第11話 肖像画

エリちゃんのお父様のマンションには、エリちゃん親子が同居する前から、私も遊びに行かせて貰っていた。

 一人暮らしには十分過ぎるくらいの広いマンションで、図らずも同居する事になった娘とその子供達の居室まで備わった、好都合な住居をお父様は提供してくれたのだった。

 リビングルームの食卓の隣の棚の上に、小銭や千円札を数枚ガラス瓶に入れて、いつも皆の目に入る様に置いておこうと提案したのはお父様だった。

 思春期を迎えた孫達が、母親との間で不要なお小遣いトラブルを繰り広げなくとも済む様に、必要な時は母親か祖父に一言ことわってから、ガラス瓶の中のお金を抜いて使うというシステムだ。

 運用開始後しばしの間は優れたシステムと思われたものの、ルールは気付かぬ内に破られ、申告の事実も無しに瓶の中の現金が目に見えて減って行くのが常態となって行く。

 知恵を絞れば裏切られ、恩情をかければ欺かれ、心優しき祖父の心はささくれだっていく一方なのであった。

 孫育てにかまけて、好きだった絵画制作が疎かになってしまったかと言えば、決してその様な事はなかった。

 時間の使い方がとても上手なパピーの事である。

 マメに描き続ける努力を怠らず、自室にはたくさんの作品を保管しておられた。

 多忙な日々の中にも、描きたくなる素材を見逃さず、立ち止まってきちんと見る、という作業の手間を惜しまなかった。

 ある時、遊びに行って興が乗った挙句一泊させて貰った私が帰り支度を始めると、パピーが大きなキャンバスを運んで来て壁に立てかけ、「ここに立ってみて。」 と言う。

 私の背丈よりももっと大きい真っ白いキャンバスの前に、多少訝しい心持ちで立つ。

「それでこっちを見ててね。」

 言われるまま、パピーの顔を見ると、後ずさりをしたパピーは少し離れた場所から、じっとこちらを観察している。

 所在ない私は意味も無く微笑みを浮かべたりもしていたが、心中、まさか、そんな事はないだろうと考えていた。

 まさか、パピーが私の絵を描いてくれようとしているなんて、そんな事は有り得ない。

 作り笑顔の頬の筋肉が痙攣するかと思われた頃、パピーが言ったのだった。

「あなたの絵を描こうと思ってね。描きたいな、と思って。」

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