第4話

 犯行現場は、ずいぶんと片付いたものだった。争った形跡がない。

 ひとり暮らし用の1DKマンション。ペットも飼っておらず、灰色の机と乱雑に置かれた本棚しかなく、机の上には二杯のカップと総菜のシチューがそのまま残っている。

 ひとつ変わったことがあったとしたら、前日に『黒い竜巻』が街を襲ったということくらいである。

 竜巻は脳みそを奪ったりはしないが、騒音があってもかき消されるだろう。

「被害者の男性はこのダイニングの机に突っ伏すように死んでいたとのことです。シチューに顔を突っ込むような形で絶命していたので、今は隣の部屋に移しています」

「推定死亡時刻は」

「深夜2時です」

 現着していた警官から事情を聴いて、隣の部屋に向かう。

 そこには、魔法陣が描かれた布の上に、遺体が横たわっていた。

 魔法陣には防腐の魔法効果もあるだろうが、もちろんいつまでも腐敗しないわけではない。もしも腐敗を完全に止められたならば、それは不老と言い換えてもいいだろう。不老系の魔法は、あるっちゃあるが、相当レアな魔法だ。

 一時保存の魔法に過ぎないとはいえ、男の遺体は綺麗なものだった。シチューも拭き取られている。魔法殺人は、原型をとどめないほどに凄惨な事件も数多くあったが、これは不気味なほどに綺麗すぎるほどだ。

 顔の特徴もよくわかる。丸眼鏡をかけていることまで。

 えーと、被害者の男性の名はカプリコ。私立の魔導大学を卒業後は魔導調査員を務め、近年最大規模の魔法戦争である『シデラ作戦』の賛成者だったらしい。

 シデラ作戦は、我がテレスコピア合衆国が先導し、ルキシア王国を、ほぼ滅ぼしたと言っても過言ではない戦争だった。

 ルキシア王国は独裁政権だ。国王が変わってから異様なほど魔法にこだわるようになり、諸外国からの警告を無視して大量に魔導人形を作り続けていた。

 これを破壊するため、超規模の魔法が数多展開され、後に虐殺だったと酷評されるほど、凄惨な戦いが起こった。

 死傷者数280万人。

 あんな戦争を賛成していたとなれば、敵も多いだろう。

 しかもカプリコの魔法は、戦いには不向きな探知系の魔法だ。『数ある手法の中から正解を暴く』魔法。まぁ、割とよくある、占い系のものだ。反撃はもちろんできなかっただろうな。

 こういう弱小魔法を持った者ほど、やたらと社会に反抗的になる傾向がある。

 魔法の発現は6歳ほどで始まり、その後、国家の魔法鑑定士によって名前が決められる。

 魔法は、俺たちの遥か祖先の神々から与えられた名と力だ。その力の範囲で威張ればいいのに、どうして虚勢を張りたがるのか、理解に苦しむね。

 いや、つーか。

 逆に不可解なのは、殺したほうだ。

 人をこんなに簡単に殺せる魔法、あったか?

 仕事柄、魔法の種類や系統については知見が広いほうだと思っていたが、脳だけを摘出する魔法など聞いたことがない。

 通常、肉体は生命という名の神秘で守られているから魔法が効きにくい。おまけに見えない場所は神秘性がより高くなるのでさらに魔法が出し辛い。その原則を出し抜くのは、通常はあり得ない……と思う。

 複数人による複合魔法か、自決か、それとも。

「もしかしたら、偉大なる悪の魔法使いが誕生したのかもしれないなぁ」

 俺が冗談交じりにそう呟くと、本気にした新米警官が、えっと声を上げた。

 俺の中二病みたいな発言に引いたのか、悪の魔法使いにビビったのかはわからない。

 俺はげんなりと死体を見下ろす。

 あー、こんなんどうやって追えばいいんだよ。

 魔法省に問い合わせても、もちろん脳を消す魔法など該当するはずもなく。

 俺はただ、頭を抱えた。

 ここから、この事件は、ある魔法使いが死ぬまで膠着することになる。


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