第18話

 数日後。

 イリーナのもとに、あの貴族から正式に「直接会いたい」という連絡が届いた。

 場所は王都の一角にある古い貴族邸宅。

 時間は夕刻。周囲の人目も少なく、密談にうってつけの立地だという。


「まさに怪しさ全開って感じだけど……どうする?」


 エリスが腕を組んでイリーナを見やる。

 するとイリーナはすでに覚悟を決めたかのように、凛とした顔で返事をした。


「行くしかないわ。ここで逃げても、向こうがさらに執拗に追ってくるだけだもの。それに、もし情報を得られるなら、そのチャンスを逃すわけにはいかない」


 シェリルも心配そうにしつつ、同意の姿勢を示す。


「でも、イリーナさんが一人で行くのは危険です。何かあったら、私たちがすぐに駆けつけられるようにしておきましょう」


「もちろん、俺たちも近くで待機する。万が一、向こうが変な手段に出たらすぐに助け出すから」


 イリーナは肩の力を抜き、小さく微笑む。


「ありがとう。闇魔法使いとして生きてきたけど、こんなふうに仲間を感じられるのは初めてかもしれない。だから、怖くないよ」


 その言葉を聞いて、エリスとシェリルもにっこりと頷く。

 俺も心の中で強く誓った。

 もし何か企みがあるなら、法の力で徹底的に叩き潰してやろう、と。


 そして、イリーナの潜入作戦当日。

 俺たちは王都の外れにある古い洋館の前まで赴き、周囲に潜む形で待機する。

 イリーナは単身、洋館の門をくぐっていった。

 薄暗い夕闇に包まれた邸宅の外灯が、不気味な影を作り出している。


 エリスが小声で耳打ちしてくる。


「ここから先はイリーナの独断専行だね。心配だけど、信じるしかないか……」


「大丈夫さ。イリーナもプロだからな。いざとなったら俺たちが突入して助け出す。いいな?」


 シェリルもうなずきながら、神官としての癒しの杖を握りしめる。


「それにしても、こんな場所を選ぶなんて、まるで罠だと主張しているようなものですよね……」


 シェリルの呟きに、俺も同感だ。

 だが、相手が油断しているのはむしろ好都合。

 ここで決定的な証拠をつかむことができれば、そのまま法務卿にも報告して、貴族の不正を暴ける可能性が高まるのだから。


 一方、その頃イリーナは洋館の中に通されていた。

 中には案の定、あの執事ギュンターの姿があり、薄ら笑いを浮かべて出迎える。


「よく来たな、イリーナ殿。さあ、奥へどうぞ。私の主君がお待ちかねだ」


 イリーナは涼しい顔で応じる。


「ふん……。さっさと要件を話してちょうだい。私もそう暇じゃないのよ」


 ギュンターは楽しげな様子で笑うと、通路を奥へ進む。

 そこには、重厚な扉が一つ。

 その先で待ち構えているのが、ギュンターの主君、アルトハルト子爵――こいつが今回の黒幕の一人である可能性が高い。


「さあ、イリーナ殿。ぜひ我が主君に、闇魔法の力を見せていただきたい。もし気に入られれば、あなたには破格の待遇を約束しよう」


 ギュンターの言葉に、イリーナの瞳がわずかに揺れる。

 だが、それは恐怖ではなく、不快感と決意の混ざった色だ。


「私が欲しいのはあなたたちの“待遇”なんかじゃないわ。もっと有意義な提案があるなら聞いてあげるけど?」


 イリーナの挑発的な態度に、ギュンターは唇の端を歪める。


「フッ、強気な魔法使いほど手懐けがいがあるというものだ。では、主君に直接聞いていただこう。ふはは……」


 その底知れぬ薄ら笑いが、洋館内に響く。

 すでに危険は目の前だ。

 もしイリーナに手を出そうものなら、俺たちが即座に動く。

 イリーナがどんな情報を掴んでくれるか――それが勝負の分かれ目になるだろう。


 こうして、イリーナの孤独な戦いが幕を開ける。

 外で待つ俺たちの胸にも、緊張感が高まっていた。


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