第3話 危険な魔物

「クルス、まずい!魔物に見つかった。」

その魔物がリアの気配を察知したらしく、魔物との距離がどんどん近づいてきていた。


リアと通話が繋がったままのスマホを手に、クルスは彼女の切迫した声に焦りを覚えながら、異世界ブラウザで魔物の情報を調べようとしていた。リアが息を切らしながら、何とか状況を説明しようとしている。


「リア、今どんな状況なんだ?今襲われてる魔物、名前わかるか?」


「これは…確か古い伝説に出てくるミノタウルスかもしれない!」


「ミノタウルス……分かった、少し待っててくれ」


クルスはすぐに異世界ブラウザを開き、「ミノタウルス」を検索する。すると、画面に赤い文字で「危険度Aランク」と表示され、


「ミノタウルス:巨大で凶暴な牛頭人身の魔物。通常、八詠唱以上の炎魔法で撃退可能」

と書かれているのを見つけた。


「リア、ミノタウルスはAランクの魔物で、倒すには八詠唱の炎魔法が必要みたいだ」


リアの声に緊張が走る。「Aランク?!それってほとんど天災級の魔物じゃない!しかも八詠唱の魔法……?私には無理よ!三詠唱が限界なの」


クルスは彼女の言葉に驚きと焦りを感じた。異世界では、魔法の威力は詠唱の回数と精密な魔力操作に左右されるのだ。


リアの限界が三詠唱までなら、Aランクの魔物に対抗するのは非常に厳しい。


「他に方法がないのか……?」


クルスは異世界フォルダの「魔法翻訳アプリ」を試してみることにした。


アプリを開き、「八詠唱の炎魔法」を検索すると、画面には「八詠唱魔法『紅蓮の断罪』」の詠唱と、詠唱を簡略化した「短縮詠唱」の情報が表示されているのが目に入った。


「リア、対処方法がわかった。八詠唱の魔法『紅蓮の断罪』を二詠唱に短縮する方法があるみたい」


リアは困惑した声を漏らした。「二詠唱で八詠唱の威力を出すなんて、そんなの聞いたことないわ!」


「でも、短縮詠唱の情報が詳しく書かれてるんだ。それに、詠唱ごとの魔力量調整も細かく指示されてる。試してみる価値はあると思う」


リアは数秒間沈黙した後、覚悟を決めたように言った。「分かった。試してみるわ。今の状況じゃ、やるしかないもの」


クルスは、画面に表示された短縮詠唱と魔力調整の手順を読み上げ、リアに伝えた。


「最初に『紅蓮の炎よ闇を貫け』って唱えて、魔力を細かくコントロールして。次に『断罪の業火すべてを焼き尽くせ』と唱えて、魔力を一気に解放するんだ」


リアは慎重にクルスの指示を聞き、魔力を操作しながら詠唱を始めた。


「紅蓮の炎よ闇を貫け……」


彼女の周囲に力強い炎が生まれ、その力が徐々に凝縮していく。そして、クルスの指示通り、二詠唱目に入った。


「断罪の業火すべてを焼き尽くせ!」


リアの詠唱が終わると同時に、彼女の両手から強大な炎がほとばしり出た。


その炎はたった二詠唱でありながら、まるで八詠唱の威力を持つかのように、ミノタウルスの巨体を包み込み、燃え広がっていく。


ミノタウルスはその炎の中で咆哮を上げ、その巨体がゆっくりと崩れ落ちていった。リアは、魔物が地面に倒れるのを見届け、息を切らしながらクルスに向かって小さく微笑んだ。


「……本当にできた……クルス、今の力はいったい何なの?」


「俺に聞かれても正直よくわからないけど、少なくともアプリに導かれた勝利だったよ」


クルスもスマホ越しに彼女の成功を確信し、心の中で大きく安堵した。「でも、リアが無事で本当によかった」


「あなたのおかげよ、クルス。もしこの情報がなければ、私はきっとここで倒れていたわ」


異世界フォルダと自分の力が、異世界の誰かを救う力になったのだと実感した。


「リア、これからも俺にできることがあれば、いつでも協力するよ」


「本当にありがとうクルス。また頼ってもいい?」


誰かに感謝され、信頼されたのはクルスにとって初めてだった。リアの信頼を感じたクルスは、さらにアプリの内容を細かく調べてリアの力になりたいと感じた。


リアを救った夜、クルスはスマホを見つめながら静かに息をついた。異世界のエルフ、闇の魔女、ミノタウルス……自分がまさかこんな非現実的な出来事に関わることになるとは思いもしなかった。


