第13話 新たな共鳴
ルーセリアの西の大陸でセルスは小さな部隊を率いて国境近くの視察に来ていた。
セルスの住むエルスフィア王国は大昔の闇の魔女の封印する戦いの際に戦ったエルフの末裔の国だと伝わる。
セルスはその中でもエルフとしての特徴を最も色濃く表していた。
「闇の魔女が復活して、東の大陸は全て闇の魔女に支配されたらしい。ここ西の大陸にもその影響が及ぶだろう」
東の大陸に比べ魔女の瘴気の影響を受けづらい西の大陸は古くから東の大陸に比べて文明が発達していきた。
様々な人種や種族が暮らす東の大陸に比べ、魔女の瘴気の干渉を受けやすい人間が主に西の大陸では暮らしていた。
魔女の復活以来、東の空は不気味な色に染まっている。
「いつか魔女の影響はこの西の大陸にも訪れる」
しかし、西の大陸は国家間の闘争が度々起こっており、闇の魔女に一枚岩で立ち向かう体制にはなっていなかった。
特にアゼルド帝国は、武力による覇権を狙っており西の大陸の統一を狙っている。
人間至上主義を標榜するアゼルド帝国とはお互いに牽制しながら微妙な距離を保っていた。
セルスはエルスフィア王国の王女だった。国王の命を受けてアゼルド帝国の国境付近まで来ていた。何やら最近アゼルド王国によくない噂を耳にした。
“アゼルド王国は黄昏の契約者を支援している”
その真偽を確かめるべく、監視を続けていた。
セルスが監視を続けていると前線から伝来が入る。
「巨大な魔物が出現!」
「な、巨大な魔物だと?!」
魔女の瘴気の影響をあまり受けない西の大陸では巨大な魔物は生息しないが定説であった。
なんでこんなところに…あんな強大な魔物が…
巨大な魔物がセルスの部隊を圧倒的な力で蹂躙し始めた。
「誰か……誰か…助けて……」
◇
一年が過ぎ、クルスが新たな生活に少しずつ馴染み始めた頃のある日のことだった。
クルスのスマホが不意に鳴り響く。
画面には異世界の文字が表示されていた。心臓が一瞬、強く鼓動を打った。
「もしかしてリア……?」
クルスはすぐに応答ボタンを押した。「リア!」
しかし、受話口から聞こえてきたのは、まったく違う女性の声だった。
「あなたは誰?助けて!お願い、誰か――」
彼女の声には緊迫感があり、誰かに追われている様子が伝わってきた。クルスは瞬時に判断し、相手の状況を探ろうとした。
「いいか冷静になってくれ。何に追われている?そして君は、どんな魔法が使える?」
「追ってきてるのは巨大なクマのような魔物……私は……炎属性の魔法……三詠唱までなら……」
彼女のか細い声を受け、クルスは炎属性の八詠唱魔法を短縮して伝えることを思いついた。
これはかつてリアと共に使い、アプリの力で短詠唱にした魔法だったが、彼の中ではその詠唱のコツがしっかりと記憶に刻まれていた。
「いいか、二詠唱に短縮して使う方法がある。『紅蓮の猛火よ、我が前に敵を焼き尽くせ』――それを強く念じて、全力で放つんだ!」
クルスが彼女に八詠唱魔法を二詠唱で短縮する方法を伝えると、彼女は一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。視線を鋭くクルスに向け、その目には明らかな疑念が滲んでいる。
「八詠唱の魔法を……たった二詠唱で?」彼女は疑いを隠せない様子で口を開いた。「そんなこと、本当に可能なの?八詠唱の魔法は宮廷魔術師でも使える人はほとんどいないわ。」
クルスは、かつてリアも同じように半信半疑だったことを思い出し、静かに笑みを浮かべた。
「気持ちはわかるよ、でも実際にやってみてくれ。詠唱は短いけれど、魔法の効果はそのまま発動されるから」
彼女はまだ信じられない様子で、軽く眉をひそめながらも、クルスの真剣な言葉に根負けしたのか、しぶしぶと詠唱に入る準備を整えた。そして心の中で一度深呼吸し、クルスの言葉を反芻しながら短縮した詠唱を唱えた。
「紅蓮の猛火よ、我が前に敵を焼き尽くせ!」
いつもよりも魔力のコントロールが上手くいく感覚があった。
魔法が発動し、炎の渦が一瞬にして彼女の周囲に広がり、魔物を燃え盛る炎で包み込んだ。敵が倒れたのを見届けると、彼女は驚愕に目を見開き、クルスを振り返った。
「……こんな事が……」彼女の声には驚きと戸惑い、そして少しの尊敬が入り混じっていた。「今のは一体どうやって……?」
