかなかった。――家族はわたしの存在が恥ずかしくて、表に出したくないんだろう。幼心にそう理解していた。
魔力のないわたしは普通に暮らす資格がない。魔力のないわたしが学問所に行く意味はない。それは自分でも当然のことに思えた。なにしろ魔女の里は魔法が使えることが前提で成り立っている。無能なわたしは無価値で何の役に立つこともできないのだから。
閉じ込められている倉庫からは、時折外から陰口のようなものが聞こえた。わざわざ他の里からわたしのことを覗きに来る妖怪もいた。
そして、自分にとあるあだ名がつけられていることを知った。
――「飛べない魔女」。
それは、魔女の里における最大級の卑称だった。
魔女であれば、誰しもが普通にできること。箒に乗って、空を自由自在に翔けまわること。
それができない――つまり、お前は魔女ではない、はりぼての魔女だ、そういう意味が込められている。
「味方をしてくれたのはおばあちゃんだけだった。飛べなくても箒を作ることはできるからって、こっそり作り方を教えてくれたの」
しめじのふさふさした毛を撫でながら呟く。
箒を作るのに必要なのは、魔力ではなく魔女の血筋。身体に流れるその異能の力があれば、空飛ぶ箒は作ることができる。――それを教えてくれたおばあちゃんは、わたしの待遇を改善できないことをいつも謝っていて、ある日突然急死してしまった。
「乗れない箒を作り続けているわたしって、馬鹿みたいだよね」
「わふぅ……」
しめじが頭を上げて、わたしの手をぺろりと舐めた。黒くてつぶらな瞳が、じっとこちらを見ている。
「心配してくれてるの? ありがと。優しいね、しめじは」
彼女の優しさが胸にしみる。にこっと笑いかけるけれど、視界は熱く滲んでいく。
――わたしは一体なんなのだろう。魔力がないから魔女になるのは絶望的。箒だけ作れたって里で笑い者のわたしは、まともに暮らしていくことはできないだろう。
それなのに、こうして夜な夜な箒を作っている自分はひどく滑稽だ。
「わかってる。わかってるの。なんの意味もないことだって。――でもね、わたしはこれしかできないんだもの。他にどうしたらいいか、わからないんだもの――」
瞬きをすると、ぽろぽろと熱い涙があふれ出た。たまらなくなって、両ひざを抱えて下を向く。
嗚咽をあげるわたしに、しめじはいつまでも寄り添ってくれた。
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