第8話 信用取引

 城下町のはずれは農業地帯だった。その一角の広大な畑のすみに、こじんまりとしたお屋敷がある。

 スラム街から歩いてきたシルマは、その屋敷の近くにある畑でタバコ休憩をしていた農夫に声をかけた。


「ティタウィンの太陽は沈まないっすねえ」


 麦わら帽子にオーバーオールというレトロな農家スタイルの男はピクリと反応し、その巨漢から大量のタバコの煙を吐き出しながら振り向いた。


「おう、スラムのガキんちょか。今日はどうした」

「へへ。ちょっと探し物があるんすよ」


 表向きはただの農夫であるこの恰幅の良い男。彼の裏の顔は、訳ありの宝石や貴金属を取り扱う宝石商である。屋敷の地下にはシェルターがあり、そこに大量の貴金属を隠しているという噂だ。

 シルマは手土産として、闇ルートで入手した海外のクラフトビールを差し出しながら言った。


「なんか良い感じの大きな宝石の原石ってないっすかねえ」

「なんかってなんだよ。ダイヤ? トパーズ? アクアマリン?」

「うぅん、そうっすねえ」


 シルマはその華奢な体をでっぷりとした宝石商の肩に近づけ、彼の耳元でささやく。


「例えば、『アークトゥルスの原石』とかっす」

「何?」


 タバコを落とした宝石商は、それを乱暴に踏みつぶした。


「おいシルマ。お前、何に手を出してる」

「え、何がっすか」

「そんなもん探して何に使うつもりだ? お前みたいなガキの手に負えるヤマじゃないだろう」


 宝石商の重いまぶたにさえぎられた眼はナイフのように鋭かった。国宝を要求したのだ。警戒されても無理はない。シルマはへへっと笑う。


「やだなあ。別に変な事はしないっすよ。ま、全然似てない偽物でも良いっす。馬鹿なカモに売りつけるだけっすから」


 へらへらと笑って見せたが、宝石商はシルマを睨んだまま黙っている。探るような視線がシルマの貧相な体にへばりつく。


「入れ。外で出す話題じゃない」


 しばらくして、宝石商はシルマを屋敷の中へ誘導した。

 二人は傷だらけのダイニングテーブルに向かい合って座る。


「若いお前は知らないかもしれないが、あれはただの国宝じゃないんだ」


 宝石商は、まるで父が子を諭すように穏やかに話し始めた。


「昔、城の人間が半数近く虐殺されるほど大きな事件があった。皇族たちの権力争いに『アークトゥルスの原石』の呪いが利用されて多くの人間が犠牲になったんだ。その後、原石はどこかに封印されたと言われている」

「ふぅん?」


 だからなんだと言うのだ。シルマはそんな過去になど興味がなかった。適当に相づちを打つシルマに、宝石商は話し続ける。


「反逆者の残党どもが当時の悲願達成のために原石を探してる、ってのは宝石商の間じゃもっぱらの噂だ。お前の取引相手もその仲間なんじゃないのか? 帝国相手に喧嘩を売るような相手だぞ。そんな奴と取引が成立すると思うか? その場で殺されるに決まっている」


 指摘を受け、シルマはアルギエバの事を思い返した。

 彼は服装こそまともだったが、軽々しい言動は胡散臭く、その点はスラムのゴロツキ仲間と通じるものがあった。反逆者の下っ端と言われれば、そう見えなくもない。


「確かにあのオニーサン、お代は五億プリンだってふっかけてみたっすけど、あっさり承諾したっすね」

「ほらみろ、最初から金を払う気なんて無いんだよ。いいか、小僧。取引ってのは互いに信用がなきゃ出来ないんだ。悪い事は言わない。そんな依頼なんてバックレろ」


 宝石商の言う事も一理ある。が、上手くいけば相当な大金が手に入るチャンスでもあった。スラムで細々と生きているシルマにとって、簡単に捨てられる依頼ではない。


「うぅん、そうっすねえ」


 これは信用出来る取引か?

 シルマはアルギエバから渡された連絡用の布を胸ポケットから取り出した。

 こんな珍妙な品物を持つ取引相手だ。普通の相手ではない。ただのコレクターか、それとも反逆者なのか。

 闇取引というものを覚えてから、シルマは訳ありの品物の扱いには慣れていた。でもその「訳あり」が取引相手だったらどうだろう。

 この取引が吉と出るか、凶と出るか。危険か、否か――。


「お、おい。お前、それ」


 宝石商がシルマの持つ布に反応する。


「ちょっと見せてみろ」


 強引に布を奪い取った宝石商は、布にほどこされた紋章をジロジロと観察して目を見張った。


「これ、どこで手に入れたんだ」


 宝石商のこの慌てよう。この布の価値はもしかしたらシルマの想像以上かもしれない。


「えー? それは流石に言えないっすよぉ」


 シルマは物知り顔でその布をサッと奪い返した。身を乗り出した宝石商の視線を遮るように胸ポケットにしまう。


「まさか拾ったわけじゃないだろう? 買ったのか? 売人がいるのか? どこのルートだ? ヒントだけでもいい。何か教えてくれ」

「んー? そうっすねえ」


 この布は相当なお宝だ。シルマはそう直感する。

 ということは、これを所有していたアルギエバも優良な顧客ではないだろうか。反逆者の残党とは思えない。宝物コレクターか、大金持ちか。もしそうだとしたら、彼との取引は続行すべきだ。


「教えても良いっすけど、条件があるっす」


 主導権を握ったシルマに、宝石商の眉がピクッと動く。


「簡単な取引っすよ。この布について答える代わりに、『アークトゥルスの原石』っぽい石を格安で流して欲しいんす」

「お前……命が惜しくないのか」

「ま、スラムの人間っすからね。そのくらいのリスクは背負うっすよ」


 宝石商は眉をひそめたが、宝石商だってシルマの命なんかよりも自らの利益の方が順位は上だ。ため息と共にのっそり立ち上がった宝石商は、「ちょっと待ってろ」と言い残して地下へと降りて行く。

 数分後。シルマは適当な原石とデタラメな情報をトレードして、宝石商の元をあとにした。


「さぁて。じゃあ早速、連絡してみるっすかねえ」


 スラム街のねぐらに戻ったシルマは、例の布でアルギエバに連絡をとった。深夜に落ち合う約束をとりつけ、その時刻を待つ。

 そして深夜一時。

 城下町にある公園で、シルマとアルギエバは落ち合った。

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