第4話 古の書の行方

リアは深い森の中、静まり返った周囲に耳を澄ませながら、両手をかざしてクルスと共に使った二詠唱の魔法を再び試していた。


彼と共にミノタウルスを倒したとき、八詠唱の威力を持つ強力な炎魔法「紅蓮の断罪」を二詠唱で放ったあの感覚が、まだ彼女の中に鮮明に残っている。


「あの力が……もう一度出せるなら……」


リアは自分に言い聞かせるように呟き、意を決して詠唱を始めた。放てるには放てる。だが、どうしてもあの時の力が感じられない。胸の奥でどこか鈍い不安が広がり始める。


もう一度深呼吸をして集中し、詠唱を繰り返してみるが、やはり結果は同じだった。


「……なぜ、だめなの?」


リアは呆然と立ち尽くし、静まり返った森を見渡した。さっきクルスと一緒にいたときは確かに使えた力なのに、今はどれほど集中してもあの魔力の感覚が戻ってこない。


「もしかして……クルスと一緒の時だけ、使える力だったの?」


彼女は、クルスと話していたときのことを思い出していた。


クルスが異世界から自分に魔法のアドバイスをしてくれたあの瞬間、彼の助言に従うことで魔力のコントロールが驚くほど精密にできたことを――そして、そのおかげで自分の力を超えた魔法が放てたのだ。


「クルス……あなたのおかげで、私はあの力を引き出せたのね」


リアはその事実を実感しながら、心の中でクルスへの感謝が込み上げてくる。


彼との不思議な繋がりが自分に未知の力をもたらすのかもしれないと考えると、どこか心強さとともに微かな希望が胸に芽生えた。


だが、同時にリアの心には深い不安も渦巻いていた。エルフの里に伝わる「古の書」が、闇の魔女の復活を狙う者によって盗まれてしまった。


古の書は、かつてルーセリア全体を恐怖に陥れた闇の魔女の力を封じている禁忌の書物。


その力が再び解放されれば、ルーセリアは再び破滅の危機に瀕することになる。


リアは古の書の守護者として、エルフの里でその一族の誇りを背負い、剣士として日々鍛錬を積んできた。


だが、古の書が奪われた以上、ただ守護の役目に留まるわけにはいかない。里の安全を守るためだけでなく、ルーセリア全体を守るためにも行動を起こすべき時が来たのだ。


「私が、この闇の魔女の復活を阻止しなくては」


リアは改めてその決意を胸に固めた。自分の里を、そしてルーセリアを守るためには、古の書を取り戻し、闇の魔女の復活を阻止する必要がある。


そして、あの二詠唱の力を再び引き出せるなら、クルスの協力もまた必要になるかもしれない。


リアの頭に、クルスの存在が浮かんだ。


あの異世界の少年が持つ知識や知恵は、ルーセリアでは知られていないものばかりだ。


そして、彼と共に戦うことで自分にしか引き出せない力があることも知った。


クルスとの繋がりを再び頼ることは、何か運命的なものを感じさせるが、確実に彼の力が必要だとリアは感じていた。


「クルス……あなたの力が、私に必要になる時がきっと来る」


リアは心の中でそう呟きながら、自分の中に芽生えた使命感を改めて確かめた。彼女には、里を守るために、そしてルーセリアの未来を守るために、すぐに行動を起こすべき責任がある。


その日の夜、リアは決意を胸に、エルフの里を離れる準備を進めた。


ルーセリアの平和を守るため、そして何者かの手に渡った古の書を取り戻し、闇の魔女の復活を防ぐための旅に出る覚悟を固めたのだった。


リアはエルフの里の中央にある木造の小屋で、族長と静かに向かい合っていた。


「リア……古の書が奪われた以上、これを公にするわけにはいかない。封印が失われたと知れ渡れば、ルーセリア全体に大混乱が広がるだろう」


族長の言葉にリアは深く頷き、重大な決意を固めた。「承知しました。私は一人で古の書を取り戻してみせます」


「頼んだぞ、リア。この道は孤独で危険だが、剣士としての誇りを忘れずにな」


リアは族長と別れ、誰にも頼らず一人で旅に出た。


数日後、リアは古の森を抜けるために静かに足を進めていた。そのとき、背後から感じる異様な気配に気付き、振り返ると黒い毛に覆われた巨大な魔物が赤い目でこちらを睨んでいた。


「暗影ウルフ……」


彼女は剣を握りしめたが、相手の気配からして尋常な相手ではないことが一瞬で分かる。頼るべきは遠く異世界にいるクルスだけ――リアは魔法でクルスに意識を繋げ、助けを求めた。


