第2話:兄嫁の悪行

「兄嫁感じ悪いですね!」


探偵事務所で依頼人の話を聞いて巧はついつい感想を言ってしまった。


「私を信じてくれるんですか! あんなに長く住んでいる家族が誰も信じてくれなかったのに……」


依頼人は少し悲しそうな表情で言った。


「俺たちは依頼人の事を全面的に信じてますから」


彼女の瞳が少し潤んでいるのを巧は見逃さなかった。


巧は話を聞いて疑問に思ったことを訊ねてみた。


「それってあなたが高校生の時のことですよね? 失礼ながら、もう何年も前のことじゃ……」

「それくらいなら私も嫌な気分になるくらいで相手を殺そうとまでは思わなかったです」 


殺そうと……。彼女はその兄嫁を殺そうと思っているのか。そこまでとは……。何があったというのか。


「3年の夏くらいから兄嫁からのプレゼント攻撃が始まりました」

「は? プレゼント……ですか? あからさまに怪しいじゃないですか」

「そうなんです。ただ、実害はなかったんです……、しばらくは……」



■回想2


プレゼント攻撃はしばらくは続いたらしい。ヨーロッパの世界的に有名なブランドのバックや財布、ハンカチにスカーフ。月に1個か2個、約半年でプレゼントは10個に及んだ。


財布くらいは使ったが、彼女としては使い道がないのでほとんどは押し入れの肥やしになっていた。それでも、兄嫁との和解の品だと思っていたから返さずに保管していた。


そして、入試の前日の夜。依頼者は当然の様に自分の部屋で勉強をしていたらしい。そこに父母と兄が部屋に入ってきた。


「乙姫! ここを開けなさい!」


部屋には一応鍵があり、集中するために彼女は鍵をかけていた。しかし、外で父親がドアをドンドン叩きながら大声を上げていたので彼女も慌ててドアを開けた。


「お前! 霞さんに嫌がらせをしていたのか!? 裏でそんな事をしてるなんて!」


父親は訳のわからない事を言いながら部屋に入ってきた。母親と兄は父の後から部屋に入ってきて彼女のクローゼットを開け、中をあさり始めた。依頼者は訳が分からず困惑するばかり。事情が分かったのは兄からの言葉だった。


「お前! これなんだ! こんなバッグどうしたってんだ!」


クローゼットからは兄嫁からもらったブランド物類がどっさり出てきた。


「これは兄嫁からもらって……」

「こんな高いもんを高校生にやるやつはいないだろ! 嘘つくにももう少しましな嘘があるだろ!」


依頼者は父親に殴られた。たしかに、この状況では兄嫁の持ち物を盗んだり、奪ったりして隠し持っていたように思えなくもない。


「ほんとにもらった……」

「まだ言うかっ!」


続けて父親からは胸ぐらを掴まれて思いっきり力任せに殴られた。


「乙姫! あんたが裏でこんなことしてたなんて! お母さん悲しいわっ!」

「違っ……私はっ……!」

「まだ言うかっ! このっ!」


母親も信じてくれず、父はまだ殴ってくる。兄も罵倒してくる。


父親に殴られながら部屋の入口に視線がむくと、頭だけ出して部屋の中の様子をうかがう兄嫁が立っているのが見えた。こいつの仕業かとやっと理解したが後の祭り。


「お義父様、お義母様。乙姫さんは悪くないんです。私が大事なお兄さんを取ってしまった格好になってしまったから……」


いかにもしおらしい事を言う兄嫁。


「霞さんは黙っててくれ! これは私がこのバカ娘に対しての教育だから!」

「私は何を間違えたの!? あんたがこんな事をする人間になってしまうなんて!」


父も母も娘が兄嫁の持ち物を盗んだ事を疑わない。兄も自分の嫁を守る正義の人を気取る始末。


彼女は自分の味方はいないのだとこの時点で悟った。恐らく、ブランド物のプレゼントをくれ始めた頃から約半年をかけて少しずつ依頼者に疑念が向き、兄嫁の味方をする様に家族を洗脳してきていたのだろう。


そして、なんの防御策も取らずに来た依頼者は兄嫁イビリの犯人に仕立て上げられてしまっていた。


「霞さんはな、二の腕とかお腹とか、見えないところに痣がいっぱいだったぞ! 見えないところばかり殴って姑息な!」


どうやら裏でDVしていることにもされている模様。ショックなのは、それを家族が信じていること。


父母と兄は代わる代わる暴言を吐き、被害者は無理やり正座を強要された。その折檻は朝方まで続き、依頼者は完徹で共通テストに臨んだ。後に1日目の記憶はほとんどない状態。弁当もなく昼休みの時間は机に突っ伏して眠っていた。


帰れば両親は泥棒の大学費用なんて出さないと言い始め、依頼者の心を折りにかかっていた。そんな調子で受験がうまく行くはずもなく、共通テストは惨憺たる結果になった。おかげで、国立は早々に諦め、教科数が少ない私立に絞る羽目になった。


あの日から家族は娘と食事を摂らなくなり、父母と兄夫婦がご飯を食べ終わったあとに残った物を食べるよう強要された。料理も彼女の分だけ皿に盛られておらず、依頼者は自分で鍋に残ったおかずをついで、電子レンジで温めて食べていたという。父親が兄嫁に謝れと言ったことに対して、最後まで一度も謝らなくったのが気に入らなかったらしい。


私立はそれまでに貯めていたお小遣いで2校(2学部)だけ受験し、見事2校受かった。しかし、奨学金がもらえる学校にする必要があり、大学のランクは一つどころか、三つか四つ落とすことになった。


依頼者は高校卒業と共に実家を追い出された。この時、昔から可愛がっていた猫は連れてこれなかった。住むところが定まっていなかった上に、お金の面でも不安があったからだ。自分が食べるのも大変だったのに、猫の分までは手が回らなかったらしい。


彼女は親の援助もなく、奨学金とアルバイトで学費と生活費を稼ぎ大学を卒業した。社会人になって数年経ったのが今らしい。


■回想2おわり

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