第17話
翌日、ギルドに足を運ぶと、パトリシアが慌ただしく書類を運んでいた。
彼女に例の一件を相談するため声をかけようとした矢先、逆にパトリシアのほうから呼び止められる。
「ねえ、昨夜の話、聞いたわよ。イリーナさんが貴族に呼び出されたって……大丈夫なの?」
パトリシアの表情は明らかに不安げだ。
俺はできるだけ穏やかな口調で答える。
「まだ実際に会ってはいないけど、いずれ何らかの接触があるだろうな。俺としては慎重に行動するつもりだ」
「そっか……。よかったら私も力になりたい。実は、王都に残っている私の知り合いが、貴族の動向を探ってくれるかもしれないの」
彼女の言う“知り合い”とは、以前パトリシアが仕えていた貴族家に勤めていたメイド仲間らしい。
貴族の屋敷内ではメイド同士で情報交換をすることも多く、噂話から機密情報がもれることもあるという。
「パトリシア、リスクは高くないか? もしその知り合いが捕まったら、まずいことになるぞ」
「わかってる。でも、放っておいたら、王国全体が危ないかもしれない。私も、このまま黙って見ていられないの……」
パトリシアの瞳には、強い決意が宿っている。
彼女もまた、かつて仕えた貴族が魔王軍と内通しているかもしれないという現実を、目の当たりにしてきた。
それをただ見過ごすには、あまりにも大きすぎる問題だ。
「わかった。君がそこまで言うなら、頼むよ。俺たちも危険が少ないようにサポートするから、何かあればすぐ知らせてくれ」
「ありがとう……必ずそうする。あなたの契約書が、王国を救う大きな鍵になりそうな気がするわ」
そう言って微笑むパトリシア。
俺は彼女の気丈さに感謝を覚えつつ、「油断は禁物だぞ」と釘を刺しておく。
その後、パトリシアから王都のメイド仲間に連絡が入り、数日以内にいくつかの情報が集まる見込みだという。
もしその中に、例の子爵家やギュンターに関する動きがあれば、俺たちの対策は大きく進展するかもしれない。
「法律は嘘を許さない。裁判になれば、証拠さえしっかりしていれば不正を暴ける。日本でも“証拠至上主義”が基本だ。こっちの世界でも同じだろう?」
「ええ、王国憲法にも“公正な裁判”が記されているもの。たとえば王国憲法第7条なんかに『すべての国民は公平な法廷において弁明の機会を与えられる』って書かれているわ。日本の裁判制度に近いわよね」
パトリシアがさらりと法律条文を口にするのを聞いて、改めて彼女が貴族の屋敷で働いていたことを思い出す。
法曹ではないものの、この国の法体系に精通している彼女の助力は心強い。
「……よし。イリーナの潜入作戦と、パトリシアのメイド仲間ルート、両方並行して進めよう。おそらく近いうちに、貴族側が何らかの動きを見せるはずだ。俺たちは万全の準備を整えて待ち構えるとしよう」
俺がそう結論づけると、パトリシアは大きく頷いた。
やがて彼女は書類の束を胸に抱え、忙しく再び廊下を行き来する。
その後ろ姿を見送りながら、俺は拳をぎゅっと握りしめた。
「絶対に負けない。法の力で、そして仲間の力で、この国の闇を断ち切ってみせる」
自分自身を奮い立たせるように、静かにそう誓う。
この事件をうやむやにしてしまえば、せっかくの大規模討伐隊が台無しになる。
何としても、貴族連中の悪事を止めなければならない。
そして、この国のためにも――パトリシアやイリーナたち、かけがえのない仲間たちのためにも。
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