第1章 魔物が溢れる世界 5.初めての野営実習②
魔弾のD
第1章 魔物が溢れる世界
5.初めての野営実習②
ハンタークランサーロスⅡの野営拠点、“ベースⅡ”は、公爵領セイスの北西約二十km、徒歩約五時間の場所にあった。
木々の生えていない高さ三十m程の丘陵の平らな頂上には、平屋の木造小屋が二棟建てられている。
大きな建屋には、十名ほどが座れる調理場兼食堂、寝室には二段ベッドが三辺と中央に設えられ、反対側には食糧庫兼物置、燻製室が併設されていた。
外壁に沿って薪がぎっしり積上げられた棚が複数置いてある。
二番目の建屋はどうやらトイレのようで、隣には解体場の設備があった。
二棟の建物を囲むように簡易な木製の柵で囲われている。
丘陵の北東側には、冬でも水流の豊富な河が流れ、河川敷にはゴロゴロとした石が散見された。
魔物が溢れる原野にひっそりと佇む、ロマンあふれる野営基地だ。
因みに所有者はハンターギルドセイス支部のようだ。
「みんな、水と保存食は各々取ってくれて構わないが、荷物を寝室に置いたら日が暮れる前に一仕事だ。
収納して来た荷物の取り出しと、A班は河原で漁労、B班は柵や建物の補修と夕食の準備だ。
まだ昼過ぎだが、冬の夕暮れは早い。明るいうちにここを人の住める環境にするぞ」
俺はA班に組み込まれた。
装備は身に付けたまま、バックパックを割り当てられたベッドに放り投げ、調理場に薬草の束を置き、食糧庫にハービスや干し芋の詰まった樽を置いた。
「DもA班だったわね。収納して来た荷物を出したら、これを収納して。後で使うから」
同じくA班に振り分けられたフェム姉が俺に声を掛けると同時に、棚からひょいひょいと何かを降ろしては俺の傍に置いていく。
目の比較的荒い網のようなもの、平たい木箱、包丁が数本入った道具箱、背負い籠、、、いったい何に使うのだろうか?
時は金なり。「後で使うから」と言ってたのだから、その時に分かるだろう。まずは好奇心を抑えて黙って収納した。
A班はミー姉、俺、オーデル教官、フェム姉だ。
俺がフェム姉の積上げた荷物を全て収納し終えると、食糧庫兼物置部屋から直接外に出て、そのまま河に向かて丘を下り、河原に向かった。
道中ではこれからやることをフェム姉が説明してくれた。
「ベースⅡでは、川魚も貴重な食料だから、定期的に漁労をするのよ。
網を投げて魚を捕まえて、それを捌いて今夜中に燻製にしちゃうの。
捌いた時に出る、内臓やえらは、罠箱に入れて一晩水中に沈めておくとカニやエビがかかるわ。
もちろん、それも美味しく頂くけどね」
なるほど。さっき収納した道具の使い道がぼんやりと理解できた。
河原に着くと俺は漁労道具を取り出した。
「ミー姉、一投目は私がやっていい?」
「ああ、いいぞ。禁漁期明けの最初の一投目だ。フェム期待してるぞ」
「ミー姉、禁漁期って何?」
「ああ、Dはまだ習ってなかったか。禁漁期とは漁労を自粛する期間の事だ。
ホットスポットから生まれる魔物と違って、魚は親魚が産んだ卵から小魚が生まれるんだ。
生まれた小魚が大きく育つと私たちの食料になる。
ここで獲れる魚のサーモは秋が産卵期でな、十月から十二月の期間は禁漁期にして、卵を抱えた親サーモを取らないようにしているんだ」
「良くわかったよ。ミー姉、教えてくれてありがとう」
ミー姉から魔物が溢れるこの世界で生き抜くための知恵をまた一つ教えてもらった。
その間に、投げ網を両手に携えたフェム姉が、そろそろと川べりに近付いていった。
体を網ごと後方に捻り、一気に川の中流に向かって反転し網を放り投げた。
投射された網は見事に円形に広がり着水した。
“バシャーン”
数秒後、右手に握り続けていた、投げ網の中心部から伸びる紐を“グイッ”と引っ張り始めた。
「あれ? 重い、びくともしないわ。ミー姉手伝って!」
「ん? うまく投げ入れたと思ったが、岩にでもかかったか?
