#4

 結局両親に押し切られる形で、犬とのふたり旅となった。

 犬連れということで、本当なら陸路にしてやりたかったけれど、女だけで長距離を行くのは危険も多いだろうから、かぐには悪いが今回も船に乗ることにした。

 山暮らしでは日頃他人と接する機会も少ないので、かぐは犬のくせに人見知りをする。初めて船に乗るということもあり、かぐは震える体で必死にゆみにしがみついてくる。どちらが護衛なのだか分かったもんじゃない。

 仕方ないので、おくるみに巻いて抱っこしてやる。温かい体を胸に抱いていると、まるで赤子を抱いているような妙な心持ちになる。この旅の間は、この小犬を我が子と思って慈しもう。神妙にゆみは誓った。

「あら、小さいのにこんぴら参り? えらいわねえ」

 陸に下りて金毘羅宮に向かう道中、小さな犬は擦れ違う人達からの激励を受ける。餌を恵んでくれる人までおり、人見知りしてゆみの背後に隠れるくせに餌だけはちゃっかり取りに行く。

 途中の茶店の床几に腰掛けて休憩する。

 かぐが背負う小さな風呂敷包みを解くと、中からは両親がかぐに託した願掛けの紙片とともに、黍団子が入っている。私は桃太郎のお供ってわけね。両親は心配しながらも、ちゃっかりとふたりの娘に代参を頼んでいるのだ。ゆみは苦笑して、黍団子を頬張る。両親がどのような願を掛けたのか、紙片を広げることはしなかった。

 休憩ついでに用を足して出てくると、忽然とかぐが姿を消していた。

 店の前に繋いでおいたはずなのに、紐ごと消えた。

 老店主に訊くと、先程襤褸の身なりの男二人が連れて行ったという。小犬は「わん」とも鳴かず、ただぶるぶる震えていたとか。

 かぐの背負っていた風呂敷には先程広げたもの以外には何も入っていない。だとすれば、賊が狙ったのは犬自体なのだろう。かぐは、町でも見かけない珍しい姿をした犬だから。ひょろりと胴が長く、脚が短い。「龍神の遣い」だとのたまった僧もいたとか、両親が自慢していた。

 なのに、しょせん犬だろうと油断していた。ゆみは歯噛みした。

「かぐ!」

 男達が去って行ったという方向へ、着物の裾をお端折りに挟んで駆けて行く。向かう先はひと気もなく鬱蒼としており昼でも薄暗い場所だ。

 けれど、ゆみは躊躇せず突き進んだ。今度こそ、我が子を守るのだという一心で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る