第2話 異世界の痕跡

リアとの奇妙な電話を終えた後も、クルスはしばらくスマホを見つめ続けていた。


現実離れした出来事が今、まさにこのスマホを通じて自分に降りかかっている――その感覚にどこか呆然とし、まだ実感が湧かないでいる。


「今のはなんだったんだ……まさか、エルフの剣士?異世界?」


古典的な方法だけどとりあえず右頬をつねってみる。

「うん、ちゃんと痛い」


クルスはふと、電話履歴を確認してみたが、そこには「不明な番号」という文字さえ表示されていない。


まるであの通話自体が夢だったかのように、何も残っていなかった。


しかし、ふとホーム画面に戻ると、見覚えのないアイコンのフォルダが追加されているのに気づいた。


アイコンは、先ほどの着信に表示されたものと同じく、見たこともないルーン文字のような記号が刻まれていた。


「え、なんだこれ……?」


クルスは一瞬、自分のスマホにウイルスでも感染したのかと不安になったが、それでも好奇心に駆られてそのアイコンをタップしてみた。


しかし、アプリが開く直前に、また見たこともないルーン文字の画面が表示され、何やらパスワードの入力を求められているらしい。


「パスワード?……なんだこれ、さっきのエルフの剣士が関係してる?」


ルーン文字らしき表示に戸惑いながらも、何を入力していいか見当もつかないため、ひとまず諦めてホーム画面に戻した。


しかし、あの電話の残した痕跡――不可思議なフォルダは確かに存在しているのだ。


「……ただの夢じゃない、ってことか」


現実感を確かめるように自分に言い聞かせると、クルスはいつも通りの通学路を歩き始めた。

「やべ遅刻する。急がなきゃ」


学校に着いてバックを置くと今日もまた、いつものようにクラスの何気ない日常が過ぎていく。しかし、授業中も心の中にはどこかそわそわとした、言葉にできない感覚が残っていた。


授業の合間に幼馴染のミキが今日も俺の席にやってくる。


「なにボーっとしてんの?どうせ遅くまでゲームでもしてたんでしょ?」


ミキが冗談混じりに問いかけてくる。クルスは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。


「いや、昨日っていうかさ、なんかちょっと違うことがあってさ……」


「何それ?違う事って?」


「んーなんていうか突然知らない人から電話がかかってきたっていうか…」


「何それ?こわ」


クルスは、あの電話のことを口にするのをためらった。どうせ信じてもらえないだろうし、自分でもまだ信じきれていない。


異世界やエルフの剣士――そんなことをミキに話したところで夢でも見たのかって笑われるだけだろう。それでも、心の奥であの出来事が繰り返し頭に浮かんでくるのを止められなかった。


授業中も、クルスは時折スマホに目をやり、あの奇妙なフォルダのことが気にかかっていた。いつものようにノートを取りながらも、リアの言葉が何度も頭をよぎる。


「……誰か、助けて……」


あの切実な声は、単なるイタズラとは思えなかった。何か、とてつもない危険な状況にあるリアの姿が浮かび、彼女を放っておけない気持ちが湧き上がってくる。


昼休み、クルスはスマホを手に取り、再びあのフォルダをタップしてみた。相変わらず、ルーン文字のパスワード画面が表示されている。


何度かパスワードを試みたが、当然ながら正解するはずもなく、やむなくスマホをポケットに戻した。


学校が終わり、クルスは友人たちと別れ、夕暮れの中一人で帰路に着く。どこかぼんやりとした気持ちのまま歩き、頭の中であの電話や不思議なフォルダのことを考えていた。


「……これからどうすればいいんだろうな」


一人呟くと、ふと心の中に、リアの言葉が再び蘇る。「助けて」と訴える彼女の声が、自分に何かすべきことがあると伝えているように感じられる。


自分の進むべき道なんて、今まで何も考えてこなかった。でも、リアを助けるためにできることがあるなら――そう思うと、胸の中で何かが燃え上がるような感覚がした。


学校から帰宅したクルスは、早速スマホを手に取った。リアとの通話が現実だったのか、それとも自分の勘違いか――確かめるべく、もう一度ホーム画面を開く。


そこには、あの奇妙なフォルダがあった。まるで証拠のように、彼のスマホの画面に鎮座している。見たこともないルーン文字がアイコンに刻まれているそのフォルダは、ただのファイル収納とは思えなかった。