クルスは静かにうなずき、彼女の質問に応えた。「俺には不思議な力がある。魔法以外にもね。」
彼女はまだ信じきれないながらも、この声の持ち主の持つ不思議な力に徐々に引き込まれ始めている自分に気づいた。
彼女は必死に彼の指示を聞き取り、途切れ途切れの詠唱を開始した。数瞬後、彼女の小さな息遣いが、成功を示すかのように落ち着いてきた。
「ありがとう……なんとか逃げられたわ」
クルスは安堵しつつ、彼女にさらに質問を投げかけた。自分が失った異世界との接点が再び目の前に現れたのだ。彼女からの答えに耳を傾けずにはいられなかった。
「君、今どこにいるんだ?それに、闇の魔女の復活についても教えてほしい」
彼女は一瞬の沈黙を挟んだ後、冷静さを取り戻し、説明を始めた。「東の大陸……エルフの森から闇が広がり、魔女が復活したという噂が流れている。もうすぐ西の大陸にも、その脅威が迫るって」
クルスの胸の中に、かすかな痛みが走った。リアがいるかもしれない東の大陸は、闇の魔女によって完全に覆われているかもしれない。リアの無事を確信することができないまま、クルスは暗い現実を受け入れるしかなかった。
「ルーセリアは東と西に大陸が分かれていたのか…俺は何も知らなかったんだな…。君の名前を教えてくれないか?」
彼女はしばらくためらった後、「セルスト・エルスフィア。この国の王女よ。私の事はセルスと呼んで欲しい。」と名乗った。「私の国では西の大陸の安全を守るために、闇の魔女の勢力と戦う準備を進めているの。彼らの本拠地を倒さないと、いずれこの地も……」
クルスは頷き、彼女に協力を申し出た。
「僕にも探したい人がいる。そのために君の手助けをさせてほしい。もし共に戦うことができるなら、君の目的も力になれると思う。僕はクルスという。君の世界とは離れた世界の住人だ。君が僕と話したいと願えば僕はいつでも君の味方になる。」
セルスは少しの沈黙の後、彼の提案を受け入れるように小さく頷いた。「分かったわ。クルス」
その瞬間だった。クルスのスマホが突然光だし、画面に突然、見慣れたアプリのアイコンが並び始めた。「視覚共有アプリ」「異世界ブラウザ」「魔法翻訳アプリ」「マップアプリ」――かつて失われた異世界アプリたちが、次々と姿を現していく。
「……戻ってきたんだ」
その中でも彼が最も気にかけたのは、マップアプリだった。すぐに起動し、画面を確認したが、リアの位置を示す青い点は見当たらない。彼女がどこにいるのか、また無事なのか、まるで手がかりがない。
「リア……セルス一つ聞きたい事がある。リアンナ・サリアスフィンというエルフの剣士を知らないだろうか?」
「聞いた事があるわ。闇の魔女を倒すために半年前立ち上がりその後は消息不明になっていると…まさかその人があなたが探したい人?」
「(なんだって消息不明…だって…)…僕はそのリアを探している。そして闇の魔女を倒したい。」
「そう。なら私も一緒。闇の魔女からこの国を守りたい。」
クルスは自分の失敗を償うため、そして再びリアとつながるために、全てを捧げる事を誓った。
「この一年で、できることは増えた。リア……セルスを守るために、この力を最大限に使ってみせる」
共鳴を再び感じ取るための道のりは、遠く険しいものかもしれない。
それでも、彼は闇の魔女を倒し、リアを見つけるための戦いに、再び身を投じる覚悟を固めた。
クルスは一度深呼吸をし、セルスに語りかけた。
「セルス、一緒に戦うために、いくつか確認しておきたいことがあるんだ」
セルスは不思議そうな表情を浮かべて頷くと、クルスは少し考えながら切り出した。
「さっき、君は三詠唱までの炎の魔法が使えるって言ってたけど、他に使える属性はある?」
セルスは首を横に振り、戸惑いがちに答えた。
「後は聖属性が使える。でもその二属性が私には限界。でも複数の属性が使えるって結構自分で言うのもなんだけどすごい事なのよ。そもそも詠唱数が増えたら実戦では魔法はあんまり使えないの」
クルスは少し驚いたが、興味深く話を聞く。
「詠唱数が多い魔法って、普通は使わないのか?」
「そうよ。長い詠唱をしている間に攻撃される危険があるから。通常の戦闘で使われるのは、すぐに唱えられる短詠唱の魔法ばかりよ。戦術魔法師でも、戦争のような大規模な戦闘があるときにしか、長詠唱の魔法を使うことはないわ」
