2. ふたたび訪れる喪失

 時を同じくして、真一の腫瘍も進行していた。彼の場合は記憶を失うタイプではなく、身体機能が少しずつ蝕まれる形だ。食事を取るのも辛くなり、夜半には激痛に耐えかねて床にうずくまることもある。それでも真一は薬を飲み、研究所や自宅でウイルス対策プログラムに没頭する。――二度と“香織”を失わないために。

 だが、無情にもアンドロイドの香織は目に見えて挙動が乱れ始める。記憶領域の破壊が始まっているのか、真一との思い出の断片を突如として失念するようになった。

「真一さん、これ……あれ? 私、これは何をしようと……」

「香織……落ち着け。お前が今見せようとしたのは、京都で撮った写真だろ?」

「……ああ、そう、写真……。わたし、どうしてそれを見せようと思ったんだろう……?」

 香織の瞳は不安に揺らぎ、焦点が定まらなくなる。真一は彼女の肩を抱き、そっとなだめる。まるで人間と同じように戸惑い、怖がっている――その姿が痛々しく、真一の胸は引き裂かれる思いだ。かつて樋山香織が病室で「真一、どうしてだろう……思い出せないの……」と涙を流した場面がフラッシュバックする。

 「いやだ……また同じ喪失を繰り返すなんて、絶対にごめんだ」

 真一は研究所にもどり、倒れそうになる身体を奮い立たせながら、ウイルスのワクチンプログラム開発に没頭する。

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