「……一体なんなんだよ、これ」


彼はタップしてみるが、表示されたのは昨日と同じ、見たこともない文字のパスワード入力画面だった。クルスは何度か手探りでパスワードを試してみたが、どれも不正解。


「やっぱり、簡単には開かないか」


机にスマホを置きながら、クルスはため息をついた。フォルダの存在は確かに目の前にある。


しかし、その中身にアクセスする術がわからないままでは、リアが現実に存在しているのかどうかも確かめられない。


あの切迫した声、助けを求める彼女の姿が頭をよぎり、クルスは一瞬、居ても立っても居られない気持ちに駆られた。


「……パスワードって言っても、これじゃあ何を入れればいいのかすらわからないしな」


ふと、彼は思い立ってブラウザを開き、「ルーン文字 パスワード」「エルフ 古代言語」などで検索してみた。だが、当然ながらそれらしい情報は見つからず、どこから手をつければいいのかも皆目見当がつかない。


「やっぱり、異世界のことは現実には存在しないのか……?」


少しだけ、夢だったのかもしれないという思いが頭をよぎる。


けれども、あのリアルな通話や、彼女の助けを求める切実な声が現実だったように思えてならない。


もし、あれがただの空想なら、なぜこのフォルダがスマホに現れたのかという疑問が残る。


クルスは何度もため息をつき、頭を掻きながら考え込んだ。しかしその時、スマホが再び振動し、画面に見慣れないルーン文字の通知が表示された。


「また……リアからか?」


驚きと戸惑いと少しの喜びと興奮の中、クルスは電話に出た。


「クルス……聞こえる?」


「リア?……また魔物に襲われてるのか?」


リアの声には切迫感があったが、彼女は今、どうにか戦況をしのいでいるようだった。


「今は身を隠せているけど、前回の熊の魔物よりやばそうだわ。」


今度の相手は前回よりも手強い魔物みたいだった。クルスはふと「ルーン文字(のようなもの)」についてリアに聞いてみた。


「ルーン文字の事はわからないけどこの世界に伝わる古代言語だと思う……特に『共鳴』の力が、力の封印や解放と深く関係しているわ」


「共鳴……?それってどういう意味?」


「私たちエルフは、心が通じ合った相手と強く共鳴すると、力を共有したり封印を解いたりすることができる。おそらく、君の持っている”ふぉるだ”というのも、それに関係しているのかもしれない」


クルスはその言葉を聞き、「共鳴」というキーワードがもしかしたらフォルダのパスワード解除に関係しているかもしれないと考え始めた。彼はその言葉について思い巡らせた。


「……もしかして、リアと繋がっているこれが共鳴なら共鳴した人の名前…リアの名前をパスワードとして入力すれば開くとか?」


意を決して、クルスはパスワード入力画面に「リアンナ・サリアスフィン」と入力してみた。


「まあ、こんなに簡単なわけないか。謎解きでこれが答えだったらあまりにも安直すぎるしな」


すると、画面が青白く光り、少しずつルーン文字が消えていく。そしてついに、封印が解かれ、フォルダが静かに開かれた。


「えっマジかよ…本当に……開いた」


クルスは驚きと興奮を抑えきれずに画面を見つめた。フォルダの中には見たこともないアイコンが並んでおり、『異世界仕様のブラウザ』と『魔法翻訳アプリ』が表示されているようだった。


クルスは手にした異世界の情報が一目でわかるアプリに心を踊らせ、リアをもっと支援する方法が見つかったかもしれないという期待で胸が高鳴った。


「……これを使えば、リアをもっと助けられるかも」


彼はフォルダを見つめながら手を握りしめた。異世界と自分をつなぐ架け橋を手にしたその瞬間、クルスはリアとの絆を感じ、彼女を助ける使命感に心が熱くなっていった。

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