第6話
大規模な討伐隊の契約書づくりという大仕事を受けた翌日、俺はギルドの執務室で山積みになった資料と格闘していた。
“王国憲法”に始まり、“ギルド運営法”“冒険者安全条例”などなど、関連する法令は意外と多い。
俺は日本の知識を思い出しながら、まるで渉外弁護士のように条文を片っ端からチェックしていった。
だが、法律の条文だけで実務が回るとは限らない。実際の運用の場面でどうするかが重要だ。
「んー……もっと現場の声を聞くべきかな。討伐隊に参加する冒険者がどんな不満や希望を持っているかを知らないと、机上の空論になりかねないし」
そう呟いて立ち上がると、ギルドの廊下でパトリシアとばったり鉢合わせた。
「あ、ちょうどよかった。実はパトリシアさんにも相談したいことがあるんだけど……」
すると、パトリシアは少し驚いた顔をしてから、微笑みを浮かべる。
「実は私も、あなたに言いたいことがあって……。よかったら屋上までついてきてくれませんか?」
言われるがままに階段を上り、ギルドの屋上に出ると、そこには涼やかな風が吹いていた。
しばらく沈黙が続き、パトリシアは視線を空へと向けたまま話し始める。
「私……実は以前、王都の貴族の家に仕えていたんです。でも、その家は魔王軍との内通疑惑があって……いろいろあって逃げるようにギルドへ来たんです」
「貴族の家……。それって、もしかして君はただの受付嬢じゃないってことか?」
「ええ。王国憲法第9条に“貴族は公共の奉仕を義務とする”とあるでしょう? 私は貴族のメイドとして働きながら、その義務の一端を手伝ってきました。だけど……主君が魔王軍と繋がっているなんて知ったとき、全部が嫌になってしまって」
パトリシアの声にはわずかな震えが混じっている。
前職場の闇を知り、逃げてきた彼女。ギルドに勤める理由も、それだけ複雑だったのだ。
「今度の大規模討伐作戦に、その貴族が関わっているかもしれない。彼らが裏でどんな悪事を働くか……私はそれが心配でたまらないの。だから、どうか契約書でちゃんと厳しい責任規定を設けてほしい。悪事を働く余地を減らしてほしいんです」
「……わかった。任せてくれ。俺も、そういう連中に好き勝手やられるのはごめんだからな」
俺が力強く返事をすると、パトリシアはホッとしたように微笑んだ。
それは今までで一番穏やかで、どこか儚げな笑顔だった。
この世界には、俺の知らない闇がある。
もし貴族が魔王軍と結託しているのだとしたら、それはれっきとした“反逆行為”だ。
日本でも国家反逆罪や外患援助罪に相当する重い罪になる。
俺としても、そんな奴らを野放しにするわけにはいかない。
「ありがとう、パトリシアさん。俺は君の気持ちを重視して、抜け穴がないような契約書を作るよ」
「ふふっ。さすが、頼りになるわね」
その言葉を聞いて、胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。
単なる仕事仲間としてだけじゃなく、彼女のためにも最善の結果を出したい。
そう強く思わせる何かが、俺の心を突き動かしていた。
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