第20話
イリーナを取り囲む兵士たちの剣先が、ちらちらと灯りを反射している。
子爵の思惑どおり、彼女を捕らえて闇魔法を無理やり使わせようとしているのだろう。
一方、外で待機していた俺たちは、洋館の中から漂う不穏な気配を感じ取り、いよいよ突入を決意する。
「エリス、シェリル、行くぞ! イリーナを救わなきゃならねえ!」
「もちろん! この扉、ぶち破るわよ!」
エリスの大剣が唸り、重厚な扉を一撃で割る。
屋敷内の兵士たちが驚いて振り向くが、こちらはすでに飛び込んでいた。
「そこまでだ! お前ら、王国憲法違反行為の疑いがあるぞ!」
俺は声を張り上げ、子爵に向かって指を指す。
すると、子爵は悔しそうに顔を歪めつつ、ギュンターに怒鳴る。
「馬鹿者! なぜもっと警戒していなかったのだ!」
「し、しかし……こんなに早く突入してくるとは……!」
ギュンターが焦りを滲ませた瞬間、イリーナが小さく呪文を唱える。
「“ダーク・シャドウ・バインド”!」
闇の触手が兵士たちの足元をからめ取り、一気に動きを封じる。
まるで闇の檻に閉じ込められたように、兵士たちは身動きが取れなくなった。
「イリーナ、無事か?」
俺が駆け寄ると、イリーナはほっとした表情で頷く。
「ええ、間に合ってくれて助かったわ。あの子爵、闇魔法を使わせて契約書を改ざんしようと企んでたみたい。でも、録音や記録はできなかったわ。怪しまれて、危うく拘束されるところだった」
確かに決定的な証拠がまだ足りない。
しかし、これだけあからさまに契約書を差し替えようとした事実があれば、十分に罪に問えるはずだ。
少なくとも、討伐隊の契約を歪めようとした点で、王国憲法第14条が定める“ギルドの統率補佐義務”を妨害したことになる。
エリスとシェリルは、兵士たちを次々と取り押さえる。
「大人しくしろ! あたしたちは正式にギルドから権限を与えられてるんだ。下手に抵抗すれば、罪が重くなるだけだぞ!」
「俺たちには法務卿の後ろ盾もある。覚悟しろよ!」
逃げ場を失ったギュンターと子爵は、激しく憎悪の目を向けてくる。
子爵は歯ぎしりしながら低く唸った。
「貴様ら……覚えていろ……魔王軍はもうすぐ王都に攻め込むのだ。そのときには、この国はどうなっているか……フンッ!」
そう吐き捨てて、子爵は床に膝をつく。
ギュンターも悔しげに顔を伏せている。
「おとなしくしてろ。お前たちをギルドに連行して事情聴取する。最終的には王宮で裁くことになるだろう」
俺はそう言い放ち、子爵たちを拘束させる。
イリーナ、エリス、シェリルと視線を交わし、無事に作戦が成功したことを確認する。
この一件で、少なくとも子爵たちの企みは大きく後退させることに成功した。
その夜、ギルドへ戻ってきた俺たちは、緊張から解き放たれたのか、へとへとになっていた。
特にイリーナは、単独で危険な駆け引きをしていた分、疲れも相当なものだろう。
「本当にお疲れ様、イリーナ。危なかったけど、君の冷静な対応のおかげで助かったよ」
部屋に戻る途中、イリーナがふと俺の腕にしがみつく。
「ありがとう……今夜は、少し甘えてもいい?」
その瞳には、一人で潜入を乗り切った安堵と、俺たちが駆けつけてくれた安心感が混じっている。
エリスとシェリルも、そんなイリーナに小さく微笑みかける。
「まったく……無茶ばっかりなんだから。今度はみんなでゆっくり休みましょ。お互い体を労わらないと、魔王討伐なんて無理よ」
「そうね。私も全力で回復魔法を使いすぎちゃって、少しだけ疲れちゃった」
俺は三人を部屋へと案内しながら、今夜だけは仲間同士で癒やし合おうと思った。
大きな戦いの前に、そして貴族たちとの暗闘を乗り越えた“ご褒美”も兼ねて。
その深夜、俺たちはささやかな祝いとして、互いを労り合うように寄り添い合う。
闇の中で触れ合う指先、心臓の鼓動が重なりあう瞬間……。
言葉にできない熱い想いが、俺たちを更なる結束へと導いていた。
夜が明けるころ、イリーナの肩には少し上気した吐息が降り注ぎ、エリスとシェリルも並んで横になりながら静かな寝息を立てている。
俺は彼女たちの寝顔を見守りつつ、この世界に来て初めての“仲間との絆”を噛みしめた。
この先、魔王軍との本格的な衝突も近いだろう。
だが、どんな困難があっても、俺はこの仲間たちを守り抜く。
その誓いを胸に、俺も深い眠りへと落ちていった。
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