第9話

 ゴブリン討伐から戻った翌日、俺は朝からギルドの受付ロビーで大勢の冒険者に囲まれていた。

 なぜこんなに人が集まっているかというと、一昨日作ったイリーナたちのパーティ契約書があまりに効果的だったという噂が一気に広がったからだ。


「おいおい、あんたが“契約書”を書いてくれるってマジか? 俺たちも作ってほしいんだが!」


「アタシたちのパーティも、報酬トラブルばっかりで困ってるの! 今すぐお願いしたいわ!」


 口々に依頼を叫ぶ冒険者たち。

 パトリシアはてきぱきと列を整理し、対応に追われている。

 俺は完全にてんてこ舞いだったが、こうした需要の高まりこそが“法の意義”を示す確かな証拠だと感じていた。


「順番に受け付けますから、慌てないでください。書類の準備ができたら呼び出しますので!」


 そう声を張り上げる俺の横で、パトリシアが苦笑混じりにつぶやく。


「すごいわね、これ……。大盛況にもほどがあるわ。あなた一人で回せるかしら?」


「いやあ、正直キャパオーバーだよ。でも、こんなに感謝される仕事なら、頑張るしかないだろう?」


 実際、一度に多くの契約書作成は大変だが、前世では企業相手にドッサリと契約ドラフトを作っていた経験がある。

 根気と時間さえあれば、なんとかなる。

 しかも今回は、みんなが喜んでくれるのだからやりがいも段違いだ。


「ただし、適当にやるわけにはいかない。最初に“ひな形”を用意して、個々のパーティの事情に合わせて調整した方が効率いいな」


「じゃあ、私も補助します。書類の整理や受付業務なら、長年の経験がありますから!」


 パトリシアの力強い言葉に、俺は頼もしさを感じずにはいられない。


 やがて、その日の午後には依頼者が続々と面談室にやってきた。

 例えば、あるパーティは「仲間に獣人がいて、その特殊能力をどう評価するか悩んでいる」とか、また別のパーティは「一部のメンバーが魔法をほとんど使えないため、役割分担をどうするか決められない」など、さまざまな問題を抱えていた。


 だが、それぞれ話を聞いたうえで条文に落とし込み、責任や報酬を明確に割り振っていくと、みんな納得してくれる。

 パーティメンバー同士の軋轢を未然に防げるからこそ、契約書は強力な武器になるのだ。


「いいぞ、この契約書! 今度からは、お前らと揉めることもなくなるな!」


「助かるわ、これで人間関係に無駄な気疲れをしなくてすむ。あんたに頼んで正解だったわ!」


 冒険者たちが笑顔で握手し合う姿を見ると、俺の胸が熱くなる。

 まさに“法の力”で世界を平和にしている実感がわいてくるのだ。

 そんな俺をパトリシアが優しい眼差しで見つめている。


「本当に、あなたに来てもらえてよかった。ギルドの雰囲気が明るくなった気がするわ」


 照れくさくて、ちょっとだけ顔をそらす俺。

 だが、今は素直に嬉しい。

 この調子で、魔王討伐隊の大規模契約も成功させてみせる。

 俺は心の中でそう決意を固めるのだった。


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