その説明を聞いて、クルスはふとリアのことを思い出した。どんな詠唱の長い魔法でも、リアはクルスを信じて使ってくれたのだ。
「リアは、僕がどんな指示を出しても文句を言わず、すぐに魔法を試してくれてたんだな……」
クルスは改めてリアの存在の大きさを実感し、胸が温かくなった。しかし、目の前のセルスに対しても今はできる限りのサポートをしたい。そんな思いを胸に、次の確認に進んだ。
「さて、アプリの確認をしてみよう」
「アプリって何?」聞き慣れない言葉にセルスは聞き返す。
「俺の世界の魔法みたいなもんだよ」
まずはマップアプリを開き、セルスの位置を確認する。やっぱりリアの青い点は表情されない。
それに胸を締め付けられるような想いを抱きつつも、画面上には、セルスの位置が緑色の点で表示されていた。
「セルス、君はマップ上で緑色の点で表示されているよ。リアとは違う色で表示されるみたいだ」
セルスは不思議そうに眉をひそめた。
「それって便利ね。私の位置が分かるなら、何かあったときにも助かるわ」
「そうだね。これで離れていても君の居場所を確認できる。俺からは君の敵の位置も正確に把握してできる。もし危険が近づいてもすぐにそれがわかる」
次に、クルスはメッセージ機能を確認することにした。思い出させられるのはリアのとメッセージを交換していた楽しい時間だ。
「今からメッセージを送るから、それがどう見えるか教えてほしい」
セルスが集中して待機していると、空中に窓のようなものが現れた。
「あら、これは……手紙みたいね」
セルスは指でその窓に触れると、クルスからのメッセージがはっきりと表示された。「これはどういう事?ちゃんと読めるわ」
クルスは満足そうにうなずき、次のテストに進んだ。「今度は君が僕にメッセージを送ってみて。手紙の内容を思い浮かべて、それを僕に届けたいと念じてみてくれないか?」
セルスは少し緊張しながら、心の中で手紙の内容を思い浮かべ、強く念じた。その瞬間、クルスのスマホにメッセージ通知が届き、画面を確認した。
「成功だ。メッセージは普段の連絡に使おう」
セルスは少し驚きと安堵の表情を浮かべ、「こんな風に簡単に連絡が取れるなんて……あなたはすごいのね、クルス」
「最後に試したいのが、
この機能を使うのを実はクルスは少し躊躇した。リアと心も身体も繋がったあの感覚がまだ心の中に残っていた。
しかし、
「どうやら、共鳴が足りてないみたいだ」
セルスは不安そうにしながらも頷き、クルスに真剣な眼差しを向けた。
「共鳴って、一体どうすればいいの?」
「俺とセルスがもっと深く連携ができるようになれば、きっと
セルスはその言葉にうなずき、再び深く感謝の表情を浮かべた。「わかったわ、クルス。あなたが頼りになる人だって分かって、なんだか安心できた」
クルスも微笑み返し、力強く答えた。
「俺たちは目的を一緒にしている。俺は全力で君をサポートする。もう絶対に失敗はしない」
セルスは小さく頷きながら「ありがとう、クルス。これからもよろしく頼むわ」と静かに答えた。二人はこれからの共闘の約束を胸に刻み、電話を切った。
電話を切った後、クルスはしばらく画面を見つめていた。リアと繋がることができなかった寂しさが胸を締め付ける。それでも、セルスとの新たな繋がりが自分の選んだ道を後押ししてくれるような気がしていた。
クルスはスマホをそっと置き、深く息を吸い込んだ。そして、目を閉じると、心の中にリアとの記憶が蘇る。視覚共有を通じて見た彼女の戦う姿、魔法の詠唱に込められた信頼、そして彼女の声――それらは、クルスにとって失いたくない宝物だった。
「リア……絶対にもう一度君を見つける。君を助けるために、俺は何だってする」
クルスは拳を強く握り締めた。リアと過ごした時間だけでなく、自分が魔女を復活させてしまった責任が彼の心に重くのしかかっている。
「俺がこの世界を窮地に追い込んだんだ。だからこそ、俺がその責任を果たす。リアがどこかで生きているなら、絶対にまた繋がってみせる」
彼はその場で立ち上がり、デスクに散らばるノートや資料に目をやった。そこには今まで学び、考えた全ての記録が残されている。AI技術、魔法構築理論、戦術支援アプリ――どれもがリアと再び繋がるために開発してきたものだった。
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