第六章――重なる悲劇と最後の決意

1. 悲しき介護の日々

 アンドロイドの香織の記憶破壊は、思ったよりも速いペースで進んでいた。最初は些細な物忘れ程度だったのが、次第に真一の名前を呼び間違えたり、二人で過ごした旅の記憶が曖昧になったり……。

 それでもなお、香織は献身的に真一の看病をしようとする。彼の腫瘍による身体の痛みが強くなっているからだ。だが、彼女自身も記憶損失と機能障害が進行しているため、介護の手順を誤ってしまうこともしばしば。

 ある夜中、真一が激痛で倒れ込むと、香織は慌てて彼を抱き起こそうとする。

「真一……、痛み止めの薬はどれでしたか……? あれ……? どこだっけ……」

「引き出しの……上から二段目だ、頼む……」

 しかし、香織は焦ってしまい、うまく薬を探し出せない。そもそも自分がどこに薬をしまったか思い出せないのだ。両手をうろたえながら動かし、何度も「ごめんなさい、ごめんなさい……」と繰り返す姿は、アンドロイドとは思えぬほど切実だった。

 結局、真一自身が懸命に立ち上がり、よろけながら薬を取り出す始末。すがるような瞳で見つめる香織に、真一は苦しそうに微笑む。

「泣くな……。大丈夫だ……。お前がいてくれるだけで、オレは救われてるんだから……」

 香織の目にはうっすらと涙に似た雫が浮かんだ――アンドロイドの表現機能がここまで人間的に振る舞うのは、真一が開発した“感情プログラム”のたまものだ。だが、記憶を失いつつあるその姿は樋山香織の晩年を彷彿とさせ、真一の心を抉り続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る