フェム、力任せに引っ張るなよ、網が痛むからな。
よし、じわじわと引くぞ。少しずつだ、少しずつ」
ミー姉も加わり、虎獣人特有の強い腕力で、投げ網はじりじりと少しづつ引き上げられていく。
“バシャバシャバシャバシャバシャバシャ”
投げ網が、河の浅瀬まで引き上げられるとともに網の中で逃げ惑うサーモの水を叩きつける音が大きくなっていく。水飛沫も激しく巻き上がり出した。
「フェム、これは大漁だぞ! 今日はこの一投で終わりだな。この量だと小振りのサーモはリリースする様だな」
「どう? D。お姉ちゃんの腕前、大したもんでしょう?」
「うわー。凄いよフェム姉。俺こんなにたくさんのサーモ初めて見たよ」
大漁の興奮と喜びは束の間だった。
数十匹のサーモの捌き地獄が待っていた。
浅瀬に引き上げられた網の中の大ぶりのサーモをオーデル教官が器用に選別して、俺とミー姉、フェム姉に渡す。小振りのサーモは河にリリースだ。
適当な石の上で、ミー姉に教えてもらいながら暴れるサーモのエラをこじ開けて包丁の先端を突き刺し止めを刺す。
ぐったりとしたサーモの鱗を包丁の背で素早くこそぎ落としヒレを切り落とす。
尻尾近くの穴から包丁を入れて頭部に向かて切り裂き、腹を開いて内臓を取り出し、罠箱に入れる。
再度、頭部をこじ開けエラを切り落とし罠箱に入れる。
あごの部分に包丁を叩きつけて兜を下から割れば後は仕上げだ。
川の水で捌いたサーモを洗い、一掴みの塩を表面と開いた内側に満遍なく塗り付けて、背負い籠に入れれば一丁上がりだ。
見よう見まねだが、徐々に捌き作業には慣れてきた。
小振りのサーモを選別しリリースし終えたオーデル教官も加わり、黙々と三十匹程のサーモの捌き作業を続け、選別された大物サーモ全ての捌き作業を終えるまでに二時間程費やした。
「ふ~、大量だったな。こんなに捌いたのは記憶にないねぇ。フェムでかしたぞ。よし、罠箱を仕込んだら撤収だ」
罠箱は、上蓋に三十cm程の穴が開いていて、そこからカニやエビが中にあるサーモの内臓やエラを目当てに入ってくるらしい。
穴の裏には返しがついていて、一度入ったカニやエビはなかなか出ることが出来ないらしい。
川の浅瀬の部分で、罠箱が水面下に沈む程度に川砂利を掘り下げ、罠箱をセットし、蓋の上に重しの石を乗せ、目印の棒を差したら完成だ。
こんな仕掛けで本当にカニやエビが取れるのか半信半疑だが、回収に来る明日の朝が楽しみだ。
「さぁ、後ひと踏ん張りだ。捌いたサーモを燻製小屋に吊るして、ヒコリの薪に火を付ければ今日の漁労は完了だ。D、悪いが荷物の収納を頼む」
「はい」
燻製小屋を開けると、いぶした匂いが漂っていた。上方には数本の竿が等間隔で設置されており、S字型のフックが無数に掛けられていた。
捌いて塩を塗り付けたサーモの尻尾に紐を巻きつけ、一匹づつ等間隔にフックにかけていく。
俺は背が低いので紐を巻き付ける係だ。大柄なミー姉がひょいひょいと吊るしていく。
河原で捌いた全てのサーモがフックに掛けられ、ヒコリの薪に火がつけられた。
ヒコリは燻製に適した薪で、肉でも魚でも美味しい燻製に仕上げてくれるらしい。
どうやらヒコリ専用の薪棚もあるらしい。
最後に漁労道具を収納から出し、棚に戻した。整理整頓は大事だからな。
本日の全ての漁労作業が終わった。
気付けば冬の陽は傾き、夕闇が迫っていた。
あたりに漂う、ヒコリの薪から出る煙とは違う、食欲をそそる匂いに気が付いた。
“ぐ~”
そういえば、今日は朝食しか食べて無かったな。
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