最後の人類
橘士郎
最後の人類
僕は、不意に泣き出してしまった。
それを見て彼女は「今更こんなところで泣き出すところじゃ無いでしょう」と呆れ気味に言った。しかし心なしか、いつもより優しさを孕んでいた。
僕は彼女の手をしっかりと握り込んだ。彼女は何も言わなかった。
僕達は今、死にゆく宇宙船の中にいる。人類の廃棄処分が決まったのだ。
「ignition」
強度の緊張のせいか、カウントダウンを聞き逃してしまった。エンジンに火が入り、人工の3%ずつをそれぞれ載せた宇宙船団が離陸して行く。
高層ビルの豊かな街並みが見える。即席のこの惑星にも、こんなに綺麗な景色があったのか。と、少しだけ感動した。
パイロットとして人類の為に戦い、そして僕達は負けた。
だから死ななければならない。
即席の惑星の僕らは、母性の人類に体当たりを仕掛ける。
「粉々になって、それでまた遠い遠い未来に、会えるよね」
「多分ね」
彼女は適当に言った。もう、死を受け入れているみたいだった。
元々彼女は精神的疾患を抱えているとして、パイロットを下ろされたのだった。僕は彼女の事が好きだったから、同時に船を降りた。
しかし僕は、彼女に気持ちを伝えた事は無いし、彼女も僕の行動に応えた事は無かった。
それは、彼女の病状を悪化させる原因になり得たからだ。
「運ばれる側で乗るのは久しぶりね。しかもおっきな棺桶とは」
「また、操縦したかった?」
言った側から、不躾なだったかもしれないと頭によぎった。
眉を上げた彼女は、チラリと僕を見ていう。
「死ぬなら共同墓地じゃ無くて、個人の棺桶がよかったかなぁ」
彼女は寂しそうだった。
僕がより一層手を強く握ると、彼女は初めて強く握り返した。それでも、死は怖くない様だった。
船団は成層圏を超えて、気が付けば宇宙に出ていた。いつもの戦場だった場所に、葬送の為の列を為して。目指すは母なる星、地球。僕達は死ぬのだ。
『おまえたちはすでに、しんでいる』
不意に、言葉が響いた。出発前に聞かされた言葉だ。それが暗示の様に心に染み込んだ来るのを感じる。
すこし、安心した。
僕達は、死ぬのだ。
他には、何もない。
他の何者でもない。
船団は近光速航行へと切り替わる。そのままワームホームへと突撃して行く。
「せめて、人が操縦してる舟で死にたかったなぁ」
彼女は言った。
この船は完全なコンピュータ制御だ。
数秒でワームホールを抜けると、そこは地球近傍だった。僕達は今から地球に突撃する。僕達の船が船頭だ。彼女の髪が揺れる。香りが漂う。彼女はただ何もない様に中空を見つめている。死は目前にある。船が加速する、僕達は死に向かって強く漕ぎ出した様だ。近傍惑星が麺の様に伸びて行く。彼女の横顔が見える。彼女の手をしっかりと握り直す。彼女はもう何も返してこない。彼女は
最後の人類 橘士郎 @tukudaniyarou
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