第17話 オートレイの報告


 香取樹は異世界から運んできたバイクに乗ってレビン村まで出かけてしまった。

 本部に着任の報告と物資が滞っていることを知らせる手紙を出さなければならなかったのだ。

 ありえないほどのスピードで遠ざかるバイクを、小隊の面々は驚愕の表情で見送る。

 やがて香取の姿が完全に見えなくなると隊長代理のメーリアが隊員に声をかけた。


「さあ、補修作業をはじめるわよ」


 だが、年長のディカッサがそれに待ったをかける。


「先にオートレイの話を聞かない? 異世界の様子を聞きたいわ」


 作業をさぼりたいアインがこれに同調した。


「それがいいわ。なんてったって、次に異世界へ行くのは私なんだから」


 くじ引きの結果、オートレイに続いて異世界へ行くのは、アイン、ディカッサ、リンリの順になっている。

 普段は真面目なメーリアとしてもオートレイの報告を聞きたかったのでこれを許すことにした。


「それじゃあ少しだけね。オートレイ、手短に報告してくれる?」

「は、はあ……」


 隊員たちに囲まれてオートレイは緊張気味だ。


「どこからお話したらいいのやら……」


 ディカッサが鋭いまなざしをオートレイに向けた。

 いつの間にやら手には羽ペンとメモ用紙を持っている。


「転移した瞬間から戻ってきたところまでを話せばいいの。早くしなさい」

「えーとですね……、転移した場所は隊長のお部屋でした。それで私は……あぅ!」


 突然頭を抱えたオートレイをディカッサが問いただす。


「なにがあったというの? 異世界転移による不調かしら? 答えなさい」

「転移成功に感動した隊長に抱きつかれて、気絶してしまいました。……思い出したら動悸が……」


 これにはアインも怒り顔だ。


「抱きつかれたですって!? どうせその豊満ボディーで誘惑したんでしょう?」


 嫉妬のあまりアインはオートレイの胸を掴んだ。


「そんなことしていません。それに私はすぐに気絶してしまったので……」

「まあいいわ、それでどうなったの?」


 オートレイは頭に手を当てて思い出そうとする。


「そうだ、隊長のご両親に紹介していただきました!」


 その言葉に一同は驚愕する。

 それもそのはずで、レンブロ王国で親を紹介するというのは、正式なお付き合いをはじめるときのしきたりだからである。

 だが日本人であり、異世界では天涯孤独だった香取樹はその事実を知らない。


「まさか、結婚を前提とした!?」

「それは否定されました」


 オートレイの答えに、隊員たちは安心と困惑の入り混じった気持ちになった。

 特にアインは納得がいかないようだ。


「照れているだけじゃないかしら?」

「そうでしょうか? 私、男性のことはよくわからないです」

「キスをしておいて、やり捨てはないと思わない?」


 これには普段反目しあっているメーリアも同意した。


「隊長は責任感の強い方よ。ひょっとしたら全員を娶る気でいるんじゃないかしら?」


 レンブロ王国では一夫多妻や一妻多夫が認められている。

 権力や財力がある者なら重婚が可能なのだ。

 香取にそんな気はないのだが、隊員たちの勘違いは甚だしかった。


「めずらしく意見が合うわね。でも正妻は私よ」

「最初にキスをしたのは私だけど?」

「ふん、選ぶのは隊長だわ」

「あんたみたいなお子さま体型を隊長が選ぶかしら?」


 勃発したメーリアとアインの喧嘩を無視して、ディカッサが話の続きを促した。


「それからどうなったの?」

「隊長のご両親はとても優しそうな方々でした。私なんかにもカステラというお菓子を食べさせてくれました。その美味しいことと言ったら……」


 オートレイはうっとりと宙を見上げている。

 カステラの味を思い出して悦に浸っているのだ。


「アンタばっかりずるいじゃない!」

「ア、アインさん、首を絞めないでください。みなさんの分もお土産にいただきましたから!」

「アイン、いちいち話の腰を折らないでくれる? オートレイ、それから?」


 オートレイは街の様子やヨネリでの買い物についてつぶさに話して聞かせた。

 オートレイは感動の面持ちで軽トラを見ている。


「ではこれが噂の軽トラなのね。馬も付けていないのにこれが走り出すなんて信じられない。それに、いっぱい荷物が積んであるわね」

「隊長のお話では刃が自動で回転して木材を切るノコギリや、釘を勝手に撃ちだすネイルガンというものもあるそうです」


 ディカッサは慎重に軽トラの荷台の発電機を指でつついた。


「これらは魔道具なのかしら?」

「隊長の話によると魔力ではなく電力で動くそうです」

「電力? 初めてきく単語だわ」

「私もよくわかりません。あ、そうだ……」


 オートレイは嬉しそうに軽トラの荷台からシャベルを取り出した。


「これ、隊長に買ってもらったんです!」


 誇らしげにオートレイがシャベルを持ち上げるのを見て隊員たちは固まってしまった。

 ディカッサはまじまじとオートレイのシャベルを観察する。


「総金属の装備じゃない。これはかなり高価なものよ」


 アインもうなずく。


「きっと結納の品ね」


 メーリアは愕然とした表情だ。


「私はなにももらっていない……」

「うはははは、ざまあ! たしかアンタはご両親にも紹介されていなかったわよね。最初から隊長の眼中にないんじゃないの?」


 鬼の首を取ったように笑うアインをオートレイがいさめた。


「あ、隊長はメーリアさんにもプレゼントを買わなきゃとおっしゃっていました」


 憂いに沈んでいたメーリアの表情がぱぁっと明るくなった。


「隊長……」


 そして、ディカッサが確信を持ってつぶやく。


「総合的に判断して、隊長は全員を娶る気ね……」


 本人は論理的な考察だと思っているが、このサイコパスの論理はしょっちゅう常識を飛躍するのだ。

 その日の隊員たちは修繕作業に勤しみながら、それぞれの妄想を最大限に膨らませるのであった。


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