第2話

 冒険者ギルドのカウンターに腰掛けた俺は、受付嬢のパトリシアと顔を突き合わせていた。

 彼女は亜麻色の髪をサイドテールにまとめた、美人のお姉さんだ。

 凛とした雰囲気があるのに、どこか柔らかい笑顔で、話しやすい空気を作ってくれる。


「では早速ですが、私たちからの正式な依頼という形で契約書をお願いしたいんです。報酬は先払いも含めて相談できます」


 そう言われて、俺は弁護士としての本能が疼いた。

 この世界でも、正式に“法律事務所”を構えたわけじゃないが、前世で何度も契約書を作ってきた経験がある。

 パトリシアに聞けば、この国には“王国憲法”を下敷きにしたいくつかの“議会制定法”もあるらしい。

 具体的には“王国憲法第12条”に基づいて“ギルド運営法”が作られ、そこにギルドの存在意義や権限が記されている。

 日本で言えば、行政機関である“公的法人”のようなイメージだ。


「何でも聞いてくれ、ということなんだけど……まずは、ギルドのクエスト受注の流れを整理したいね」


 そう切り出すと、パトリシアは頼もしそうに頷いた。


「はい。冒険者は基本、クエストボードに貼られた依頼の中から自分の得意分野を選んで受注します。ただ、実際には行くメンバー同士の約束事が口約束で終わりがちなんです」


「なるほど。じゃあまずは、パーティを組むメンバーで“誰がリーダーか”“報酬の配分はどうするか”っていう点をはっきりさせないとな」


「そうなんです。あと、万一モンスターに襲われて誰かが怪我をした場合の責任はどうなるか……そこもちゃんと決めてほしいって声が多いんですよ」


 たしかに、日本でも企業同士の契約を結ぶときには損害賠償の範囲やトラブル対応を細かく決めておく。

 この世界の冒険者パーティにおいても、同じようなリスク管理が必要だろう。

 それを“契約書”という形で明文化すれば、揉め事が大幅に減るはずだ。


「わかった。まずはひな形を作ってみよう。ところで、報酬はどのくらいを想定してるんだ?」


 俺が尋ねると、パトリシアは少しはにかみながら頬を赤らめた。


「実は、うちのギルドって、今赤字寸前なんです。だから、作成にかかる材料費(文書の紙代や印刷代など)と、あと成功報酬……それだけでも大丈夫ですか?」


「いいさ。ちょっと驚いたけど、異世界の紙が高級品なんていうのは想定外だったからな。俺も最初のクライアントになるわけだし、安くやってやるよ!」


 大きく胸を張った俺を見て、パトリシアは安心したように微笑んだ。

 ギルドにとっては初の試みであり、俺にとっては異世界最初の依頼。

 契約書づくりをきっかけに、ここからすべてが動き出す気がしてならない。


「ありがとう、助かります。必ず成功させましょう!」


 その笑顔に誘われるように、俺も思わず笑みを返した。

 こうして始まる“異世界版法律事務所”の第一歩。

 パトリシアが隣にいてくれるなら、きっと心強いだろう。

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