第8話

 夜明け前。

 イリーナやエリス、シェリルの三人から連絡があり、実際のクエストに同行してほしいと頼まれた。

 作成途中の大規模討伐契約書とは別に、小さなモンスター討伐依頼を試して、今回作ったパーティ契約書がどれほど有効か検証したいというのだ。


「じゃあ、俺も実際に現場に行ってみるか。元弁護士だけど、戦闘はあんまり得意じゃないけど大丈夫かな……?」


 そう言う俺に、エリスは鼻息荒く笑う。


「任せておいて! 私たちが守ってやるわ。あなたは契約書の“性能”を確認してくれればいいの」


 そう言って胸を叩くエリスに、シェリルも柔らかい微笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。私が回復魔法をちゃんとかけますから、怖い思いはさせません」


 そしてイリーナは妖艶な笑みを漏らす。


「男の人を守るなんて、ちょっと新鮮でいいかも。私の闇魔法を味わわせてあげるわ」


 ずいぶん頼もしい仲間ができたもんだ。

 こうして、俺は初めての実地“クエスト同行”に出発することになった。


 目的地は、ギルドから小一時間ほど歩いた先の丘陵地帯。

 そこには“ゴブリン”と呼ばれる小型のモンスターが群れを成して住みついているという。

 討伐報酬はそこまで高くないが、安全確認を徹底するにはちょうどいい規模らしい。


 しばらく草原を歩くと、前方に小柄な怪物の姿が見えた。

 浅黒い肌ととがった耳、そして汚れた布をまとっているゴブリンたちが、きゃんきゃんと鳴き声を上げてこちらを威嚇している。


「エリス、頼む!」


「よっしゃ、任せなさい!」


 エリスは大剣を抜いて一直線に突撃。すさまじい腕力でゴブリンを次々と切り倒していく。

 一方、イリーナは闇魔法の詠唱を始め、その手からは黒いオーラがゴブリンの群れを包み込む。


「“ダーク・シャドウ・エクスプロージョン”!」


 低く響く声とともに闇の爆裂が起き、ゴブリンが吹き飛んだ。

 ゴブリンの攻撃を受けたエリスが多少傷を負ってしまったが、シェリルがすかさず回復魔法を発動する。


「“ヒールライト”!」


 まばゆい光がエリスの体を包み、たちまち傷がふさがっていく。

 俺はただ、後方でその様子を息を呑んで見守るばかりだった。


「す、すげえ……。これが、この世界の冒険者の戦い方か……!」


 結局、ゴブリンの群れはあっという間に制圧された。

 エリスたちの連携は見事なものだったが、その影には今回作った契約書の存在も大きい。

 誰が前衛を担当し、誰が後衛をサポートするのか。

 報酬はどう分配するのか。

 何かあったらどうやって対処するのか。

 すべてが明確に書かれているからこそ、それぞれの役割がスムーズに機能したのだ。


「どう? あなたの契約書が役に立ったんじゃない?」


 イリーナが色っぽい口調で問うと、エリスも誇らしげに笑う。


「うん、私もストレスなく戦えたわ。こうやってきちんとルールが決まってると気持ちが違う」


 シェリルもうんうんと頷きながら、俺に微笑みかける。


「あなた、すごい人なのね。弁護士っていうの、初めて見たけど……頼もしすぎるわ」


 まさか契約書だけでここまでバトルの成功率を上げられるとは。

 正直、俺自身が驚いている。

 でも、これなら大規模な魔王討伐隊の編成にも十分応用できるはずだ。


「ありがとう。俺はますます自信が湧いてきたよ。次はもっと大きなクエストだろ? きっとやってみせる!」


 そう宣言すると、三人は「頼むわよ!」と声を揃えて笑った。

 こうして俺は、異世界で“契約書の有用性”を証明する第一歩を踏み出したのだった。

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