「てかスマホで繋がるとか新しいタイプの異世界モノって感じだな。それはそうとして、リアをもっと助けるには……」


彼の中に新たな意欲が湧き上がってきた。異世界のことを知り、もっとリアの力になれる方法を探す


――そのためには異世界フォルダのアプリを使いこなさなければならない。調べているとリアの世界の人々は自らの世界を「ルーセリア」と呼んでいる事がわかった。


まず、クルスは「魔法」について調べることにした。異世界ブラウザに「魔法の詠唱」「魔力量」といったキーワードを入力して検索をかける。


魔法に関する詳細な解説が次々と表示され、クルスは画面を見つめながらその情報に目を通していく。


「詠唱数が多いほど魔法の威力は増すが、詠唱数が変わっても必要な魔力量は変わらない……?」


その一文に、クルスは引っかかりを覚えた。


詠唱を短縮しても、魔法そのものに必要なエネルギーが減るわけではない。つまり、短縮詠唱には詠唱以上の高度な魔力コントロールが必要だということだ。


「そうか……リアが八詠唱の魔法を二詠唱で使えたのは、彼女がもともと持っている魔力量が膨大だからなんだ」


ふとした閃きが彼の頭を駆け抜ける。リアは細かい魔力のコントロールが苦手で、通常は三詠唱までしか扱えないと言っていたが、持っている魔力そのものは並外れているのかもしれない。


クルスはこの仮説を胸に、リアの大きな潜在能力に期待を抱いた。


「リアには、きっと恐るべき才能があるんだ。あとはその力をどう引き出すか……」


さらにクルスは魔法について調べる。

「ルーセリアに存在する魔法は風、炎、水、土などの基本属性と聖属性と闇属性か。ん?まて、光は存在しないのか?」


闇があるのに光がないこの事にクルスは少し違和感を感じた。


考え込む彼の視線は、画面に表示されている「闇の魔女」という別の検索結果に移っていった。


再び興味をそそられ、彼は闇の魔女の伝説について読み始める。


かつて異世界を恐怖で包んだ存在――それが「闇の魔女」だという。闇の魔女は、禁じられた魔法の知識を得て、異世界全体に破滅をもたらす力を手にしていた。しかし詳しい事は伝承以外は全くの不明だった。


しかし、闇の魔女の力はエルフの一族によって封印され、魔女が手にした魔力の源もまた、古の書に封じられたのだという。それをエルフ達は大切に守っているらしい。


「なるほど……リア達エルフは『古の書』を闇の魔女から守っているのか」


クルスは異世界フォルダで得た情報を通じて、リアの使命がいかに重いものであるかを理解し始めていた。


彼女が守るべきものは、エルフの一族の誇りであり、闇の魔女の脅威から異世界全体を守るためでもあるのだ。クルスは、単なる魔物退治の延長でなく、リアの背負うものの大きさを改めて感じた。


次にクルスは「エルフの文化」「エルフの詠唱」についても検索し、リアたちエルフの生き方や価値観について知ろうとした。


異世界ブラウザに表示された情報には、エルフたちが自然と調和し光の民とも呼ばれ、魔法を詠唱という形で大切に伝承していることが書かれていた。


「エルフにとって詠唱はただの魔力操作じゃないんだ……歌や詩のように自然の力を感じながら、祈るように魔力を込めるものなんだな」


クルスは、リアが誇りを持って剣士として生きているのも、このエルフの文化の一環なのだと感じ、彼女に対する尊敬の念がさらに深まった。


その後も、クルスは異世界に関するさまざまな情報を読み進めていった。


異世界には魔法が日常に溶け込んでいるが、辺境ではいまだ魔物の脅威が人々の生活を脅かしている。


都市部の豊かさと辺境の危険、魔力と自然の共存――異世界の複雑な構造が、画面を通じて少しずつ彼の中に浸透していった。


「リアの生活も、常に魔物と隣り合わせなんだろうな……」


リアが異世界でどれほどの危険と向き合いながら生きているのか、クルスはますます彼女を支えたいと思うようになった。そんな中、ふと一つの疑問が浮かぶ。


「もし、現代のアプリをこのフォルダに入れたらどうなるんだろう?」


思いつくままに、クルスは自分のスマホにある「マップアプリ」を異世界フォルダに移してみた。


すると、アイコンが一瞬光り、見慣れたアプリが「異世界仕様」に変わるのが目に入った。


「……マジか?」


驚きながらマップアプリを開くと、そこにはリアのいる異世界の地図が表示されていた。


地形や村々の位置が表示され、リアナの現在地やその周囲の状況まで確認できるようになっている。


クルスは息を呑みながらその画面を見つめ、異世界フォルダの機能にますます興味が湧いてきた。


「現代のアプリをフォルダに入れるだけで異世界仕様になる……これは本当にすごい」


クルスは、次々とアプリを異世界フォルダに入れてみたい衝動に駆られた。そして、ふと新しい考えが閃いた。


「もし、自分でリアを助けるためのアプリを作ったらどうなるだろう?」


彼には簡単なアプリを開発するスキルがあり、以前からちょっとしたツールを自作して楽しんでいた。


異世界フォルダの力を使えば、自分の手でリアに役立つアプリを作れるのではないか――その考えが、彼の中に新たな情熱を燃え上がらせた。


同時にまるで自分しかプレイできないリアルなゲームを手に入れた気分にもなった。

「これは面白すぎる!」

クルスの好奇心を刺激する。


「よし、俺ができることをもっと増やして、リアの力になってみせる」


異世界の知識を深め、フォルダの可能性を探る中で、クルスはリアを支えるために異世界向けのアプリを自作する決意を抱いたのだった。

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