聞き慣れない呼び出し音が頭の中で鳴り響き、それほど待たないうちにクルスが出てくれた。

「クルス、今、強力な魔物に遭遇しているわ。全身を黒い毛で覆われた巨大な狼のような魔物で……暗影ウルフという名前が浮かんできたの」


「暗影ウルフ……調べてみる」


クルスはスマホで「暗影ウルフ」を検索し、ブラウザで得た情報を急いで確認する。「リア、それはAランクの魔物だ。倒すには8詠唱以上の聖属性魔法が有効らしい」


リアは一瞬考えた後、少し困ったような表情で言った。「私はすべての属性魔法を使えるけど、魔力の細かいコントロールが苦手で、簡単な魔法しか扱えないの」


クルスは彼女の状況を理解し、魔法翻訳アプリで調べる。


「これだ『聖光の閃光』。よし!よかったこれも2詠唱にできる!」そして魔法翻訳アプリで出た魔法をリアに伝える。「リア『聖光の閃光』という魔法がある。通常は8詠唱なんだけど、詠唱数を2詠唱に短縮できる方法があるんだ。しっかり指示するから聞いてて」


「2詠唱……分かったわ」


クルスは魔法の詠唱と魔力コントロールの具体的な手順をリアに伝え始めた。「まず、魔力を手元に集中させるけど、量は通常の三分の一くらいに抑えてみて。それで『聖なる光よ、闇を貫け』と唱えるんだ」


リアは静かに息を整え、剣に手を添えながら心を集中させた。クルスの指示通り、通常の三分の一程度の魔力を剣先に集め、詠唱を始める。


「聖なる光よ、闇を貫け――」


彼女が詠唱を唱え終わると、剣にほのかに輝く光が宿り始めた。クルスは続けて次の指示を出した。


「いい感じだよ、リア。今度は、その状態でさらに魔力を増幅して、詠唱を『全てを照らし、悪を退けよ』に変える。魔力の量はそのまま維持して、光が剣から溢れないように注意して」


「……分かった」


リアは静かに剣に魔力を注ぎ込んでいき、慎重に魔力の流れを抑えつつ、クルスの言葉に従い次の詠唱を唱えた。


「全てを照らし、悪を退けよ!」


剣から放たれた光が、暗影ウルフを眩しく照らし、魔物が怯んで動きを止める。


その隙に、リアは剣を振り下ろして止めを刺した。暗影ウルフは地面に崩れ落ち、森に静寂が戻った。


「うまくいったわ!やっぱりこの力は不思議だわ。大魔導士にでもなった気分」


「よかった……リアが無事で安心したよ。でも、こんな危険な旅を一人でしてるんだね」


リアは少し寂しそうに微笑んだ。

「実は、闇の魔女を封じている古の書が盗まれてしまったの。その封印が解かれたら、ルーセリア全体に危険が及ぶわ。でもこのことは公にできないから、一人で探さなきゃならないの」


クルスは驚きと真剣な声で答えた。「それほど大事なものなんだね……リア、俺もできる限り手伝うよ」


「ありがとう、クルス。こうして話せることよ私にとっての支えになってるわ」


彼女の思いに応えるようにクルスも微笑んだ。「俺の世界では昼間は学校に通ってるから、その間は対応が難しいんだ。でもできるだけサポートするよ」


「学校……あなたの世界の任務のようなものかしら?」


「まぁ、そんな感じ。俺たちは勉強するために通う場所があるんだ」


リアは「学校」や「勉強」といった聞き慣れない言葉に興味を示し、「あなたの世界は私には想像もできない場所ね」と笑った。


すると、クルスがふと思い出して言った。


「そうだ、さっき新しいアプリで調べたんだけど、今いる場所は一時間後に雨が降るらしいから、雨宿りできる場所を探しておいた方がいいよ」


「アプリって……何かしら?」


「えっと、情報を調べたりするための道具かな。俺の世界の魔法みたいなものかもしれない」


リアはクルスの説明に驚きつつ、「天気が分かるなんて本当に便利な魔法みたいね」と微笑んだ。


「そうだリア、今僕らは音声通話しかできなくて、君からの着信しか僕は受ける事ができない。なんとかこちらからリアにコンタクトできる方法を探してみる。また危なくなったらいつでも連絡してくれ。道中気をつけて。」


「わかったわクルスありがとう。」

リアは通話が切れるとクルスのアドバイスに従って、雨宿りの場所を探し始める。


一時間後、晴れていた空が急に曇り始め、次の瞬間には大粒の雨が降り出した。クルスの予測通りだったことに驚きつつ、リアは再び彼への信頼を深めた。


「クルス……あなたの世界には本当に不思議な力があるのね」


遠い異世界にいるクルスとの繋がりが、リアの孤独な旅の支えになっていると感じるのであった。

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