新たな戦いへ
第12話 クルスの決意
魔女の封印を解いてしまったあの瞬間、自分が犯した過ちを忘れることはできなかった。自分が許せなかった。
クルスは、興味本位でタップしたリンクが、ルーセリアという世界全体を暗黒に陥れた現実を、日々胸に刻み込んでいた。
「お前のおかげで、私は蘇った」
スマホから響いた不気味な声が、繰り返し彼の頭の中でこだました。
その後、リアの声は突然途切れ、スマホが煙を上げて壊れた。すぐに駆けつけた修理店でも復旧不可能と告げられたとき、クルスの胸には深い罪悪感と虚無感が広がった。
「俺が……俺があのリンクをタップしなければ……」
クルスの中に湧き上がる後悔は、日々、クルスの胸を締め付けた。特に、あの最後の瞬間、リアが叫び声のようなか細い声で「クルス……」と呼んだ記憶が、クルスを眠らせなかった。
家に戻り、最新機種のスマホでデータ復元を試みたものの、異世界アプリのフォルダだけはどうしても復元できなかった。
「頼む……リア、俺の声に応えてくれ……」
クルスは祈るように何度もメッセージを送った。しかし、返事が返ってくることはなく、スマホの画面には冷たい静寂だけが映る。
その静けさが、まるでリアとのつながりが完全に途切れた現実を突きつけているかのようだった。
リアの安否はわからない。彼女が生きているのか、闇の魔女に捕らわれたのか――最悪の事態が脳裏をよぎるたびに、胸の奥が張り裂けそうになる。
「俺のせいだ……俺があんなリンクをタップしなければ、リアは……ルーセリアは……」
自責の念が心を蝕み、彼を絶望の淵に追いやった。
それでも、クルスは膝を折らなかった。彼にはまだやるべきことがあった。
「落ち込むだけじゃ、リアを助けられない……」
自分が犯した過ちを償うためにも、再び異世界とのつながりを取り戻し、リアを救う力を手に入れる。それが自分に課せられた使命だと確信した。
その日から、クルスは全ての時間をアプリ開発と知識の習得に費やし始めた。AI技術や情報解析の研究に没頭し、より高度なアプリを作り上げるために、日々努力を続けた。
「戦略支援アプリ」のプロトタイプでは、現実の問題を解決するためのシミュレーションを試み、社会課題への応用可能性も模索した。AIが状況を分析し、最適な戦術を提示するアプリは、現実の課題を解決する一助ともなりつつあった。
クラスメートたちは、以前のクルスと全く違う姿に驚いていた。
休み時間さえ惜しむようにパソコンに向かい、プログラムコードを書き続けるクルス。机にノートや資料を広げ、AI技術やプログラミングに関する専門書を読む姿は、周囲の生徒にとって奇異なものだった。
「おい、クルス。最近なんか変わったな。何してんだよ?」
「ゲームでも作ってるのか?」
友人たちが気軽に話しかけても、クルスはそっけなく「いや、ちょっとな」とだけ答え、再び手元に視線を落とす。
次第に彼の周囲からは人が離れていった。
そんな中、幼馴染のミキだけは、クルスを気にかけて話しかけてきた。小さい頃からずっと一緒だった彼女は、クルスが無理をしていることに気づいていた。
「クルス、ちょっといい?」
放課後、ミキはクルスがパソコンに向かって作業している教室に入ってきた。机に座り込んで何かを書き続けている彼をじっと見つめる。
「……ミキか。どうした?」
クルスは目を上げずに答えた。
ミキは少し怒ったように腕を組みながら言った。「最近、学校で全然話してないよね。それに、なんか疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
クルスの声は淡々としていたが、その奥にどこか張り詰めた緊張感が滲んでいた。
ミキはため息をついた。「やらなきゃいけないって……何をそんなに必死になってるの?最近、本当に変だよ。前みたいに笑ったり、みんなと遊んだりもしないし……」
「俺の問題だよ、ミキ。気にしないでくれ」
そう言いながらも、クルスの手は作業を止めなかった。
「気にするよ!」ミキの声が教室に響いた。「……私は幼馴染なんだから、放っておけるわけないじゃない。昔から、そういう無理ばっかりして……誰にも頼らないんだから」
その言葉に、クルスは手を止め、ようやくミキの方を向いた。彼女の目には涙が浮かんでいるように見えた。
「ごめん、ミキ。……でも、本当に俺がやらなきゃいけないことなんだ。誰にも頼れないんだよ」
「どうして?何がそんなに大事なの?」
クルスは少し迷った後、答えた。「……もし、誰かを助けるために自分が動かなきゃいけない状況にいたら、どうする?」
その問いに、ミキは一瞬言葉を失った。クルスが何か大きな問題を抱えていることは察していたが、それがどれほど深刻なのか、彼女にはまだ分からなかった。
「私は、クルスに無理してほしくない。助けたいなら、まず自分が倒れないようにしてよ。じゃないと、その『誰か』を助けるどころじゃなくなるよ」
ミキの言葉にクルスは少し微笑んだ。「ありがとう、ミキ。でも、俺はこれをやらなきゃいけないんだ。それが俺の責任だから」
ミキはまだ納得していない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。ただ、「本当に無理しないでよ」とだけ言い残し、教室を出て行った。
ミキとの会話が終わった後、クルスは再び作業に戻った。彼の胸にはわずかな痛みが残っていた。
(ミキに心配かけたくないのに……でも、これだけは譲れないんだ)
クルスは、幼馴染の優しさを感じながらも、自分の決意を再確認した。リアと再び繋がるため、自分が引き起こした闇を終わらせるため、彼はその手を止めることなく努力を続けた。
——1年が経つ頃、クルスの努力は目に見える形で実を結び始めていた。情報解析や戦術支援を行う「戦略支援アプリ」は、試作段階ながらも驚異的な精度を誇り、社会的な課題解決にも適用できる可能性を秘めていた。
しかし、どれだけ成果を上げても、クルスの心は満たされなかった。リアと再び繋がる手段を見つけられない限り、クルスにとって全ての成功は無意味だった。
「リア……君にもう一度会える日が来るのなら、俺はどんな困難も乗り越えてみせる」
リアルタイムの視覚共有で彼女の視界を見たときの感覚――それだけが、彼に確かな希望を与えていた。共鳴の温かさ、彼女の声、戦いの中で支え合った記憶。それらがすべて、クルスの前に進む力となっていた。
◇
一方、ルーセリアでは、闇の瘴気が広がり続けていた。
リアは魔女の復活によって次々に発生する魔物の群れと戦い続けていた。
彼女はクルスが教えてくれた魔法を操りながら、彼の存在を心の中で感じ取ろうと必死になっていた。
「クルス……今、どこにいるの?またあなたの声を聞きたい……あなたの力を感じたい」
しかし、どれだけ願っても彼の声が返ってくることはなかった。孤独な戦いの中で、リアは何度も共鳴を求めて呼びかけていた。
「また……私と繋がって……クルス……」
それからさらに数ヶ月が経ったある日。リアは満月の光が瘴気にわずかに反射する中、祈るように強く共鳴を願った。
その瞬間、リアの胸にかすかな温かさが広がった。彼女は目を閉じ、強く想いを込めて呼びかけた。
「クルス……!また繋がれるの……?」
その反応は確かに共鳴の感覚だった。だが、その感覚の向こうから聞こえてきた声は――
それは、リアが望んでいた声ではなかった。
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