第3話 俺様の完璧な作戦
夕刻。アルギエバの寝室にて。
「あのぉ、アル殿下。これはちょっと無理がある気がするっす」
アルギエバの私服を試着させられたシルマが鏡を見ながら弱気な声を出した。アルギエバのゴージャスな服は、シルマにはブカブカだし似合わない。
「んだよ、シルマ。俺のフリが出来ねえっつうの? それとも俺の作戦にケチつける気か?」
アルギエバが従者リベルタスを出し抜くために考えた作戦は、アルギエバとシルマの入れ替わりである。
「いや、そういうわけじゃないっすけど、でもやっぱ自分、アル殿下の服を着てもアル殿下には見えないと思うんすよねぇ」
「ああ? どっからどう見ても俺だろうがよ」
「いや、どこが?」
シルマが疑問を持つのも無理はない。二人はまったく似ていないのだ。
筋肉質でガチムチボディのアルギエバとは対照的に、シルマは細身でひょろひょろのモヤシボディである。その上、アルギエバは日焼けして褐色めな肌に、真っ黒な短髪。一方のシルマは、ブルベの色白で薄い水色の長髪をしている。身長こそ180センチメートルほどで同じくらいだが、色味も身体も全体的に薄いシルマがアルギエバの服を着たところで、アルギエバに見えるはずがない。どう見ても、「彼シャツを着た華奢な彼女」状態なのである。
そんなシルマをまじまじと眺めたアルギエバが言う。
「まあ確かに、その髪じゃあ俺には見えねえな」
「うん、髪だけじゃないっすけどね」
つっこむシルマを無視し、アルギエバはデスクからハサミを取り出した。
「しょうがねえ、とりあえず切るか」
「えっ、な、何をっすか?」
「あん? 髪に決まってんだろうがよ」
ジャキンとハサミを動かすアルギエバ。その瞳がハサミと共にキラリと光る。鋭い殺気にシルマが青ざめた。
「む、無理っす、無理っす! これは自分の大事なトレードマークなんすよぉ!」
シルマは一本縛りの長髪を両手で包み込み、慌てて逃げだした。
「待ってくださいっすアル殿下! ぼ、帽子! 帽子貸して欲しいっす! 髪隠すんで! だから切らないでくださいっすぅ!」
広いアルギエバの寝室をバタバタと走り回るシルマはすでに半泣きである。ねずみのように逃走劇を繰り広げ、シルマは大きな窓のカーテンの裏にするりと隠れた。そこまで抵抗されては仕方ない。
「チッ。しょうがねえなあ。ほらよ」
アルギエバはハサミを投げ捨て、唯一持っていたバケットハットをシルマに向けて放り投げる。恐る恐る顔を出したシルマは、長髪を器用にくるくると巻いて帽子の中にしまいこむと、ようやく安堵した様子で戻ってきた。
「それで、アル殿下。自分はどうしたら良いっすかねぇ?」
「おう。よく聞けよ、シルマ」
作戦は至ってシンプル。その名も、アルギエバとシルマ入れ替え大作戦である。
「だっさ……」
とシルマが呟き、アルギエバは彼を殴るフリをする。怯えるシルマを無視して、アルギエバは説明を続けた。
「いいか、シルマ。俺は夜の歴史学の勉強をサボって、城下町のバーへ飲みに行きたい」
「ふむふむ。いつもの事っすね。成功したためしが無いっすけど」
「うるせえよ」
睨むアルギエバに対し、シルマはペロッと舌を出した。
「だが授業中、リベルタスの野郎は俺の脱走を警戒して、城内に色んな罠を仕掛けやがる」
「ほんと、リベルタスさんもよくやるっすよねぇ。正直、アル殿下への執着がすごすぎるっす」
「な。だから今日は、罠を仕掛けられる前に脱出しようと思う」
授業は午後八時から二時間だ。
まずはアルギエバ自ら学習室におもむき、真面目に授業を受ける。
授業が始まったところで、アルギエバは厨房にドリンクをオーダーする。それを受けたシルマはドリンクを学習室まで運ぶ。
学習室内で落ち合い、アルギエバとシルマは互いに相手の服装に早着替えをする。
シルマはアルギエバのフリをして授業を受け、アルギエバはシルマのフリをして学習室を脱出。そのまま買い出しに行くフリをして城外へと脱出する――。
これが作戦の全容だ。
「でもアル殿下、この作戦はやっぱり色々と無理があると思うんすよねぇ」
シルマがうんざりと嘆く。
アルギエバとシルマが似ていないのももちろんだが、早着替えも難点だ。一対一の授業中に目の前の先生にバレずに着替え、入れ替わるなんて無謀もいいところ。さらにシルマのフリをしたアルギエバが厨房に戻らず外出するというのも、きわめて不自然なのである。
とにかく、作戦が全体的にザルであった。
だがしかし、アルギエバはシルマの心配をワハハと笑い飛ばした。
「心配性だなぁ、シルマは」
「いや、アル殿下が大雑把すぎるだけだと思うっす」
「そんな事ねえって! 絶対上手くいくからよ!」
アルギエバが自信満々に白い歯を覗かせる。彼のその自信がどこから来るのか、シルマは心底謎だった。
「あ、そうだシルマ。成功報酬は何がいい? 下町の良いもん買ってきてやるからよ」
「報酬! 良いんすか!」
一転、やる気がみなぎるシルマである。
「じゃあ、ミートスタジアムでシャトーブリアンの塊とボディショップの良い匂いがするボディクリームとノブレス洋品店で今流行ってるセットアップ一式とカタリナ商店のクラフトコーラの原液と焼き菓子セットが欲しいっす!」
「おうおう、まかせとけ。この俺様がなんでも買ってきてやるからよぉ。じゃ、よろしく頼むぜぇ」
「うぃーっす! 了解っすぅ!」
こうして、二人は決戦の時を迎えるのであった。
◇
時刻は午後八時。歴史学の授業が始まる時刻である。
アルギエバは学習室に入り、前から二列目の席に腰かけた。すでに到着していた教授は「それでは始めましょう」と教科書を開く。
「あー、先生。ちょっと喉乾いたんで、ドリンクをオーダーしても良いですか」
アルギエバが言うと、出鼻をくじかれた教授は渋々卓上のベルを鳴らした。ドアの外に待機している下女が入ってくる。
「いかがいたしましたか」
「殿下に水を」
下女の問いに教授が答える。
「あ、ちょっと待った! 水じゃなくてジンジャエールを頼む。そんで、厨房にいるシルマに持ってくるよう頼んでくれる?」
「……はい?」
「だからぁ、シルマに持ってこさせろっつってんの! お前は休憩してて良いからよぉ」
「は、はい……かしこまりました」
下女は首をかしげながら出て行く。不審そうな顔をする教授に、アルギエバは「はい、さっさと授業始めましょ」と促した。教授は何か言いたそうだが、そんなものは無視である。
数分後。
「っちゃーっす! お待たせしたっすぅ。ジンジャエール持ってきたっすよー!」
ご機嫌なシルマが学習室の扉を勢いよく開けた。
「おう、悪いなシルマ! ここに置いてくれ!」
アルギエバはシルマを自分の席の隣に呼びつける。シルマがアルギエバの隣の机にジンジャエールを置くのを、教授がジロリと見ていた。
「ああ、すんませんね、先生。続けてください」
アルギエバが教科書をコツコツと指でつつくと、教授も不満そうに教科書へと視線を落とした。
「よし、今だぜぇ」
アルギエバは小声で、机の陰にしゃがみこんだシルマに指示を出す。
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