異世界エルフとスマホで繋がってしまった絆の物語〜検索するだけで世界を救えるってマジ?〜
@Ta-1
異世界からの着信
第1話 ルーセリアの森
巨大な熊のような魔物の低いうなり声が森の中に響き、リアは息を切らしながら、茂みをかき分けて進んでいた。
彼女の額には汗がにじみ、手には愛用の剣が握られている。森の木々が暗い影を落とし、魔物の鋭い目がまるでリアのすべてを見透かすように光っている。
「どうして……ここまで執拗に追ってくるの?」
リアは自らに問いかけるが、答えは出ない。彼女は一族に伝わる「古の書」を探していた。そこに記されているのは、この世界で最も古い秘密――闇の魔女の「禁じられた力」の真実だった。
リアはリアンナ・サリアスフィンというエルフの剣士だった。「古の書」を守り通す役目を果たしてきたが、最近その「古の書」が何者かに盗まれた。盗まれた事によってここ最近、強力な魔物の数が増えてきていたのだった。
「……まずい。このままではあの力が、さらに強力な魔物を呼び寄せるかもしれない」
息を整える間もなく、リアの背後で何かが動く音がした。振り返ると、熊のような巨大な魔物が低い唸り声を上げ、こちらに向かって足音を重く刻んでいる。
鋭い爪が光り、巨体が森の小枝を次々と砕いて迫ってくるのが見える。リアはその姿に怯みそうになるも、剣を構え直し、反撃のチャンスをうかがった。
だが、すぐに彼女は理解した。今の自分では、この魔物を倒すのは難しい。頼れる仲間もいない孤独な状況に、彼女は自分の無力さを感じた。
「……誰か、助けて……!」
リアの口から、思わずその言葉が零れる。剣士として誇り高い彼女が、他人に助けを求めるなど考えもしなかったが、この絶体絶命の状況でついに限界に達していた。
すると、リアの身体が突如輝き、その光が遠くに一筋の光となって飛んでゆく。リアの体内で眠っていた「遠くの者と共鳴するスキル」が発動し、彼女の助けを求める声が光となって異世界のどこか遠くへと飛んでいった。
「頼む……誰でもいい……私に、力を貸してくれ……」
その瞬間、リアの意識はどこか別の世界の誰かと繋がる感覚が確かにあった。
「……誰か私を助けて」
そして、リアの意識は再び現実に戻り、背後からは熊の魔物の気配が近づいていた――
◇
その日も、クルスはいつものようにスマホをいじりながら通学路を歩いていた。
クルスは高校1年生の普通の学生だった。地味でもなく目立つわけでもない、どこにでもいる少年だ。ただ一つだけ変わった点があるとすれば――彼の興味の矛先だった。
クルスは昔から「解決すること」が好きだった。
ゲームの難解な謎解きや、小説や漫画に散りばめられた伏線の数々を読み解くのがなぜか得意だった。
そして今一番得意なのがプログラミング。言語を操り自由に何かを作り出す。パズルのように言語を組み合わせていく。それがクルスには楽しかった。
でもそれはクルスの何気ない日常の一部であり、それをクルス自身が特別だと考えたことは一度もなかった。
朝の通学は一人の時間を楽しむひとときだ。何気なくSNSを眺めていると、不意にスマホが震え、画面には見たこともない、奇妙な「ルーン文字」のような番号が表示されていた。
「……何だこれ?番号が、文字化けでもしてるのか?」
クルスは眉をひそめつつも、好奇心から通話ボタンを押してみる。こんな番号からの着信は見たこともなく、勧誘やいたずらとも思えない。
だが、スマホの向こうから聞こえてきたのは、予想もしなかった切迫した女性の声だった。
「た、助けてください……誰か、聞こえていますか……?」
クルスは一瞬、驚きに言葉を失うが、相手の声に感じる緊迫感に思わず返事をしてしまった。「え、聞こえますけど……誰ですか?」
「よかった……繋がった……!私はリアンナ、エルフの剣士です。今、巨大な熊の魔物に襲われていて、助けが必要なんです!」
「エルフ?剣士?何言ってるんだ……?」
冗談かと思いかけたクルスだったが、リアの声はただの演技やいたずらには思えないほど切実で、どこか異様な迫力があった。
リアは、今まさに異世界で巨大な熊に追われていること、もうダメだと感じた窮地に「誰か助けて」と強く願ったら何故かクルスと繋がっていると説明した。
「とにかく!今すぐにでも助けが必要なんです!もう、あと少しで……!」
クルスはわけもわからないまま、しかしなぜか放っておけない気持ちが湧き上がり、「分かった、何とかするから、とりあえず落ち着いて」と言っていた。
リアは焦りながらも、目の前に立ちはだかる魔物の様子を話し始める。
「大きな熊のような魔物で、牙を剥き出しにして、私を威嚇しています……」
「でっかい熊かよ……どうやって助ければいいんだ……」
クルスは焦りつつも、とっさにスマホで「熊 対処法」「襲われたときの対策」といったキーワードを検索し始めた。通常なら興味本位で見るような内容が、今や彼にとって「救命情報」と化していた。
心臓が早鐘を打つのを感じつつ、必死で画面をスクロールしていく。
「まず絶対に背を向けず、熊に視線を合わせてゆっくり後退して。決して走っちゃダメだ。熊は逃げる相手を本能的に追いかけるから、ゆっくり動くんだ」
「視線を合わせて後退ですね……分かりました」
「それから、手を大きく広げて自分を大きく見せるといい。熊は自分より大きな相手と戦うのを避ける習性があるから、手を上げて『自分のほうが強い』とアピールするんだ」
リアはクルスの指示通り、背筋を伸ばして手を大きく広げ、威圧感を出しながら少しずつ後退していく。しかし、熊はなおも興味を失わない様子で低い唸り声を上げている。
「もし熊が突進してきたら、落ちている石や枝を熊の方向に投げて注意を逸らすのがいい。熊は鼻が敏感だから、顔に向けて何か投げるとひるむことがあるんだ」
リアは周りに転がっている石を手に取り、熊の顔を狙って投げつけた。熊は驚いて一瞬後ずさりし、怯んだように鼻を振った。
「それでも熊が向かってきたら、最後の手段で音を出して威嚇して。大声を出すか、枝を叩いて音を立てると熊は一瞬怯むことがあるから」
リアはクルスの言葉を聞き、近くの木の枝を持ち上げて、熊のほうに叩きつけるように地面に強く打ちつけた。
大きな音に反応した熊が一瞬驚いたように後ずさりし、その隙にリアはさらに距離を取り、慎重に逃げ始めた。
「……助かった……!本当にありがとう」
リアの安堵の声がスマホ越しに聞こえ、クルスは心底ほっとした。「よかった、無事で……僕が役に立てるなんて、ちょっと信じられないけど、まあよかったよ」
「……あなたの名前は?」
「え?あ、来栖クルス……」
「クルス、本当に感謝します。私はリアンナ・サリアスフィン。リアと呼んでください。もしまた困ったことがあれば、助けを求めてもいいですか?」
クルスは戸惑いつつも「まあ、また何かあれば電話して」と応じた。リアは安堵した様子で「ありがとう、クルス」と告げ、電話が切れた。
とても透き通った綺麗な声だった。
電話が終わると、クルスはしばらくスマホを見つめ続けた。胸の鼓動が収まらない。手も震えている。
今まで当たり前に思っていた日常が、この一瞬でどこか違って感じられた。それがどんな変化を意味するのか、クルスにはまだわからなかった。
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