第3話


 ――孤独が好きなわけじゃないけど。


(嫌いなわけでもない)

 ネーリが一番今まで生きてきた中で辛かったのは、祖父の死後、王宮の離宮で一人過ごしていた時だ。

 豪奢な居城があり、世話役が何人もついた。服も、食事も、絵を描く道具も望めば何でも与えてもらった。それでも家族は誰も自分に会いに来なかったし、夜は一人きりだった。

外出を許されず、あの時期、自分の中から、無性に描きたいと思うものも消えかけていた。

 楽しかった祖父との思い出を、ただ思い出しながら描いている。

 共感してくれる者も誰もいない中で。人は周囲にたくさんいたのだ。それでもあれほど孤独を感じたことはない。

 あの時の辛い記憶が、十五歳の身体の中に確かにある。

 だからネーリは孤独に対して強くなれた。

 独りで自由に旅に出て、家もなく、彷徨って、たった一人で――それでも、あの時よりは遥かに幸せだったし、この孤独なら愛せた。

 自分は独りだと思うけど、そんなに自分の境遇を哀れだと思ったことはない。

 家族がいないのだって、もう仕方ないんだと思うようになった。

 祖父が王宮に戻って、全ての遺産を兄のルシュアンに与えると決めた時に、自分の運命はあの王妃に委ねられた。祖父は、ネーリには船の上で生きていく術を色々教えてくれた。それは今も、ネーリが一人で生きていく上で、確かな実りになっている。思うにあれが、祖父が残してくれた財産なのだ。

 その他の財産をネーリに与えると、それを巡って王妃セルピナが憎しみを抱く。

 だから財産を与えないことで、王妃セルピナの怨恨もまた、ネーリから断とうとしてくれたのではないかと、ネーリはそう考えている。祖父は多分、そういう守り方をしてくれたのだ。


 自分の周囲から、今まであった、当然だと思っていた庇護や、愛情が消えた時、

 ネーリは絵があったから、しょうがない、と思えた。

 何も持っていなかったら絶望していただろうけど、孤独になっても絵が描けたから。平気だった。家族といられる時間がもう終わったんだ、と思った。

 家族がいない人だってこの世にたくさんいる。別に何もおかしくはない。


 歩いて、騎士館に戻ると、フェリックスが館の壁から顔だけ覗かせている。

 ネーリはくす、と笑い、フェリックスの方に歩いて行った。首を抱いて、側に座り込む。

「……フレディも、そう思ったのかな……」

 もうしょうがないんだと。

 家族と一緒にいられる時間が終わったんだと、思おうとしてるのかもしれない。

 そういうフェルディナントが神聖ローマ帝国の自分の屋敷に来てくれないかと言ってくれたことは、とても嬉しかった。

 彼が【シビュラの塔】に消された国の王子じゃなければ、家族の無い僕が、彼の家族のようになってあげれたら、素敵だなと思ったけど。

 彼の家族を奪って孤独にした理由に関わってるかもしれない。

 そんな人が家族みたいになる、なんてやっぱり変だ。間違ってる。

 しゃがみ込んでフェリックスの爪の部分を、小さな木の枝で辿るようにガリガリと土に写し取りながら、ネーリの頭に少し顎を乗せるような仕草を見せたフェリックスに彼は笑った。重さはほとんど感じないから、もたれかかって来てるんじゃなくて、これは遊んでじゃれてるのだろう。

 騎竜は冷静で、人にじゃれたりしないとフェルディナントは言っていたが、フェリックスは時折、こういうことをしてくる竜だった。

 でも確かに、ネーリは駐屯地にいる他の竜も見せてもらっているが、他の竜は無駄にウロウロしたりはせず、大人しい印象が多かった。フェリックスが特別好奇心旺盛だ、という話は間違ってないのかもしれない。

 しかし、彼はその、ともすれば騎竜としては欠点になるかもしれない特徴を、補って余りある身体能力と、敵を制する勇敢さと、他の竜を統率する意志の強さを持っているから、隊長騎になれたのだと、騎士たちが話していた。

 戦場では、普段のんびりしているフェリックスも人が変わるのだという。

 一度だけ交わした、フェルディナントの剣の鮮やかさ。

 彼も物静かで礼儀正しい青年だが、戦場で使う剣は鋭く激しい。


「君はこれからもずっとフレディと一緒に空を飛べるんだよね」


 クゥ、と鳴いた。

 根拠はないが、なんとなく、嬉しそうに聞こえた気がする。

 羨ましいな。

 ネーリは微笑んで、そう呟いた。


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